流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇〇七年葉月

b80c5b52.jpgみなさん、おはようございます。
今朝も太陽がSunSunと輝いています。
実に、ありがたい。

さて、今日は・・・

自分の名前を貸して商売させることを「名板貸(ないたがし)」といいます。「名板貸」の場合には、名前を借りた人と取引をした相手方は、名前を貸した人を取引の相手方であるとみなして、名前を貸した人(名板貸人)の責任を追及できます。

【商法第14条】
自己の商号を使用して営業又は事業を行うことを他人に許諾した商人は、当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。

【会社法第9条】
自己の商号を使用して事業又は営業を行なうことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行なうものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。

チト、ケーススタディーをしてみましょう。
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 A氏は人材派遣会社の社長で、この15年、借家で会社を経営していた。しかし、貸主から明渡の裁判にかけられ、明渡料として2,400万円を手にした。彼女はこのお金で一軒家を購入使用と試みたが、見つからないので、一時的に借家をし、そこを事務所とした。この借家を紹介してくれたのは、B興産という不動産業者であった。ここの社長であるとA氏が信じたC氏は、色々な物件を紹介してくれ、建物賃貸借契約の保証人にまでなってくれた。

 6ヶ月後のある日、C氏はA氏に『いい競売物件が出た。坪60万円で24坪あるので1,440万円だが、頭金が300万円足りない。うちで買って、そのままの値段でAさんに売る』と持ちかけてきた。A氏は行政書士から『大きなリスクを背負いますよ。お止めなさい』と言われたにもかかわらず、「願ってもない物件」と思い込みC氏に300万円を渡してしまった。C氏から『2週間後に登記が完了する』と言われたが、2週間後、C氏は行方が分からなくなってしまった。結果、A氏は300万円をだまし取られてしまった。B興産の従業員に聴き、C氏は社長ではないと分かった。
 そこでA氏はB興産の社長に会い、300万円返してくれと頼んだ。社長は、『C氏はうちの従業員ではないから、うちには責任はない』と主張した。しかし、その後何度か会って話すうちに、社長は自らの責任を認め『B興産には、今、まとまった金はないから分割払いではどうか』などと言い出して、引き延ばしを計った。そして1ヶ月後『金は払えない』と言ってきた。
 ここでA氏は行政書士に相談をした。行政書士が道(県・都)の住宅局で調べたところ、B興産はその間に道庁(県庁・都庁)に廃業届を出していた。

 間もなくA氏はB興産を提訴した。裁判所でB興産は、『C氏は当社の従業員ではない』と主張したが、B興産はC氏に事務所と名義を貸していたことも明らかになった。不動産は免許が必要なので、C氏はB興産の名前を借りて不動産仲介業を営んでいた。そのためC氏はB興産に月々20万円を支払っていた。A氏の弁護士は、これは「名板貸」である(商法14条・会社法9条)として名前を貸したB興産の責任を追及したところ、A氏勝訴の判決があった。そして、弁護士はB興産が法務局に供託した250万円(営業保証金は1,000万円)と、B興産の預金から100万円余りを差押えた。これで、詐欺で取られた300万円に年5分の損害金をつけて回収することができた。
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このケースのように、免許のある人が、免許のない人に名前を貸すことは脱法行為の場合が多く、刑罰を科せされます。B興産は、その証拠を隠滅するために、店舗の名義を変えれば、違法な「名板貸」の証拠が残らず、また廃業届を出せば、道庁(県庁・都庁)からの営業停止などの行政処分を受けなくてもすむと考えたのでした。

不動産取引業(宅地・建物取引業)は免許制となっています。業者は開業の際、法務局へ250万円供託しています。これがお客さまにとっての担保となります。もちろん、この金額では十分ではありません。業者は仲介の際お客さまに対して「物件説明書」を交付しますが、物件説明書には「建物建築確認取得は不可」と書きながら、口頭では「建築確認はとれますよ」と説明し、後で建築確認許可がとれないことが判明すると、物件説明書の記載を盾にとり、これを逃げ道に使う業者もいるようです。業者の免許番号の前にあるかっこ内の数字が大きいほど、その業者は信用できると教えてくださった方がいらっしゃいました。これは最初の免許のとき、かっこ内は(1)となるが、5年後更新すると(2)になり、さらに5年後更新すると(3)になるので、この数字が大きいほど営業年数が長いと言えるからです。これはひとつの物差しになりそうです。加えて、友人・知人に聴き、さらには道庁・県庁・都庁の住宅局で聴いて信用ある業者を選ぶことをお勧めします。そして、不動産に限らず取引の際には法律実務に明るい方に立ち会ってもらい、冷静な判断力の下、淡々と楽しくビジネスをなさってください。

ちなみに、フランチャイズ契約において使用許諾をされるのは商法及び会社法で指摘される商号ではなく商標ですが、商号の許諾をしてしまった場合には、本部が加盟店の行為に責任を取ることになりますのでご注意ください。

朝陽を見つめながら  感謝

cd955510.jpgおはようございます。
暑い日がつづきます。
このような日々にも感謝できるようになりました。
三浦綾子さんの『忘れえぬ言葉』の次のお話を知ったからでしょうか。

感謝婦人の知恵をお楽しみください。

(引用開始)

来る日も来る日も臥ているだけの私に、母はどれほど心を痛めていた事であろう。私は24歳で発病した。
・・・病いは重くなるばかりで脊椎カリエスも併発した。
友人達が次々と結婚し、子供を2人3人ともうけても、
私だけはただベッドの上に臥ているだけであった。

そんなある日、母からある婦人の話を聞いた。

その婦人はいつもいつも「感謝です」「感謝です」と二言目には感謝の語を発する人であった。自然その顔は、常に喜びにあふれていて誰からも敬愛されていた。たまたま、その人の住む地方に長雨が続いた。
10日、20日と雨は続きいっこうに止む気配はない。
人々は「困った雨ですね」という言葉を挨拶代わりに交わしていた。
・・・そんな最中、一人の人がその「感謝婦人」のことを思った。
(いくらあの人でもこの長雨ばかりは感謝してはいないだろう)
そして、彼女に会うなりに言った。
「なんと長い雨ですこと、困ったものですわね」
すると

「長い雨で感謝だと思っています。こんなに長く続く雨が、もし一度にどっと降ってごらんなさい。・・・洪水になって、家も人も、畑も押し流されるに決まっています。神さまはその大雨を長い日数に分けて、こうして毎日少しずつ降らせて下さっております。感謝な事ではございませんか。」と晴れ晴れとした顔で答えた。

私は長雨に感謝した婦人の心に打たれて、自分の長い病気の事を思った。
私の病気も長いものであった。・・・
身動きも出来ないベッドの中に寝返りも出来ず、毎日天井を見るだけの日々であった。・・・一生続く状態かも知れなかった。
 
そんな中で聞いた「感謝婦人」の言葉は大きかった。
彼女の考えを持ってすれば、神は痛みや熱や、倦怠感が短時間にどっと襲うことを許されなかった。10年を超える長い年月に分けて、私はその苦しみを少しずつ味わうことになった。考えてみると、それは誠にありがたいことであった。
症状が一度に悪化すれば、耐え切れるものではない。
確かに私は長い病気ではあったが、父母がいた、兄弟がいた、親切な友人達がいた。目も見え、耳も聞こえ、口も利け、手足も動く。
感謝すべきことはたくさんあった。

私は人間感謝しようと思えば、それは実に多い事に気がついたのである。

(引用終わり)

いかがでしたか。
この暑い夏に感謝して過ごしましょう♪  笑顔

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