流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

昨日の朝、大学時代の恩師ピーター・クウォン教授が夢にでてきた。

彼は合衆国の移民問題研究の第一人者。CNNニュースなどにも解説を求められ、テレビに登場する人氣の学者であった。

わたしが大学院に進むときには、イエール大学のレターヘッドの推薦文を書いてくださった。当時彼はイエール大学の客員教授。イエールの彼の研究室は小ざっぱりとしていて、人となりを感じさせた。

「この推薦状を持っていったらいい」

と一言。

大学院に入学書類を持っていっいたら受付嬢が、

「今、学長がいらっしゃいますがお会いになりますか」

と訪ねるので、迷わず「イエス」と答えた。

「教授とは学会で2度お会いしたことがあります。あなたは教授の教え子なのですね。分かりました。入学を認めましょう。教授によろしくお伝えください」

学長から即答で入学許可をいただき、
改めて教授の人望の高さを知らされた。

合衆国の大学・大学院では教授や学長が特別入学枠を持っていて、
わたしのケースがそれであった。

さて、夢の中で彼はマルクスの著作を2冊読むようにと言った。

午後、丸善に足を運ぶ。

どうしたことだろう、マルクスの解説書はあるが、原著が見当たらない。英語の本ならあるだろうと、店員に英文書籍のコーナーを案内していただく。

「?」このスペースは何?

少数精鋭というか、空間の節約というか、…???

マルクスをはじめとする政治・社会・経済の本は皆無であった。
その代わり、手ごろな小説群があった。

パラパラと数冊スキャンして、一冊購入した。

ダニエル・スティール女史の『One Day at a Time』

世界各国で読まれている売れっ子作家の文章は、
極めて優しいシンプルな表現に満ちている。
だから、氣軽に読めてしまう。

9人の子を出産し、6度の結婚・離婚など波乱万丈の彼女ではあるが、凛としたスタイルは美しい。興味がある方はこちらをご覧下さい⇒http://www.randomhouse.com/features/steel/

結局、この日、マルクスの著作を手にしなかった。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

one day at a timeは、「その日一日のことだけ集中して」と翻訳ソフトでは出てくるが、「今日が良ければ、明日はどうでもいいじゃないか」という刹那的なスタイルと「一日一日を精一杯に生きる」という誠実なスタイルに受け取ることができる表現。

合衆国の神学者・倫理学者ラインホールド・ニーバー(1892-1971)氏が創った「ラインホールド・ニーバーの祈り」と呼ばれるものにもこの表現が見える。

God grant me the serenity
to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and wisdom to know the difference.

神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇氣をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
(ここまでは愛弟子・大木英夫氏の訳)

Living one day at a time;
Enjoying one moment at a time;
Accepting hardships as the pathway to peace;
Taking, as He did, this sinful world
as it is, not as I would have it;
Trusting that He will make all things right
if I surrender to His Will;
That I may be reasonably happy in this life
and supremely happy with Him
Forever in the next.
Amen.

--Reinhold Niebuhr

いっときに、一日だけを生き
いっときに、一瞬だけを喜ぶ。
苦しみも平和へ続く道として受け入れ
イエスの如く、この罪深い世界をあるがままに理解して後悔せず
主の意志に身をゆだねれば、すべてをあるべき姿にしてくれると信じて
そして、現世では適度の幸福を
来世では、主と共に至高の幸福を感じることができるように。
エイメン
(※この部分は後年付け足されたもののようだ)

もしかすると、彼は『箴言』第三章第五節-第七節(Proverbs 3, 5-7)からインスピレーションを受けたのかもしれない。

Trust in the LORD with all your heart
and lean not on your own understanding;
in all your ways acknowledge him,
and he will make your paths straight.
Do not be wise in your own eyes;
fear the LORD and shun evil.

心を尽くして主に拠り頼め。
自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
自分を知恵のある者と思うな。
主を恐れて、悪から離れよ。

make your paths straight(道を真直ぐにするため)には、
Do not be wise in your own eyes(自分を知恵ある者と思うな)
ということ。


よき週末を。

感謝
P1010696


※追記

パウロの書簡 コリントの信徒への手紙1 第13章

たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。
たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。
全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、
わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。
完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。
幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。
だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

(『聖書 新共同訳』(共同訳聖書実行委員会Executive Comittee of The Common Bible Translation
 日本聖書協会Japan Bible Society, Tokyo 1987, 1988より)

知人の夫人を友人から紹介されたことがあった。

「こちらAさんの、奥さん」

と彼は口をすべらせた。

「わたしは奥にいません」

とやんわりとやり返された。
その後、色々とお話をしてくれた。

彼女は「自分探し」よりも「自分のいるべき場」に
こだわり、人生を探求なさってきた。

彼女一人ではできないことをしたかった。

誰と、何を、どこで、…

それらにリアリティを持たせてくれる「場」を求め手にした。
彼女は「奥」ではなく、自分が求め創造した「場」で幸せに生きていた。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

先月の18日、ある人物が出所した。
しかし、このニュースが大々的に報じられることはなかった。

三井環・元高検部長が出所 収賄罪1年3カ月ぶり
2010.1.18 11:30
 捜査情報漏洩(ろうえい)の見返りに元暴力団組員から接待を受けたとして収賄罪などに問われ、懲役1年8月などの刑が確定、服役していた三井環・元大阪高検公安部長(65)=懲戒免職=が18日、刑期を満了し、静岡刑務所を出所した。平成20年10月に収監されていた。
 三井元部長は14年4月に大阪地検特捜部に逮捕される前、検察の調査活動費の不正流用について実名での告発を準備。一、二審で「口封じの立件で公訴権の乱用だ」と無罪を主張したが認められず、上告も退けられた。
 一、二審判決によると、三井元部長は大阪高検公安部長だった13年、捜査情報の見返りに元組員から飲食などの接待を受けた。二審大阪高裁判決は検察の裏金づくりを一部認定したが、最高裁決定は触れなかった。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100118/trl1001181132001-n1.htm より引用)

刑期を終えて出所した三井氏と協力し、検察の「調査活動費の裏金化」と組織構造を白日の下にさらし、検察組織を叩き潰すことも可能であったが、民主党は実行できなかった。他方、検察は自らの恥部を認め解消する道を選ばず、マスコミはこの問題に関わることを回避した。

民主党政府になり、検察を始めとする官僚機構は、事務次官ポストの廃止や官僚答弁の禁止、さらには取り調べの可視化など、実質的に霞が関の解体ヴィジョンを見せ付けられた。そして、このヴィジョンを顕現できる政治家・小沢一郎氏を排除しなければ、彼らの「場」を維持・継承できないことに氣づいた。

小沢氏側と検察側との間に何らかの合意が成立したのかも知れない。
今度こそマスコミは勇氣を出してこの問題に取り組んでいただきたい。

チト、長くなりましたがもうひとつ。

合衆国にとっての在日合衆国軍再編の今日的目的は、中東やアフガンなどのテロとの闘いに備えるもの。

だから、日本が合衆国と交渉するうえで知っておくべきことのひとつは、彼ら合衆国は「テロとの闘い」に支障がないと確証できると譲歩してくるということ。だたし、この譲歩には「財政負担」の名の下、莫大なマネーの要求がセットになる。

もうひとつ知っておくべきことは、「テロとの闘い」の名の下で合衆国の非人道的活動 ―人間の尊厳を蹂躙し生命を奪うオペレーション― に加担することになるということ。

昭和天皇は終戦の詔(みことのり)に、明快にこう言われた。

 『万世のために太平を開かんと欲す』

太平を開く「場」が日本であり、
それが日本のあり方だと言っておられた。

よき一日を。

感謝
fuji-sun3

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