流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇〇九年卯月

5cbb5289.JPGイタリアのフィアットと合衆国のクライスラーの買収交渉の行方を見つめているが、フィアットが買収するには債権債務の整理が必要になる。よって、一時倒産となる。買収交渉が不成立なら、倒産申請し解体清算する。5月の声を聞く頃には、合衆国製造業のシンボルが役割を終え、消え去っているかもしれない。

もうひとつ氣になることは、合衆国有力企業の創業者一族等が、自社株を売り始めていること。4月に入ってからの彼等による自社株売りは3億5300万ドルで、自社株買いの8.3倍となった。今月に入り合衆国の株価が80年ぶりの急上昇を見せているが、彼らの多くが売り時と判断しているようだ。深読みをするなら、自社または合衆国製造業の回復・成長を見限ったといえるかもしれなない。

5月には先送りした諸々のことが明らかになってくる。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

4月5日、NHKスペシャル「ジャパン デビュー」の第1回「アジアの一等国」という番組を観た。

幅広い世代の台湾市民が、尊敬する国、移住したい国として日本を挙げるのは、日本の統治に不快を持っていないからだと言われる。にもかかわらず、この番組では日本の統治を否定的に表現していた。また、台湾市民が尊敬する後藤新平(※)を躊躇なく裁いて見せるのだが、見識がなさ過ぎる。

敗戦前、有色人種の代弁者たるわが日本は、帝国主義の下、世界分割支配に明け暮れた白人系国家集団に植民地支配の不当性を訴えた。これは世界史的に意味のある行動であった。これは良く知られているように大日本帝国の帝国主義的拡張政策と足並をそろえてはいたが、世界の有色人種の希望になっていた。

そこに、わが日本の存在感があった。

(つづく)

感謝


(※)明治31(1898年)3月、台湾総督となった兒玉源太郎の抜擢により、台湾総督府民政長官となる。そこで新平は、徹底した調査事業を行って現地の状況を知悉した上で経済改革とインフラ建設を進めた。臨時台湾旧慣調査会を発足させ京都帝国大学教授で法学者・岡松参太郎を招聘し、自ら同会の会長に就任した。また同じく京都大学教授で法学者の織田萬をリーダーとし、後の中国哲学研究者・狩野直喜、中国史家・加藤繁などを加えて、清朝の法制度の研究をさせた。この研究成果が『清国行政法』で、近世・近代中国史研究には必須の資料となっている。

ボーイスカウト日本連盟の初代総長を勤め、スカウト運動の普及のために自ら10万円を日本連盟に寄付し、全国巡回講演会を数多く実施した。

親交のあった社長から新作懐中時計の命名を頼まれた際に、「市民から愛されるように」とCITIZENの名を贈っている。彼はシチズン(時計)の名付け親である。

最後の言葉は、『よく聴け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ』であった。

中国大使館が後藤新平宅の跡地にあるのは興味深い。

以上

fc0a3ed3.JPG友人のTY氏からお土産を頂いた。
「空也もなか」と「えびすめ」(写真)であった。

新宿育ちの彼は、わたしのひと回り上の世代で、洗練された人物である。

英国監査法人のコンサルタントで、お父さまが政治家であったからだろう、彼の世界観は透徹されている。憧れさえ覚える。

彼とご夫人のライフスタイルに、
向田邦子さんが持っていた戦前の中産階級の
豊かさと慎ましさを感じるのはわたしだけだろうか。

自分の持ち物を増やすための人生が不毛なことは、
少しばかり知力が働く人なら知ることができる。

にもかかわらず、ひとりの世界しか知らない人は、
極端に失うことを恐れてしまうもの。

自分に引き寄せるものを最大にするための人生は、
ただ、それだけでしかない。

快適に生きる社会を目指した日本が、
衣食住が満ち足りても、不満や不安を持つ多くの市民を抱え、
国内外の誰からも尊敬されない国になってしまったのは、なぜだろうか。

(つづく)

感謝

注1)
「えびすめ」は、大阪の小倉屋山本の商品。
この昆布屋に生まれた山崎豊子女史は、1957年、昆布屋の親子二代の商人を主人公とした『暖簾』を刊行して作家デビューしている。

注2)
「空也もなか」は、銀座並木通りにある。
場所:東京都中央区銀座6−7−19 空也ビル
電話:03−3571−3304
営業時間:10時〜17時(土曜日は〜16時) 日曜・祝日は休み
※毎日予約で完売のため当日に来店して購入できない。
商品の受取は2〜3営業日後。発送・配達はとりおこなっていない。
入口に掲げられている暖簾の「空也もなか」の文字は、
梅原龍三郎画伯による。

1b7d831e.JPGこんばんは。
心地良い静かな日曜日。

いかがお過ごしですか。

ご心配をおかけしましたが、お陰さまで、身体は順調に快方(解放)に向かっております。ご安心を。

それでは・・・

知人に関東圏で活躍する経営コンサルタントがいる。彼は4冊の著書を出版している。4冊目は、空と雲の写真集であった。そこには星雲や母船の名前が記されていた。

彼には、孫もいて幸せそうであった。
しかし、ある日とても悩んでいた。

『もうすぐわたしを迎えに来るが、どちらの船に乗るべきか?』

本人は真面目であった。
ある意識体が彼にコンタクトしているという。

持てる者が、持たざる者をリードすることで、
自分が相手に恩を売るという目には見えない関係、
主従関係づくりに精を出していないことは救いであった。

自らに由来する意識体なのか、ほかから来たものなのか。
地球由来の意識体なのか、どうか。
単なる意識体なのか、神性ある意識体なのか。

問題は彼が、このような基本的な事柄を自分で精査できる能力または精製された精神を持ち合わせていないことにあった。

ワナにはまってはいけない。能力の高い人間ほど、社会・家族・他人から投入される欲望達成願望のエネルギーが、本来自分が目標とするストーリーとはまったく別のストーリーを、人生の目標としてつくりだしてしまう。

だから主人公としての自分の意識と身体を自らに由来しないものに明け渡してしまいがちになる。

わたしたち個々人が何のために生きているのかという、たましいの存在のかたちを自覚するのが最優先事項(プライオリティ)なのであって、自らに由来しない意識体に容器としての身体を明け渡してしまい、特別な能力が授かったなどと思うことは大いなる錯覚でしかない。

自分は他人にはない特別な能力を持っているなどという優越感を持つことよりも、いと小さきものとなって、小さきもの、自分より後からくるものに対して自覚を持つことが大切。

この人生をまっとうするためには正しく目覚める必要がある。

よき一週間を。

日曜日の夕方に@旭ヶ丘

感謝

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