流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇〇六年神無月

a6bc7a4b.jpg日ごろ、見知らぬ子から話しかけられることはない。でも、あの日はいつもとは違っていた。
「オジサン、ナゾナゾ出してもいい?」
チト、賢そうな小学校中学年ほどの女の子が挑んできた。
「もちろん!どうぞ」と小樽行きの電車の中で海を見ながら応えた。
「ありがとうございます!うーんとね、3種類の野菜でできているジュース、なぁ〜んダ!?」
「ウッ!?」シマッタ!即答デキナイ!

世界のホンダの本田宗一郎さんは、『私の履歴書』に次のように書いた。

『日本人の生活には、ウイットやユーモアにとんだ冗句をいうものが閉め出され、重苦しい沈黙の中で、表現することを押さえつけられてきたが、人間は機械と違って、一定の能力を連続して発揮できない。疲れ、飽き、このため人間には休息と氣分転換が必要になる、冗句は単調な生活に句読点をつける瞬間的な笑いの慰安であり警告であり、氣分転換である、これが緊張から開放し、疲労を忘れさせ氣分を明朗に活氣付けてくれる』

「重苦しい沈黙の中」に少女のナゾナゾに即答できない自分がいることを観て取り、急に笑いが込み上げてきた。

そして、神父になった旧友J氏が教えてくれた笑話が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

◎妻の尻に敷かれている夫が多くなったと聞いた天国の門番が、事実調査を始めた。天国の「既婚男性専用入口」の門を「妻の尻に敷かれた人専用」と「妻の尻に敷かれなかった人専用」に分けた。すると、幸か不幸か、「妻の尻に敷かれた人専用」の門前に長蛇の列ができた。しかし、一方の門に人影はなかった。しばらくすると、ひとりの男が誰もいないこの門に向かって歩いてきた。門番は「この門に来るのは、あなたが初めてですよ!」と喜び勇んで言った。すると、男はいかにも申し訳なさそうに応えた。「妻から、この門へ行けと言われまして…」。

それから、このブログ『流れのままに』の読者F氏とのことを思い出していた。

◎10月18日の『回文』を書いた翌日。政治家が書いたという「美しい国へ」の「美しい国(うつくしいくに)」は逆さまから読むと、「憎いし苦痛(にくいしくつう)」になるとのメールが届いた。さらに、「美しい国へ憎いし苦痛(うつくしいくにへにくいしくつう)」が回文になっていることも教えていただいた。そこで、電話をして「作者と信じられている政治家がつけたタイトルだとしたら、彼がどんな使命を帯びているのかが分かり、恐ろしいことです」と尋ねてみた。すると、こんな返答があった。「ご心配は不要です。彼のゴーストライターがつけたタイトルなのですから」。

最後に、ラーメン通の知人I氏の珍事が浮かんできた。

◎S市で美味いと評判のラーメン店に足を運んだ。どうしたものか、お客は彼ひとり。店にも老婆がひとりであった。オーダーしてから7分ほどで、しょう油ラーメンが運ばれてきた。彼女の右手親指がドップリとスープに漬かっていた。すかさずI氏は言った。「おばぁちゃん、困るなぁ〜。指が入っちゃっているじゃない」。老婆は笑顔で答えた。「これかい?秘伝のスープの隠し味よ!これがまた、イイだしがでるのよ!」。

こんな笑話は浮かんできたが、肝心の答えが浮かんでこなかった。
仕方なく、少女に降参した。彼女は誇らしげに答えを教えてくれた。
この夜、わたしは中々眠りに入ることができなかった。

さあ、そろそろ少女のナゾナゾの答えを・・・。
そうそう、今夜はみなさんにお考えいただきましょう。
お答えになって、どうぞぐっすりとお眠りください♪   

笑顔

e0400d4d.jpgおはようございます!
今朝も太陽がSunSun。
新しい週の始まり。

17日の昼にテレビを観た。
那智の瀧が映っていた。
昨年、足を運んだときは24年ぶりの大雪であった。
懐かしかった。
ナレーターが、
「その昔、僧たちの多くがこの瀧に千手観音を観た」と言っていた。

17日の夜に魂友のA.美地さんのMixi日記を見た。
千手観音について書いていた。
シンクロ(同時性)を感じ、コメントしてみた。
映像の紹介があった。
http://www.youtube.com/watch?v=1sh6RzzMrcw
しかしながら、映像を観ることができなかった。
高速回線の環境がなかったから。

18日の夕方に旭ヶ丘で風呂に入った。
ワイフがMixiのわたしの日記を見たいと言ったので画面を出しておいた。
風呂から上がると、感動している彼女がいた。
A.美地さんの日記にある千手観音の映像を観たのだ。
わたしの「別荘」生活が始まってまもなく、
親切な美地さんからワイフは励ましの電話をいただいていた。
『千手観音』のタイトルに導かれて日記を紐解いたらしい。

20日の夜に彼女は実家に顔を出した。
母の純チャンから「ぜひ、御覧なさい」と一本のビデオテープを渡された。
それは「千手観音」のメンバー21人全員が日本へ来たときの映像であった。
聴覚に障害を持った彼らの練習風景も映されていた。
16日、日テレ系番組『極上の月夜』を録画したもの。
すなわち、A.美地さんがご覧になったものであった。
大いに感動したワイフは、「別荘」のわたしに電話をくれた。

昨日、22日午後、このビデオを観ることができた。
人間の偉大さに畏敬の念を感ぜずにはいられなかった。
神々(光々)しさを感じた。

千の手と千の目を持つとされる千手観音。
この観音は観音の中でもひときわ功徳が大きいので観音の王・「蓮華王」と呼ばれる。
フルネームは千手千眼観世音菩薩・千臂千眼観世音菩薩という。

伽梵達摩訳『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』によると、千手とは千手観音が持つ40の手を輪廻の二十五有界で乗じた数(40×25=1,000)で、千眼とはそれぞれの手に眼が一つあるので同様に乗じたものと説かれる。二十五有界とは、仏教で言う「三界二十五有(う)」のことで、天上界から地獄まで25の世界があるという考え。欲界に十四有、色界に七有、無色界に四有があるとされる。ちなみに「有頂天」とは二十五有の頂点にある天上界のこと。「千」は無量、全てを意味する。千本の手は、わたしたちのすべてを漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大無辺を表わしている。

みなさん、よき一週間を過ごしましょう。

 感謝

5dca82a7.JPG今朝も太陽がSunSun!
あぁ〜ありがたいなぁ〜♪

「照葉樹林文化論」で著名な中尾佐助博士(1916.8.12.〜1993.11.20.)の業績は、独創的な発想と徹底的な実証研究に満ちている。彼の関心は、栽培植物と農耕にかかわるものを基本として、食文化から科学認識論まで多岐にわたる。非常に聡明な方で、物事の本質を見通す眼力をお持ちであった。

『「文化 culture 」という語のもとの意味は「地を耕して作物を育てる」ことである。ところがこれが日本語になると、もっぱら「心を耕す」ことばかり考えられて、はじめの意味がきれいに忘れられて、枝先の花である芸術や学問の意味の方が重視されてしまった。しかし、根を忘れて花だけを見ている文化観は、根なし草にひとしい』(『栽培植物と農耕の起源』より)

今日の医療問題・教育問題・国防問題の本質は「枝先の花」ばかり観て、「根」を忘れてしまった結果にちがいない。「美しい国」とか言う本の内容もタイトル通り「枝先の花」レベルである。

初学者には次の3冊がお勧め。
1)『栽培植物と農耕の起源』(岩波書店・1966年)
2)『照葉樹林文化−日本文化の深層』(中公新書・1969年・上山春平編)
3)『料理の起源』(NHKブックス・1972年)

さて、今日は「回文(かいぶん)」について…。
日本の回文といえば、平安時代に藤原隆信が作った和歌がある。

『白浪の高き音すら長浜は 必ず遠き方のみならし』

宝船のお札に書かれた回文もある。

『長き夜のとをのねぶりのみなめざめ 波乗り船の音のよきかな』

よい初夢(正月二日夜)を見ようと、宝船(七福神乗合船)の絵にこの和歌を添えたものを枕の下に入れて寝る慣習が室町時代からあり、江戸時代にピークを迎えた。今もこの絵をいただける神社がある。あぁ、高校生のころに読んだ鏑木清方のエッセイ『鏑木清方随筆集 東京の四季』(岩波文庫)に、正月二日の晩に、子どもたちが「おたから、おたから」と声を上げながら、七福神の乗った宝船の絵とこの「長き夜の〜」の歌を刷ったものを売り歩いたとあったのを思い出した。四季折々の徒然(つれづれ)に挿絵が添えられた一冊。素的です。おススメします。

『眺めしは 野菊の菊の 初めかな』も江戸時代のものとして知られる。
『宇津井健氏は 神経痛』は中学生のころに流行っていた回文。
『世の中ね 顔かお金かなのよ』は小泉政権下の拝金主義のなか出回った。

英語で知られているのは、アダムとイブの初対面のあいさつ。
“Madam, I'm Adam.”  “Eve” (「奥さん、アダムです」「イブなの」)

ギリシャ語の回文はこの2つが良い。
ΗΔΗΜΟΙΔΙΟΣΑΡΑΠΑΤΑΠΑΡΑΣΟΙΔΟΙΜΗΔΗ.
ede moi Dios ar' apata para soi, Diomede.
(それはもはやわたしにとって貴方からのゼウス神のぎまんではないだろうか、ディオメデスよ)

ΝΙΨΟΝΑΝΟΜΗΜΑΤΑΜΗΜΟΝΑΝΟΨΙΝ.
nipson anomemata me monan opsin.
(顔と一緒に罪も洗うべし)

さて、エジソンは昇天前に数字の研究をしていた。誕生日の数字の意味を解明したといわれるが、メモが残っていないらしい。当然、数列の研究もしていただろう。

1×1= 1
11×11= 121
111×111= 12321
1111×1111= 1234321
11111×11111= 123454321
111111×111111= 12345654321
1111111×1111111= 1234567654321
11111111×1111111= 123456787654321
111111111×11111111=12345678987654321 

この数列は回文になっている。みなさんは、ここに何をご覧になりますか?

 笑顔

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