流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一〇年卯月

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『前世を記憶する子どもたち』など、「人間の生まれ変わり現象」の実証的研究者といえば、ヴァージニア大学医学校知覚研究室のイアン・スティーヴンソン博士(1920〜2007)であった。彼の代表作『前世を記憶する子どもたち』(邦訳1990)は、世界的ロングセラーとなっている。他に『前世を記憶する子どもたち2』(日本教文社)、『前世の言葉を話す人々』『生まれ変わりの刻印』(春秋社)などがある。

スティーヴンソン博士の慧眼は、個性(individuality)と人格(personality)を区別し(注※)、特定の人格(personality)がそのまま再生するのではないと見抜いた。

「私(スティーヴンソン)は、一つの人格(personality)がそっくりそのまま生まれ変わり得るという言い方は避けてきた。そのような形での生まれ変わりが起こり得ることを示唆する証拠は存在しないからである。実際に生まれ変わるかもしれないのは、直前の人格および、それ以前に繰り返された過去世の人格に由来する『個性』(individuality)なのである」(『前世を記憶する子どもたち』より引用)

「前世の何が再生するのか」の解は、特定の人格(personality)が再生するのではなく、個性(individuality)が再生するとなる。

博士は『前世を記憶する子どもたち2−ヨーロッパの事例から』を書き上げた後、合衆国での転生事例についての本を準備中だった。たぶん、『前世を記憶する子どもたち3』として日の目を見ただろう。『転生した子どもたち』(日本教文社)の著者ジム・B・タッカー博士が彼の研究を継承・発展している。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

「異言(いげん)」とは、学んだことのない外国語を用いることができる非日常的現象のこと。英語では、glossolalia(グロッソラリア)とxenoglossy(ゼノグロッシー)に分かれている。glossolaliaは宗教用語で、xenoglossyは超心理学用語であり、後者を「真性異言」と訳す場合がある。



自然、スティーヴンソン博士は、xenoglossy(ゼノグロッシー)の研究者であり、『前世の言葉を話す人々』(春秋社)は白眉である。これは異国の言葉で前世を語る「真性異言(ゼノグロッシー)」の調査報告。

超心理学用語では、真性異言(xenoglossy)を朗唱型異言(recitative xenoglossy)と応答型異言(responsive xenoglossy)に区別するが、本書の2例は応答型である。

(1)グレートヒェン事例

合衆国の牧師兼催眠施術士キャロル・ジェイ(Carrol Jay)氏が妻のドロレス(Dolores Jay)に前世逆行催眠をかけたところ、1970年にグレートヒェンと名乗るドイツ語を話す人格が登場。博士は直接その人格と話し、かつ夫妻がドイツ語を習う機会がなかったかどうかを調査している。博士は彼女が19世紀最後の四半世紀にドイツで送った十分な証拠があると考えた。グレートヒェンがドイツ語を話したセッションは19回に及んだ。

(2)シャラーダ事例

インド女性のウッタラ(Uttara)さんは、瞑想を習ったところ、意識が変容してベンガル語を話すようになった。1974年にベンガル語を話す寺の住職と対話をはじめたところ、その人格はシャラーダ(Sharada)と名乗りベンガル地方での過去の生活を話した。シンハ博士は、それを録音し、ベンガル地方に行ってその話の一部が正しいことを確認した。スティーヴンソン博士も別途確認の調査を始めたのは1975年のことだが、調査に区切りをつけた1980年にもまだシャラーダの出現は続いた。シャラーダは両親や親族の名前、自分に馴染みのある土地の名前など自分について多くを語り、またその多くは実在した。しかし、シャラーダが生まれ育ったと考えられる家族を突き止めることはできなかった。

シャラーダ人格が出現している時は、ウッタラとしての人格は見られない。ウッタラとしての人格が現れている時は、シャラーダ人格は登場しない。シャラーダが出現する時にはウッタラの人格がどこかに押しやられ、シャラーダに乗っ取られるような感じであった。ウッタラに戻った時にはシャラーダとしての記憶はなく、シャラーダにはウッタラの記憶はないのであった。

次回に続く。


笑顔の祝日を。

昭和の日の午後に

感謝


注※)用語の区別
(1) personality   人格:他人の目に映じる社会的特性(特徴・傾向)
(2) character    性格:道徳的・倫理的な特性
(3) individuality  個性:他とはっきり区別されるきわだった特性

参照:
ヴァージニア大学医学校知覚研究室
http://www.healthsystem.virginia.edu/internet/personalitystudies/

ここの”Who We Are”のコーナーには、1979年11月の写真にスティーブンソン教授とダライラマの顔が見える。

文献:
Stevenson, Ian (1974) Xenoglossy: A Review and Report of a Case. Charlottesville: University Press of Virginia.

Stevenson, Ian (1984) Unlearned Language: New Studies in Xenoglossy. Charlottesville: University Press of Virginia.(笠原敏雄訳 (1995)『前世の言葉を話す人々』東京:春秋社)

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淡々とした流れに眠氣を誘われた秀作「西の魔女が死んだ」(2007年・日本)のおばあちゃん役を演じた女優は、サチコ・パーカーさん(Stephanie Sachiko Parker 1956〜)であった。

彼女の名前は、小森和子さんによって"blessed child"を意味する「幸子」にちなんでつけられた。6歳から12歳までを東京に住んでいた父親の元で暮らし、学習院初等科に通った。

彼女の母は、女優シャーリー・マクレーンさん(1934〜)で、前生を70歳代の一休宗純和尚の伴侶であったと言った方である。

彼女の前世話などが書かれた『アウト・オン・ア・リム』『ダンシング・イン・ザ・ライト』は世界的によく売れた。しかし、これらの前世話は後年チャネラーの創作であったことが暴露され、彼女自身もそれを認め謝罪した。

自分の過去世なんぞ知らなくても、今の自分の中身・あり方がこれまでの過去世の蓄積成果だと知るだけで十分ではありませんか。

次回に続く。

よき笑顔の水曜日を。

感謝

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太陽がSunSun。

氣持ちのいい朝です。

何か始めるときには、いつも無理を覚悟しておく。


朝、目が覚めても、
起き上がりたくないときがある。

にもかかわらず、『よし!』と自分自身を鼓舞(こぶ)して起き上がる。
動き始めて30分もすれば、いつもの調子が戻ってくる。

ウィークエンドの休日を大いに楽しんだあと、月曜日に「いやいや出勤しなきゃいけねぇのかい」と思いつらくなることがある。
休日の調子から平日の調子に戻すのに少々の無理を伴うからである。

こうした日々の行動でさえも、動き出そうとするときはつらいもの。
自然、新しいことのスタートや初めての仕事へのトライは、さらなる無理が必要となる。

わたしたちの日々の生活には、慣習・法律があり、ルールがあり、フレーム(枠組)がる。これらが作り出す条件の中で、行動しなければならない。だから、まったく自由だということはありえない。いつも楽しく過ごせるとは限らない。

しかし、無理があるから、無理に耐え乗り越えるからこそ、充実感や満足感を体験できる。同時に、生きる喜びや生きがいが自らに湧き出る。

充実感や満足感の反対は空虚感や不平感で、感じた無理を簡単に放り出し、自分を無理な状況に上手く合わせることを回避したときに訪れる。

人には工夫して、乗り越えていく知恵が備わっています。
だから、無理を感じても簡単に放り出す必要はないですよ☆

人は無理をしながらも、自分らしく生きていくものです。
だから、無理は生きがいの源であると受取りましょう♪


よき笑顔の火曜日を。


朝陽を浴びながら

感謝

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