流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇〇八年師走

51e99177.JPGみなさん、こんにちは。

今、太陽がSunSun♪
昨日の雪は消えてしまいました。

クリスマスは12月25日に始まり、
1月6日に終わります。
みなさんは、この期間、どうお過ごしですか。

♪   ♪   ♪

親を選んで生まれてくることと、時代を選んで生まれてくることは
同じ目的を持っているといわれます。

「わざわざ自分の子供に生まれてくれて、ありがとう」
と言うことができる親と、
「わたしの親としていてくれて、ありがとう」
と言うことができる子供との
新しい親子関係が普通になる日もそう遠くないかも知れません。

昨今、マスコミの影響もあって、多くの人々は、
過去生の記憶を興味の中心に置きはじめるようになりました。

しかしながら、自分が生き存在しているのは何のためなのか
というところから出発したほうが堅実です。

時代の変革期に役目を果たすために親を択んで
この世に生まれたと知ることは大切です。60faafa9.JPG

救い主はどこかからも遣って来ず、
自らなるものです。

行き詰まったこの世界の救済が、
小さな自分からはじまると
受け取る意味は大きいのです。

今年も熱心に「流れのままに」をご愛読くださいまして、ありがとうございます。

来年も努力をつづけ、書かせていただきます。
よろしくお願いいたします。

新年へ向けてのクリスマス期間が平穏であることを願って。

感謝

※写真は中学1年生の姪がつくってくれたケーキとクッキーの家。
大きくなったら「パテシエ」になりたいという。
多くの人々に「夢」・「希望」・「憧れ」を与える仕事をしてくれることでしょう。

3dccd635.jpgみなさん、こんにちは。

暖かいお昼の札幌です。

今日は「共存共栄」の3回目(最終回)です。

お伝えしたかったことは、この時代にあって、
「世のため人のため」という大義のこと。

そして、憎悪の感情をコントロールすることの大切さです。

それでは、お付き合い願います。

経済は、その昔、「經濟」と書いた。この言葉を初めて書名にしたのは、太宰春台『經濟録』(18世紀前半)で、経済を「凡(およそ)天下國家を治むるを經濟と云、世を經(おさ)め民を濟(すく)ふ義なり」と定義した。経済学は、「經世濟民(經濟)の學」であり、政治学・経済学・社会学を収斂した学際的な実学である。

明治初期、日本各地では多くの商家が「經濟」を実践した。

例えば、わが故郷の函館には、義のためと信じ、人材と資金を提供した「函館四天王」がいた。

今、わが日本の経済は、「経世済民」の行動原理からかけ離れてしまった。

「世のため人のため」という、古くから日本人が持っていた『經濟』規範と裏腹の規範に支配されてしまった。

結果、多くの人々を貧困へと追いつめている。

派遣労働者の「派遣切り」に加え、正規社員切りも始まった。
機能集団であると同時に共同体でもあった日本の就労構造は、
完全に崩壊してしまった。

今、わが日本及び日本人は、個人の人格や意図とは
完全に独立した社会法則の下に在る。

破局に向かってまっしぐらに邁進するアノミーと呼ばれる作動過程である。

ここで、「アノミー(anomie)」について述べておきたい。

アノミーの概念は、社会学の始祖デュルケムによって提案されたもので、
「無規範(状態)」「無連帯(状態)」と訳されているが、
そのような社会的状況だけではなく、
それによって生ずる心理的危機をもあわせ意味する。

デュルケムの分析によると、アノミーからの帰結のひとつは自殺である。
「警察白書」上の統計数字でさえ、一日平均約100人の自殺者をカウントしている。

しかし、別の帰結もある。
破壊活動である。
人間は、アノミーによって生ずる心理的混乱から逃れるために、
破壊活動を始める。

お金と仕事により追いつめられた者たちは、
お金と仕事を持つ者たちへの「復讐」を期待する。
心理的混乱から逃れるために。

上のグループに対しては果てしなき反乱をするとともに、
より下位のグループに対しては問答無用の弾圧を加える
という関係が一般化することをファシズムと呼んでいい。

なぜなら、ファシズムの本質は、ドグマではなく、
集団の機能的要請にもとづいて行動することにあるのだから。

現在の日本のアノミー状況は、ナチズムやファシズムが台頭した
1930年代のドイツやイタリーの状況よりも、はるかに危機的様相を呈している。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

久々に、『ローマ人への手紙12章』に目を通した。

1)そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
2)この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
3)私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。
4)一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、
5)大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。
6)私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。
7)奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。
8)勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。
9)愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。
10)兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。
11)勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。
12)望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。
13)聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい。
14)あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。
15)喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。
16)互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。
17)だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。
18)あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。
19)愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる」
20)もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。
21)悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

(引用終わり。「新約聖書」日本聖書刊行公・248〜249ページ)

この19節は「復讐するは我にあり」と言われる有名な言葉だが、
「復讐する権利は天に委ねよ」ということ。

これは約束(契約)であり、信じること。

心理的混乱から逃れるために、
この世を破壊する行動に加わり、
感情的高揚の悦に浸ることは回避する。
何が何でも、感情をコントロールし、避けて通ること。

再び、15節から19節を。

15)喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。

16)互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、
  かえって身分の低い者に順応しなさい。
  自分こそ知者だなどと思ってはいけません。

17)だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、
  すべての人が良いと思うことを図りなさい。

18)あなたがたは、自分に関する限り、
  すべての人と平和を保ちなさい。

19)愛する人たち。自分で復讐してはいけません。
  神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。
 「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる」

悪に負けることなく、善をもって悪に勝て。

太陽の輝きの下で@旭ヶ丘

感謝

82b5470b.jpg『企業は社会の公器』と言いなさった現パナソニックの創業者・松下幸之助氏は、自分たちの仕事は「世のため人のため」、貧を除き富をつくる人生至高の尊き聖業だと考えた。自然、自己にとらわれた経営、単なる商道としての経営の殻を破った方でもあった。

彼の言葉に耳を傾けてみよう。

      ♪・・・・・・♪

企業は社会の公器である。したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない。企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。また実際に、自分の会社だけが栄えるということは、一時的にはありえても、そういうものは長続きはしない。やはり、ともどもに栄えるというか、いわゆる共存共栄ということでなくては、真の発展、繁栄はありえない。それが自然の理であり、社会の理法なのである。自然も、人間社会も共存共栄が本来の姿なのである。

      ♪・・・・・・♪

古来名将と言われるような人は、合戦に当たっては必ず「この戦いは決して私的な意欲のためにやるのではない。世のため人のため、こういう大きな目的でやるのだ」というような大義名分を明らかにしたと言われる。いかに大軍を擁しても、正義なき戦いは人びとの支持を得られず、長きにわたる成果は得られないからであろう。
これは決して戦の場合だけでない。事業の経営にしても、政治におけるもろもろの施策にしても、何をめざし、何のためにやるのかということをみずからはっきり持って、それを人びとに明らかにしていかなくてはならない。それが指導者としての大切な勤めだと思う。

      ♪・・・・・・♪

松下電器の仕事は、世の中に奉仕するためにあるので、奉仕しないような仕事なら、私どもの存在は許されません。すなわち、われわれは世の中に奉仕するという崇高な義務にもとづいて、仕事をやっているのでありまして、名誉とか成功とかいういわば私的な欲望から発しているものでは断じてないのであります。
今日わが社には、何百という代理店があります。何万という連盟店があります。またその背後には何千万という需要者があります。これらの人たちが、生活を高めるために物がほしいというとき、その物が現実に手に入らなかったならば、結局みんな貧困な生活に甘んじなければならないでありましょう。だから、その要望にただちに応えられるよう万般の用意をしておくということは、各業界、各業種、各職能を通じての大きな義務であり責任であると思います。いいかえますと、これは私どもが、大衆と見えざる契約をしていることになるのであります。

      ♪・・・・・・♪

広い土地広い土地を占有し、多数の人を擁している企業にとっては、地域社会や環境と一体化するというような心がまえをもって、これと調和しつつ、さらにはその発展に貢献していくことが強く求められると思います。いいかえれば、その地域社会から喜ばれるような企業にならなくてはいけないということです。
そのやり方についてはいろいろと考えられますが、基本的に大事なことは、やはりその地域社会にほんとうに溶け込み、一体となって、その発展に尽くしていくという心構えをもつことです。そういう基本の心構えをもちつつ、日々起こってくるいろいろな事柄に誠意をもって処していくならば、真に喜ばれる企業として地域社会と共存共栄しつつ活動していくことができると思います。

      ♪・・・・・・♪

天下の金・人・物を使う企業は、それに見合うだけの社会的プラスが、はじめから予想されていると考えるべきであり、それが十分にできないのならば、いさぎよく人と金を社会にかえして、他にもっと有効に活用してもらうことを考えた方がよろしい。
これは資本の多い大会社ほど厳しく要請されねばならない。かりにある大会社が、その経営規模にふさわしい適正な利潤を着々とあげておれば、国庫にも莫大な収入があることになり、それによって国民に大きな福祉を与えることになる。逆にその大会社が赤字を出したとしたら、政府もいろいろと援助しなければならない。これには多額の費用がかかるが、これはすべて国民の税金から出されるのである。差引き何と大きな国家的国民的損失であろう。
こんなことは、企業の社会的責任、使命からすれば、本当は許されないことだ。赤字を出すということは、企業の国家的国民的な罪悪だといってよろしいかと思う。

      ♪・・・・・・♪

松下幸之助氏には、昭和12(1937)年から昭和28(1953)年まで、良き軍師(※)が側にいらした。

加藤大観師である。師は真言宗醍醐寺で得度修業し、権大僧都になった高僧。
大正15年頃、フト思い立ち、以前から知っていた京都の大観師宅をたずねた。
それからは、迷いがあれば、師に相談し、意見を求めることが多くなった。

ある日、師が「あなたが承知してくれるなら、この庵を閉じて、あなたのために一生をささげたい」と言ったことを縁として、昭和12年12月、師夫妻を京都の松下邸に迎えた。その後1年余りして、師は会社の中に居を移し、以来昭和28年2月、満84歳でなくなるまで、毎朝夕2時間ずつ、幸之助氏の健康と会社の発展を祈って勤行し続けた。

松下幸之助氏は、師の助言通りに事を運ぶことはせず、
それを咀嚼(そしゃく)し、自らの見識を高め、決断を下した。

昭和48(1973)年11月27日、相談役に就任後初めての誕生日に、
大阪ロイヤルホテルで、「相談役様に対する感謝の会」が開かれた。

時はオイルショックの真只中、日本経済は混迷の度を深めていた。
松下氏は、次のように語り、全員に勇氣と決意を求めた。

「事に当たり、自分のことを考えるのは、力弱いことである。
平時ならいざしらず、今は非常時である。
国家社会の大事のためなら自分を無にする、
そういう考えをもってことに当たれば、必ず道は開ける」

(つづく)

感謝


(※注)軍師が昇天なさって数年経つと経営の神様と呼ばれたこの方は、師の教えを忘れたのか、尊敬される経営者にあるまじき行為が目立ってきたそうである。それは歴史家に解明して欲しい仕事の一つであり、証人も証言者も今なら確保できる。(以上)

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