流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一三年葉月

原発ビジネスには、日本の除染ビジネスや合衆国やドイツの廃炉ビジネスも含まれる。合衆国の動向に素直な政治家である小泉純一郎氏は、脱原発の名の下に、廃炉ビジネスのエンジンとなるべく言動を開始したようだ。2012年12月19日のロイターによる『特別リポート: 廃炉ビジネス狙う海外企業、見えない壁に高まる批判』を一読するなら、小泉氏が「廃炉ビジネスを狙う合衆国企業」のエージェントとして再び表舞台に現れたと捉えることができそうだ。
米東部の原発1基を廃炉に シェール革命で採算悪化
(産経 2013.8.28 12:17)
 米電力大手エンタジーは27日、東部バーモント州のヤンキー原発を2014年の10〜12月期に廃炉にすると発表した。安価な「シェールガス」を使った発電が増えたことで同原発は採算性が悪化。補修や維持のための投資負担も重荷になった。
 ヤンキー原発(出力60万5千キロワット)は1972年に運転開始。エンタジーが2002年に取得し、11年に米原子力規制委員会(NRC)から32年までの稼働認可を得ていた。
 米国では「シェール革命」の影響で、老朽化した原発の廃炉や新設計画の停止が相次いでいる。米電力大手デューク・エナジーは今月、フロリダ州の2基の新設計画を凍結すると発表。同州クリスタルリバー原発の廃炉も決めている。(共同)http://sankei.jp.msn.com/world/news/130828/amr13082812180003-n1.htmより転載
米サンオノフレ原発が廃炉を決定―福島の教訓で変わる米原発事情
(WSJ 2013年 6月 21日 15:24 JST)
 6月7日、カリフォルニア州最大の米電力会社、南カリフォルニア・エジソンは、水漏れ事故で昨年1月末以来稼働を停止していたサンオノフレ原子力発電所を廃炉にすると発表した。
 水漏れは、三菱重工業が製造した2基のうち1基(3号機)の蒸気発生器の配管が損耗したことによる。だが、2号機の配管にも破損が見られたため、昨年1月9日から定期点検でストップしていた2号機も運転を見合わせていた。
 再稼働をめぐって、米原子力規制委員会(NRC)は、関係者とのミーティングや公聴会を開いてきたが、市民団体や住民などの懸念や反対に応じる形で、調査が長期化。エジソンは、「これ以上不透明な状況が続くと、顧客や投資家などのためにならない」とし、今後、数十年をかけて廃炉にする決定を下した。同州の2つの原発のうち1つが、使命を終えることになる。
 『ウォール・ストリート・ジャーナル』によれば、廃炉のコストは、主に27億ドル(約2600億円)の廃炉信託基金でまかなわれるが、社員も約1100人がリストラされる。廃炉のコストとは別に、原発停止に伴う利益損失も巨額に上る。(後略)http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324438704578558540979880724.htmlより転載

皮肉なことだが、脱原発を叫んで票を得て議員となった方々よりも、小泉氏は効果的に日本を脱原発へと仕向けることができるだろう。下記の記事は、小泉氏の実名でのアドバルーン発言を記したものだ。この記者は自身が廃炉ビジネスの広報員としてカウントされたことに意識が届いていないかもしれない。
風知草:小泉純一郎の「原発ゼロ」=山田孝男
(毎日新聞 2013年08月26日 東京朝刊)
 脱原発、行って納得、見て確信−−。今月中旬、脱原発のドイツと原発推進のフィンランドを視察した小泉純一郎元首相(71)の感想はそれに尽きる。
 三菱重工業、東芝、日立製作所の原発担当幹部とゼネコン幹部、計5人が同行した。道中、ある社の幹部が小泉にささやいた。「あなたは影響力がある。考えを変えて我々の味方になってくれませんか」
 小泉が答えた。
 「オレの今までの人生経験から言うとね、重要な問題ってのは、10人いて3人が賛成すれば、2人は反対で、後の5人は『どっちでもいい』というようなケースが多いんだよ」
 「いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、『原発は必要』という線でまとめる自信はない。今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。ますますその自信が深まったよ」
 3・11以来、折に触れて脱原発を発信してきた自民党の元首相と、原発護持を求める産業界主流の、さりげなく見えて真剣な探り合いの一幕だった。
 呉越同舟の旅の伏線は4月、経団連企業トップと小泉が参加したシンポジウムにあった。経営者が口々に原発維持を求めた後、小泉が「ダメだ」と一喝、一座がシュンとなった。
 その直後、小泉はフィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」見学を思い立つ。自然エネルギーの地産地消が進むドイツも見る旅程。原発関連企業に声をかけると反応がよく、原発に対する賛否を超えた視察団が編成された。
 原発は「トイレなきマンション」である。どの国も核廃棄物最終処分場(=トイレ)を造りたいが、危険施設だから引き受け手がない。「オンカロ」は世界で唯一、着工された最終処分場だ。2020年から一部で利用が始まる。
 原発の使用済み核燃料を10万年、「オンカロ」の地中深く保管して毒性を抜くという。人類史上、それほどの歳月に耐えた構造物は存在しない。10万年どころか、100年後の地球と人類のありようさえ想像を超えるのに、現在の知識と技術で超危険物を埋めることが許されるのか。
 帰国した小泉に感想を聞く機会があった。
 −−どう見ました?
 「10万年だよ。300年後に考える(見直す)っていうんだけど、みんな死んでるよ。日本の場合、そもそも捨て場所がない。原発ゼロしかないよ」
 −−今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが。
 「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。あとは知恵者が知恵を出す」
 「戦はシンガリ(退却軍の最後尾で敵の追撃を防ぐ部隊)がいちばん難しいんだよ。撤退が」
「昭和の戦争だって、満州(中国東北部)から撤退すればいいのに、できなかった。『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、そんなことないね。昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」
 「必要は発明の母って言うだろ? 敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。自然を資源にする循環型社会を、日本がつくりゃいい」http://mainichi.jp/opinion/news/20130826ddm003070155000c.htmlより転載


閑話休題(それはさておき)


ドイツでは、政府が脱原発の方針を決めた瞬間に、大手電力会社はそろって廃炉コスト等を特別損失として計上した。結果、赤字決算に転落。当然、電力会社はリストラを断行し、事業や資産を売却した。一義的な責任は原発を経営する電力会社にあるのだから、早期にコスト処理をしたのであった。同時に、電力会社はこのコストがドイツ政府の政策転換によるものだとして、二義的な責任は国家にあるとして、損害賠償請求をした。

日本の電力会社は40年の原発稼働を前提にして、毎期の決算で廃炉費用を積み立て、減価償却している。しかし、40年未満で廃炉にすると、積立金では足りない。通常、足りない分は特別損失として一括計上する。ところが、どうしたものか一括償却ではなく、10年程度に分割して計上できるルールづくりを経済産業省が模索している。毎年の電気料金に上乗せして吸収するアイディアは、過去のコストを将来の料金で回収する名案に見えるが、実質は将来へツケを回すということに他ならない。電力料金は総括原価方式で、必要な原価に、資金調達コストに相当する事業報酬を織り込んでいる。電力会社は、発電所や送配電線など毎年莫大な設備投資が必要で、安定的に資金調達を行う必要がある。事業報酬とは、設備投資資金を調達するためのコスト(支払利息など)に相当する。この総括原価方式はガス、水道、鉄道等の公益的事業の料金決定に適用されている。このようにして決められる電力料金に、電気製造にかかわらない過去のコストを上乗せするというのだから、チト、論理的に無謀すぎる。願わくば、知らず識らず、将来の電気料金に隠れるようにして上乗せし負担されることは回避したい。今、廃炉を決める私たちの世代が負担するのが自然なのだし、将来にツケ(廃炉コスト)を負わせたくはない。


八月ももう2日を残すばかりとなりました。
大きな笑顔の佳き大安吉日をお過ごしください。

感謝

最高裁判事に天下った人が、その人事に不服で、安倍首相の「解釈による実質的な憲法改正(解釈改憲)」に反旗を翻した。
最高裁判事 集団的自衛権巡る憲法解釈に言及
(NHK 8月20日 17時17分)
 内閣法制局長官から最高裁判所の新しい判事に任命された山本庸幸氏が会見し、集団的自衛権の行使を巡る政府の憲法解釈の見直しについて「半世紀以上維持されてきた憲法解釈であり、私自身は見直すことは難しいと思う」と述べました。
 内閣法制局長官を務めていた山本庸幸氏(63)は、定年退官した竹内行夫判事の後任として20日、新しい最高裁判事に任命されました。
最高裁で行われた会見で山本氏は、集団的自衛権の行使を巡る政府の憲法解釈の見直しに関する議論について、「今の憲法の下で半世紀以上議論され、維持されてきた憲法解釈であり、私自身としては見直すことは難しいと思っている」と述べました。
さらに山本氏は「見直すのであれば、憲法9条を改正することがより適切だが、最終的には国会や国民が判断することだ」と述べました。
 内閣法制局の長官は今月、山本氏の後任として、第1次安倍内閣の際、憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を容認する議論に加わった、元フランス大使の小松一郎氏が就任しています。
 山本氏は、内閣法制局の長官だった当時、国会での答弁で、集団的自衛権について従来の政府の憲法解釈を維持すべきだという姿勢を示していましたが、裁判で憲法判断を行う最高裁判事としては異例の発言となりましたhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20130820/k10013903011000.htmlより転載

憲法解釈で首相に“10倍返し” 最高裁判事が見せた男の意地
(日刊ゲンダイ 2013年8月22日 掲載)
 思わぬ伏兵に安倍政権がじだんだを踏んでいる。憲法解釈を変更して「集団的自衛権」を行使しようと画策している安倍首相に対して、内閣法制局長官を退き、最高裁判事に就いた山本庸幸氏(63)が、「待った」をかけたからだ。20日の就任会見は明快だった。
〈集団的自衛権の行使は、従来の憲法解釈では容認は難しい〉
 政権内からは「もう憲法解釈の変更は不可能だ」という声が上がっている。実際、最高裁の判事に「ノー」と否定されたら強行するのは難しい。よほど頭にきたのか、菅義偉官房長官は「発言に違和感を覚える」と、21日批判している。
 「首相周辺は、これは意趣返しだとカンカンになっています。というのも、安倍首相は解釈変更に消極的だった山本庸幸さんを法制局長官から外したばかりだからです。簡単に言ってしまえば更迭した。ただ、世間からは更迭ではなく、出世に見えるように、最高裁判事というポストに就けた。それでも、法制局長官という職にプライドを持っていた山本庸幸さんは、安倍首相のやり方を許せなかった。首相に一泡、吹かせたのでしょう」(霞が関事情通)
 たしかに、憲法解釈を最終判断する最高裁判事の発言は重みが違う。首相に「10倍返し」するなら、最高裁判事の就任会見は絶好の舞台だ。
 首相の出はなをくじいた山本庸幸氏は、どんな男なのか。
「山本さんは愛知県出身、旭丘高、京大法卒、73年に通産省に入省しています。正直、省内では次官候補ではなかった。でも、法制局には各省から優秀な職員が送られる。山本さんも融通は利かないが、頭脳明晰だったのは確かです。本人は、法制局長官を天職だと思っていたようです」(経産省OB)
 最高裁の裁判官は、憲法で「身分の保障」が規定され、70歳の定年までつとめられる。官邸周辺は、「最高裁判事にしてやったのに」と悔しがっているらしいが、法制局長官を代えることで憲法解釈を変更しようという姑息なやり方が、完全に裏目に出た形だ。http://gendai.net/articles/view/syakai/144145より転載

 今後のお決まりのコースは、謝罪または発言の撤回だろうが、最高裁判事のイスに惑わされることなく「10倍返し」を続けてもらいたい。【8月25日の『半沢直樹』(TBS系)第6話からは、舞台を東京に移し、新たな物語が始まる。】

 憲法に関しては、そろそろ新しい言葉を使って、きっちりと書き換えたい。さもなければ、いつまでたっても古い言葉での解釈論議ばかりが先行し、肯定する側と否定する側は共に環境を変えることができずに、今後も日本のあり方を呪縛し続ける。解釈論議などというものは、まじないのような心理的強制であり、思考する自由と行動する自由を奪う。自由に思考し行動するから、新しい言葉を使って書き換えることができる。解釈改憲よ、さようなら! 書換改憲よ、こんにちは!


閑話休題(それはさておき)

レベル3相当 新しい事故に等しい
(東京新聞 社説 2013年8月22日)
 たかが水漏れと侮っていたのだろうか。レベル3。大事故に重なる大事故と言っていい。福島第一原発内で大量の高濃度汚染水が漏れていた。止められる見込みもついていない。国は無責任すぎないか。
 これは新しい事故である。
 それも、ただの事故ではない。原子力規制委員会は、国際的な尺度(INES)に合わせたこの事故の重大性の暫定評価をレベル1からレベル3まで引き上げる。
 レベル3は「重大な異常事象」と定義され、レベル4以上が「事故」ということになっている。
 しかし、一般の常識に照らせばそれは重大な事故であり、人災ではないのだろうか。
 レベル7の「深刻な事故」に分類される福島原発は、収束に向かうどころか、大事故の上に大事故を日常的に重ねている状態だ。
 これでは漁師たちだけでなく、周辺住民もたまらない。
 汚染水漏れを起こしたとみられるタンクは、二年前から応急的に導入された「フランジ型」と呼ばれるタイプである。
 鋼鉄の板をつなぎ合わせてボルトで留めたもの。つなぎ目はゴムパッキンで埋めてある。水漏れの危険があることは素人にも分かる。近づくだけで人の命が危険になるような、高濃度汚染水の保管場所とは思えない。二十五メートルプール一杯分もの水漏れを見逃していたずさんな管理体制のこともある。そのうち、海へ流せばいいと、高をくくっていたのではないか。
 国際的な影響も出た。
 韓国のアシアナ航空は十月以降、ソウル−福島間のチャーター便の運航を止めるという。このままだと波紋はさまざまに広がりかねない。
 溶接型のタンクを一基造るのに数カ月かかるとか、周囲を凍土壁で囲むのに一〜二年かかるとか、費用を負担するのは誰かとか、そんな悠長なことを言っている場合ではないはずだ。
 内外の不安に対してもっと真剣な危機感を持って対策を急いでもらいたい。レベル3の事故を何とかせねば、レベル7を収拾できるはずもない。
 国民の東電への不信は、さらに高まった。今や政府への不信も募りかねない。
 産・官・学の総力を挙げて地下水の流入箇所と流出場所を突き止め、ふさぐ努力をしてほしい。
 今この瞬間にもタンクから漏れ出ていくのは、この国の安全と信用なのである。
http://www.amakiblog.com/archives/2013/08/22/#002680より転載

恐ろしいことは、安倍自民党政権がこの問題を最優先事項として積極的に解決しようとはしていないこと。私たち民衆の言動は、今のところ、政府を動かすことができないでいる。しかし、国会議員・地方議会議員・反原発を唱えて選ばれた政治家・中央政府および地方政府の官僚・大手メディアと呼ばれる新聞社やテレビ局は、やる氣さえあれば政府に対し彼らの力を非常手段として使うことができる。私たち民衆を先導してデモ活動を起こせる力を持っている。だが、彼らは何らかの理由で思考を規制され、行動を規制されている。古い言葉にグッバイして、新しい言葉で日本の環境を変えてもらいたい。最悪のケースでは、人類の脅威の名の下に、日本は国際社会によって管理される可能性が高い。そのとき、民族国家・日本は主権を放棄せざるおえなくなるだろう。

確かに、政府に民意を伝えるデモ活動は衰退傾向にある。しかしながら、その昔、青島幸男(1932〜2006年)が国会議事堂前で「民主主義の敵、金丸を許すな」と書いたプラカードを掲げて、独り座り込みを続けたデモを思い出してほしい。「日本の安全、政府自らが汚染水漏れを停止せよ!」と書いたプラカードを掲げ、独りデモを行使する政治家よ、出でよ!

大きな笑顔で参りましょう。佳き週末を。

感謝

8月15日の正午には、もの心ついた頃からの習慣として、手を合わせ黙祷をする。

この8月15日が「終戦記念日」となったのは、1963年5月14日に第二次池田勇人内閣で閣議決定された「全国戦没者追悼式実施要領」で、戦後の18年を経てからのことであった。さらに、正式名称「戦没者を追悼し平和を祈念する日」は1982年4月13日に鈴木善幸内閣が閣議決定した。先の大戦に敗れてから68年が経過しているが、「終戦記念日」の歴史は50年と若い。

1945年当時、北方領土に住んでいらした方々はソヴィエト軍の攻撃がその年の8月末から始まったことを体験なさっている。だから、8月15日を「終戦」と言わない。では、歯舞群島が完全占領された9月5日を「終戦」と呼べるだろうか。いや、そんなことはない。広島市民にとっての「終戦」の日は8月6日であろう。沖縄はどうか。「沖縄慰霊の日」は、日本守備隊の組織的戦闘が終わった6月23日である。しかし、合衆国軍が沖縄作戦の終了を宣言したのは7月2日であった。さらに、残存した大日本帝国軍が公式に降伏文書に調印したのは9月7日で、戦艦ミズーリ号艦上で重光全権が降伏文書に調印した9月2日から5日を過ぎていた。

新聞・テレビは8月15日になるとこぞって終戦特集を編成するものだから、私たち民衆の多くはこの日で戦争が終わったのだと思い込んでしまう。しかし、この日以前に戦い終えていた場があった。そして、この日以降も戦い続けていた場があった。にもかかわらず、8月15日を終戦の日にしたのはなぜなのか。

それはこの日が、昭和天皇による終戦の詔書の朗読放送(玉音放送)日であり、大日本帝国の降伏が帝国臣民(国民)に公表された降伏告知日であったから。この前日にポツダム宣言受諾を決断なさった昭和天皇の思し召しを印象付ける皇国史観が見えてくる。皇国史観とは、天皇の動静を日本の歴史そのものと観る歴史観のことで、合衆国の日本研究者は「emperor-centered historiography」や「 Emperor-centered nationalistic views」などと翻訳している。幕末の尊皇攘夷運動により強化され、大日本帝国時代には政府公認の歴史観であった。ちなみに、英国や合衆国など連合国側では、9月2日を対日戦勝記念日として「V-Jデー(Victory over Japan Day)」と呼び、9月2日を終戦の日とする国が多い。日本の歴史を見渡したなら、1952年4月28日発行のサンフランシスコ講和条約を以て「終戦記念日」と直した方がしっくりくる。奇しくも、この日は昭和天皇の51回目の誕生日の前日であった。

来年の8月15日の正午も、手を合わせ黙祷していることだろう。
習慣なのだから。


閑話休題(それはさておき)


8月15日は聖母マリアの被昇天ミサが捧げられる祝日として知られる。1534年のこの日、イエズス会が創立している。イグナチオ・デ・ロヨラと6名のパリ大学の同志(スペイン出身のフランシスコ・ザビエル、アルフォンソ・サルメロン、ディエゴ・ライネス、ニコラス・ボバディリャ、ポルトガル出身のシモン・ロドリゲス、サヴォイア出身のピエール・ファーヴル)がモンマルトルの丘のサン・ドニ聖堂(今のサクレ・クール聖堂の場所にあったベネディクト女子修道院の一部)に集まり、生涯を神にささげる誓いを立てた日である。そしてその15年後の1549年8月15日、フランシスコ・ザビエル一行は鹿児島に上陸し、日本でのキリスト教布教を開始した。彼らの日本での活動は1644年のマンショ小西の殉教までの約95年間続いた。わたしたち日本人が「終戦の日」と呼ぶ8月15日の別の顔である。

このローマ・カトリック教会に所属する男子修道会イエズス会を設立母体とした教育機関の一つに、学校法人上智学院のもとにある上智大学がある。大学に隣接して建てられている聖イグナチオ教会は宗教法人でイエズス会の経営による。この教会はイエズス会の創設者で初代総会長を務めたイグナチオ・デ・ロヨラ(1491〜1556.7.31)にちなんで名づけられた。また上智大学が12月3日を休業にしているのは、フランシスコ・ザビエル(1506.4.9〜1552-12.3)の祝日であるから。

こんなことを書いていたら、フト、子供のころ通っていたカトリック湯の川幼稚園が浮かんできた。シスター伊藤の優しさ、豆先生の輝く小さな瞳、オーストラリアから来た園長先生の笑顔などが想い返される。私たち園児は彼らから大いに愛された。小さなころに他者から愛されるから、自分を愛することができるのだ。学校が教えてくれる最高のものは、自他との相互関係が愛を育むということ。小さなころに他者から愛されなければ、自分を愛せない仕組みになっていること。子らの多くが、愛すことよりも、愛されることの大切さを学び実践する。

今も、私たちは人類の戦史にピリオドを置けないでいる。だから、戦争による犠牲者が生まれ続け、その数を日々更新している。では、人類はなぜ戦争を消滅させる智慧を発動しないのか。それは、私たちの高度に進化したはずの文明が相も変わらず、紛争解決の最終手段としての戦争に代わる制度を開発せずに、金儲けのテクノロジーとして戦争を運営しているからだ。多くの命を奪い続ける宿痾(しゅくあ)に侵されたこの文明を認めてきたのは、経済的に潤っているならどのような狂氣の統治者であっても従わずにはいられないという悪しき性(さが)である。私たち人類の自他愛や自他を許す氣持ちが、経済的理由を乗り越え、我れ善しの氣持ちを払い去り、強者の論理を退け、私たちの宿痾を消し去る。さあ、参りましょう。


大きな笑顔の佳き週末を

静かな大安吉日に  感謝
マリアと子ら

このページのトップヘ