流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一四年睦月

自分自身の問題を理解し解決した後、
自分を無にできる頃、
人をaisuruことができる。

氣軽にaisuruというのは、
言葉が未だ血肉に程遠く、
人を畏れ敬う力の欠乏。

愛とは、畏れ敬うこと。
人をひき受け、
自分自身の心と身体にとり込むこと。

この愛で自分の心を満たし、
つねに自分を超えた存在に氣づく。
人生の目的のひとつ。
Receiving the Stigmata
Receiving the Stigmata(1429)

大きな笑顔の佳き週末を

感謝

東京をぼくらの街に」は、東京都知事選に立候補した、家入一真氏のキャッチフレーズ。クラウドファンディングで支援したい政治家だ。「♯ぼくらの政策」と「ツイート」
もご覧ください。
若手起業家の家入氏が立候補 堀江氏が支援 都知事選
(朝日デジタル 2014年1月22日23時44分)
 ネット関連会社役員の家入一真氏(35)は22日、独自に都庁で都知事選への立候補会見を開いた。ひきこもりで福岡県内の高校を中退。20代で起業し、29歳のときにジャスダック市場に上場した経歴を持つ。複数の会社のほかに、ひきこもりや就職活動で悩む若者のためのシェアハウスも経営する。
 ネット中心の選挙活動を行うと表明し、「政策の詳細はこれから決める。選挙期間中にみんなの意見をネットで集め、専門家の意見も聞いて最終的にまとめる。偉そうに僕がいま語るより、全然いいものができると思う」などと語った。
 親交のある元IT会社社長の堀江貴文氏も同席。「会社経営のセンスがあり、弱い者の気持ちもわかる。若者が投票する選択肢になる」と支援を表明した。http://www.asahi.com/articles/ASG1Q7JRMG1QUTIL05D.htmlより転載

家入かずま プロフィール
元引きこもり/JASDAQに最年少社長として上場/連続起業家
1978年生まれ。福岡県出身。いじめに遭い、学校に馴染めず高校1年生の時に中退。約3年ほどひきこもりとなる。その後に大学入学資格検定(現在の高等学校卒業程度認定試験)に合格。住み込みの新聞配達をしながら奨学金を得る新聞奨学生制度を新聞で知り、朝夕に新聞配達をしながら昼は芸大美大受験を目指していた。その後、デザイン会社に入社、在職中にウェブサイトのデザインに興味を持つ。ウェブデザインの技術的知識を身に付けようとコンピュータのシステム会社に転職し技術を習得。2001年、自宅で「ロリポップ!レンタルサーバ」を立ち上げる。2003年、株式会社paperboy&co.を創業、2008年29歳の時にJASDAQ市場へ最年少で上場する。
現在は株式会社paperboy&co.を退任し、連続起業家(シリアルアントレプレナー)として、国内最大手クラウドファンディングサイト「株式会社ハイパーインターネッツ」代表取締役。スマートEC運営「BASE株式会社」共同創業取締役。カフェプロデュース・運営「partycompany Inc.」代表取締役。スタートアップベンチャー投資「partyfactory Inc.」代表取締役、モノづくり集団「Liverty」代表など、さまざまな業種のベンチャー企業に参画している。
現代の若者たちの駆け込み寺(シェアハウス)ともいえる「リバ邸」を全国に作るなど、リアルやネットを問わず、カフェやウェブサービスなど人の集まる場を創っている。「起業」「モノづくり」「新しい働き方」「これからの生き方」「引きこもり」などをテーマとした講演を多数おこなっている。
受賞歴:第5回Webクリエーション・アウォード Web人賞受賞

詳しくは→http://ieiri.net/

隣人を敬愛し、小さき者、弱い者を助け合って皆で生きる、暖かい暮らしやすい社会創りに向け活動なさっているリーダー、家入一真氏。東京都民でなくても、応援したくなる。


閑話休題(それはさておき)


チト、不思議なお話を。ペリーの黒船が来航した後、1945年の敗戦時、合衆国軍の一部隊が、仁徳天皇陵に向かい、発掘のようなことをしていたという伝聞がある。

仁徳天皇陵(前方後円墳)を丸い方を下にして眺めなら、壷のように見える。両側に取っ手らしきものが付いている。これが古代イスラエルの失われた支族「ガド族」が継承したユダヤの「マナの壷」で、合衆国はそれを調査確認するために仁徳天皇陵に入ったという。マナの壺はさておいて、世界的に見て価値のあるものがあったに違いない。古代にユダヤ人が来ていたことは間違いないにしても、「日猶(にちゆ)同祖論」という日本人のルーツがユダヤ人と同じだということを証明するものは出てこない。学界ではまともに扱われていないが、似ている部分を取り出し、全体像を示唆するかのごとく強調するものだから、惑わされがちになる。神道は八百万の神々の世界で大らか。一方、ユダヤ教は猛烈に厳しい性格の砂漠の神ヤハウェが唯一神。ヤハウェは嫉妬深い道徳の番人として、他神を拝むことを禁じている。だから、神道とユダヤ教は全く正反対の性格。日ユ同祖論者は、この点を明確に説明する必要がありそうだ。

ただし、一神教の成立時期が一般に言われているより後で、ユダヤ教の教義が確立する前に東方へ移住したユダヤ人クループがいたのなら話は別。(ユダヤ教が古い形で生まれるのは、新バビロニアが、ペルシャによって滅ぼされバビロン捕囚のユダヤ人たちが解放された紀元前538年。今日のような形で成立したのは紀元3世紀頃で、キリスト教の拡大に伴い、ユダヤ教としての体系立てる必要に迫られたから。正典である旧約聖書はヘブライ語で記載され、一部にアラム語で記載されている) しかし、ユダヤ教が確立された後にユダヤ人が形成されたのであって、ユダヤ人がいてユダヤ教が確立したのではない。だから、群馬県吉井町「多胡の碑」(711年)にJINRI(Jesus Nazarenus, Rex Iudaeorumの頭文字をとった略語;INRIと記されることもある)という文字が見られるなど、ユダヤ人が日本に渡来していたとする証拠があったとしても、彼らは所謂ユダヤ人・ユダヤ民族ではなく、古代中近東をルーツとする多様な信仰を持った民衆であり、マイノリティーとして、日本人及び日本社会に同化(assimilate)していったと考えられる。

幕末にはすでに、日本人をユダヤ教のユダヤ人のように選民とし、奈良時代に編纂された『古事記』と『日本書紀』(記紀)をキリスト教の聖書のように扱っていた。これは平田篤胤(1776〜1843)の聖書研究から派生した神道の影響を受けた人々によるもので、日本中心主義の走りであった。漢文による日本書紀では、キリスト教文化の影響を受け、聖徳太子を作為的にイエス・キリストのように描く歴史の創作がなされた。それは日本を当時の世界に位置づけるために必要であった。日本の神道は、イエス・キリストの教えの中で有用なものを自国由来のものとして取り入れ(adopt)、同時に、旧約聖書からユダヤ教やキリスト教の契約の意義も咀嚼した。神と契約したとされるユダヤ民族と日本の支配者である皇家の血統を重ねることで、大日本帝国の領土拡張主義(territorial expansionism)は帝国主義の時代にあって、民衆の後ろ盾を手にした。

1971年、フランシス・ムア・ラッペ(Frances Moore Lappe、1944年〜)は、食べものを富めるものが浪費してしまうという富の格差が、飢餓の根本的な原因であり政治的な問題であると告発した。あれから40年、貧しい国々の食糧事情は悪化の一途をたどっている。一方で、持てる者たちはさらに富をたくわえ、食べ物を浪費する。これは国家体制に関わらず、世界的に起こっている人間社会の二極化。この不条理な現実世界は、ローマカトリック勢力によるキリスト教の世界進出を嚆矢として、これを継承したイギリス国教会、それと信仰の自由を求め合衆国を建国したプロテスタント又はフリーメーソンの宗教理念に見られる、自分たちの世界観を広げようとする主導権争いの結果ともいえる。 植民地解放後、アフリカ諸国で起きた権力抗争は、合衆国とソビエト連邦(ソ連)の東西冷戦の代理戦争としてはじまった。旧植民地支配勢力と合衆国と結んだ独裁者に対して、反政府・独裁者打倒・解放を掲げる勢力が新興のソ連・中国と結び、軍事・経済両面の援助を受け、戦った代理戦争でもあった。自由主義 VS 共産主義・社会主義というイデオロギーを看板にしていたが、資源の争奪戦の様相を呈した。これら世界を分断した帝国主義や植民地主義の時代のマイナスの遺産を引き受けるのは、自然、これを計画し、実際に行い、利益を計上した文化・文明の勢力。しかしながら、その勢力のある文明圏からは二極化への責任を自問・自責する声は聴こえない。世界侵略を導いたことや阻止できなかったことへ対し、自分たちがしてきた言動をかえりみて、その可否を改めて考え、対話しようという動きがバチカンでは20世紀後半から始まった。にもかかわらず、この動きに拮抗する新勢力がプロテスタントの保守派勢力とファンダメンタリスト(原理主義者)が多数を占める合衆国で生まれた。さらに、それは親ユダヤ教の勢力として勢いを増してしまった。またイスラム側はユダヤ教徒に寛容であったにもかかわらず、イスラエル建国の頃には、パレスチナ人を追放するという無法で強圧的な行動をしたことで、中東の対立構図が生まれた。これらのことが起こっている場は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム(ムハンマド)教という唯一の神をシェアする宗教文化圏。別の角度から見ると、二極化した人間社会の背後に、イエスを十字架にかけたイエスと同じ氏族のユダヤ人とイエスの教えを継承したと信じているキリスト教世界、そしてアブラハムの子孫・ムハンマドから生まれたイスラム教世界という一神教の文化が、物事を解決するための手段を失った、万策尽きて崩壊しそうな状況が観えてくる。しかしながら、人知はイスラエルをゆっくりと、イスラムゲリラ煽動という戦争捏造路線から後退させている。一見反イスラエルに見えるイスラム同胞団は、穏健なイスラムにパターンシフトし、イスラエルとイスラムが共存できる構造に転換中。神知の範囲におさめられていた人間の意識が魔界と呼ばれるようなエネルギー層から脱するなら、貧しい人々のいない新しい世界が生まれるという確信に導く出来事だ。

何世代にも渡り、同じ価値観を持つ人々が、一貫性を持って何らかの目的遂行の下で、あるプログラムを動かしながら世界を形成してきた。こうした世界に対し、万世一系という血統(血の価値)で対峙した明治日本。当時の日本人の発想が生み出した天皇の価値は、それだけで、破壊されるに値した。現在私たち日本の民衆は、日本列島に住み続けるための政策とは真逆の政策に熱心な政治家のもとで暮している。今の日本の政治体制とその理念は、キリスト教由来のある勢力が世界支配のために編み出したように思える。このような背景を呑み込んで乗り越えるような日本人の民主主義が求められている。さもなければ、先の大戦での敗戦に至った経緯を繰り返すことになる。当時、日本が中国と戦い続けてしまった理由は、多くの在留邦人が、中国大陸で反日分子に虐殺されたことを報道した大新聞の強硬な主張と世論形成による。彼らの行為が明確な目的の下で、起こされた事件だったという見識があるなら、今の時代が当時と瓜二つであることが見えてくる。一刻も早い、「脱被曝」政策の開始を願う。


佳き日曜の午後を

感謝

(追記)3年前から知っていたのですね・・・。
中国:防空圏3年前提示 日本コメント拒否 非公式会合
(毎日新聞 2014年01月01日09時33分 最終更新01月01日13時06分)
日中防衛識別圏 中国人民解放軍の幹部が、2010年5月に北京で開かれた日本政府関係者が出席した非公式会合で、中国側がすでに設定していた当時非公表だった防空識別圏の存在を説明していたことが31日、明らかになった。毎日新聞が入手した会合の「機密扱」の発言録によると、防空圏の範囲は、昨年11月に発表した内容と同様に尖閣諸島(沖縄県)を含んでおり、中国側が東シナ海の海洋権益の確保や「領空拡大」に向け、3年以上前から防空圏の公表を見据えた作業を進めていたことが改めて裏付けられた。
 非公式会合は10年5月14、15の両日、北京市内の中国国際戦略研究基金会で行われた。発言録によると、中国海軍のシンクタンク・海軍軍事学術研究所に所属する准将(当時)が、中国側の防空圏の存在を明らかにしたうえで、その範囲について「中国が主張するEEZ(排他的経済水域)と大陸棚の端だ」と具体的に説明し、尖閣上空も含むとの認識を示した。
 また、この准将は「日中の防空識別区(圏)が重なり合うのは約100カイリ(約185キロ)くらいあるだろうか」と述べるとともに、航空自衛隊と中国空軍の航空機による不測の事態に備えたルール作りを提案した。
 人民解放軍の最高学術機関である軍事科学院所属の別の准将(当時)も「中国と日本で重なる東海(東シナ海)の防空識別区(圏)をどう解決するかだ」と述べたうえで、同様の提案をしていた。
 中国の防空圏に尖閣諸島が含まれていれば、「尖閣に領土問題は存在しない」という日本政府の公式的な立場を崩しかねない。このため、日本側出席者の防衛省職員が「中国は国際的に(防空圏を)公表していないので、どこが重複しているのかわからない。コメントできない」と突っぱねた。
 中国政府はこの会合の1年前の09年5月、沿岸から200カイリ(約370キロ)を超える海域に大陸棚の拡張を求める暫定申請を国連の大陸棚限界委員会に提出。12年12月に正式申請した。これらの申請地点と、昨年11月に発表した防空識別圏はほぼ重なり合う。
 日本政府は、一連の中国側の動きを踏まえ、防衛省・自衛隊が警戒・監視活動を実施。中国側が昨年初めから、対日安全保障政策の立案を担う国防大学や軍事科学院を中心に、防空圏公表に向けた調整を本格化させたことも把握していた。http://mainichi.jp/select/news/20140101k0000e030207000c.htmlより転載

(追記2)無関心・欠関心でいると、日本に残すことなく、向うに持っていかれます。
東電、海外に210億円蓄財 公的支援1兆円 裏で税逃れ
(東京新聞 2014年1月1日 朝刊)
 東京電力が海外の発電事業に投資して得た利益を、免税制度のあるオランダに蓄積し、日本で納税していないままとなっていることが本紙の調べでわかった。投資利益の累積は少なくとも二億ドル(約二百十億円)。東電は、福島第一原発の事故後の経営危機で国から一兆円の支援を受け、実質国有化されながら、震災後も事実上の課税回避を続けていたことになる。(桐山純平) 
東電海外発電事業戦略 東電や有価証券報告書などによると、東電は一九九九年、子会社「トウキョウ・エレクトリック・パワー・カンパニー・インターナショナル(テプコインターナショナル)」をオランダ・アムステルダムに設立。この子会社を通じ、アラブ首長国連邦やオーストラリアなどの発電事業に投資、参画していた。
 子会社は、こうした発電事業の利益を配当として得ていたが、日本には送らず、オランダに蓄積していた。
 オランダの税制について米国議会の報告書は、「タックスヘイブン(租税回避地)の特徴のある国」と指摘。専門家も「多くの企業が租税回避のために利用している」とする。
 東電のケースも、オランダの子会社が得た配当利益は非課税。仮に、東電がオランダから日本に利益を還流させていれば、二〇〇八年度までは約40%、それ以降は5%の課税を受けていたとみられる。
 こうした東電の姿勢について、税制に詳しい名古屋経済大学大学院の本庄資(たすく)教授は「現行税制では合法」としつつ、「公的支援を受ける立場を考えると、企業の社会的責任を問われる問題だ」と指摘。会計検査院は蓄積した利益の有効活用を東電側に要求した。
 東電担当者は「多額の税金が投入されていることは、十分認識している。国民負担最小化をはかる観点から、海外投資子会社の内部留保の有効活用は引き続き検討したい」としている。
 <タックスヘイブン> 法人税や所得税などの税率がゼロか、極めて低い国や地域のこと。税(tax)からの避難先(haven)という意味で、租税回避地と訳される。カリブ海のケイマン諸島などが有名。近年、多国籍企業などがタックスヘイブンに所得を移し、納税額を減らす「課税逃れ」が国際的な問題になっている。http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2014010102000105.htmlより転載

(追記3)古墳の歴史を知りたい方はこちらをどうぞ。18分。


(追記4)被曝した乗り物は日本へ配備。
トモダチ作戦で健康調査へ=空母乗組員の被ばく懸念−米
(時事 2014/01/15-11:09)
【ワシントン時事】東日本大震災後の米軍の救援活動「トモダチ作戦」に加わった米空母「ロナルド・レーガン」の乗組員の放射線被ばくを懸念する声が米国内で出ていることから、米連邦議会が国防総省に対し乗組員の健康状態を調査するよう義務付ける方針であることが14日、分かった。
 上下両院が13日にまとめた2014会計年度(13年10月〜14年9月)の歳出法案に盛り込まれた。法案は週内にも採決される見通しだ。http://www.jiji.com/jc/zc?k=201401/2014011500298&g=socより転載

横須賀配備の空母交代へ=アジア重視戦略の一環−米軍
(時事 2014/01/15-14:15)
【ワシントン時事】米海軍は14日、整備のため米本土に戻る原子力空母「ジョージ・ワシントン」に代わり、空母「ロナルド・レーガン」を海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)に配備すると発表した。米軍準機関紙「星条旗新聞」によれば、両空母は2015年夏に交代する見通し。ワシントンの乗組員の大部分はレーガンに移る。基地施設改修の必要はない。
 レーガンは現役の空母の中で2番目に新しい。太平洋に面した米西部カリフォルニア州サンディエゴを母港にしている。海軍は、レーガンの転出に伴い、空母「セオドア・ルーズベルト」をサンディエゴに配備し太平洋艦隊の戦力を維持する。ワシントンは、燃料棒の交換を含む大規模整備に入る。
 米軍は交代について、アジア太平洋に戦略の重心を移すリバランス(再均衡)の一環だと説明し、「新たな態勢により、最大の打撃力を誇る最高の艦船を展開できる」と強調した。レーガンは東日本大震災後の救援活動「トモダチ作戦」に参加し、乗組員の放射線被ばくを懸念する声が上がっている。http://www.jiji.com/jc/zc?k=201401/2014011500502&g=polより転載

 東京都民ではないが、日本の人口の1割の人々が生活する首都・東京の行く末は氣になる。今回の選挙で興味深いのは、立候補者に『脱被曝』を争点にする方がいないこと。新しい東京都知事は、オリンピックと廃炉ビジネス(=脱原発)の二つの利権を主導することもできる。だから、勢力に呑み込まれない方になっていただきたい。

 明治以降、東京に政治・経済・文化・人材などの諸機能を一極集中させた。しかし、これからは大阪(268万人)・京都(147万人)・東京(900万人)の江戸時代的三極構造に、札幌(191万人)・名古屋(227万人)・福岡(150万人)を加えた六極構造にして、日本に複数の中心・焦点を持たせ各都市のポテンシャルを上げるという広い意味での国防意識が芽生えるような氣がする。

 さて、一昨日のことであった。会食まで1時間近くあったので、ラフィラにある書店で「棚めぐり」。ここ数年、背表紙が飛び出ている本を優先して見ている。『飛鳥昭雄×五島勉 ノストラダムスの正体と黙示録の真実 予言・預言対談』( 学研パブリッシング・2012年)が10センチほど突出。五島勉氏は、中学3年のとき隣の席であったY女の伯父さん。懐かしい方の本に出合い、微笑みながら紐解く。

 多くのことが記された本書は、ポルトガルの小さな町ファティマでの聖母の出現譚の一つである「ファテイマ第三の予言」にも触れている。お二人は、これを白人のための予言だと仰る。ルシア・フランシスコ・ヤシンタら3人の子が会い続けた「聖母マリア」と名乗る婦人はその特徴から白人女性であり、ユダヤ人であるマリアは白人ではないのだから、予言は白人のためのものだという見識。また、ユダヤ人の白人はありえない、とも仰る。ユダヤ人をアシュケナジー(白人系)とスファラディ(アジア系:黒髪にダークな瞳)の二系統に分けてみる場合があるので、チト、考えてみよう。

 例えばイスラエル人の構成は、アシュケナジー(30%)とスファラディ(40%)が大多数を占めている。両者は同じユダヤ教徒ではあっても、生物学的な違い以上に、宗教的傾向はかなり違っている。アシュケナジーは、ユダヤ教の戒律厳守を重視しないか否定する人々が多い、改革派系ユダヤ教徒。一方スファラディは、厳格に律法や慣習を継承している人々が多い、オーソドックス(正統派)またはウルトラオーソドックス(超正統派)ユダヤ教徒だ。ヨーロッパのユダヤ人はキリスト教徒が多数派をなしている社会にあって、中世のユダヤ人追放令からナチスの人種差別政策(ホロコースト)までの間、差別と弾圧に苦しんできた。だから、生きる知恵として、ヨーロッパで暮らすユダヤ人たちは、オーソドックスに生きて差別を受けるよりも、キリスト教に近い生活態度を身に着けることで、苦難を和らげた。アシュケナジーの人々に改革派が多い所以かもしれない。
 一方、イスラム世界に暮らしていたスファラディに、差別と弾圧は訪れなかった。それはムハンマドが初のイスラム帝国を築いて以来、異教徒に対し自治を認めることが多かった所以。イスラム教では、ユダヤ教のモーセ(ムーサー)、キリスト教のイエス(イーサー)その他に続くムハンマドを最後にして最高の預言者(ナビー)でありかつ使徒(ラスール)とみなされているので、ユダヤ教やキリスト教にも敬意を払っている。よって、イスラム圏で暮らしたユダヤ教徒は、イスラム教の政権から差別・弾圧されることなく、自治を認められながら、伝統的な律法・慣習を継承しながら、今もオーソドックスな信仰生活の中に生きている。
 ユダヤ人のビジネスの才能は古来知られていて、紀元前4世紀にアレクサンダー(アレクサンドロス)大王に厚く保護され用いられたことなどを契機に、アレキサンドリアがエジプトに建設されると多くが移住。また、この時期は一大帝国の出現により交易が大いに栄え、ユダヤ人は黒海沿岸やギリシアをはじめ、中東からアフリカにかけての地中海世界のあらゆるところに植民市を作るようになる。ところが、アレクサンドロス大王が死ぬとオリエント地域、ギリシア地域は大混乱状態に。ユダヤ人はヨーロッパから地中海世界の中で、離散して住むことを余儀なくされた。ヨーロッパに生きた人々は、ゲットーに押し込められた長い弾圧の歴史を経て、フランス革命などを契機に、近代ヨーロッパ社会の構成要員となっていく。一方、中東や北アフリカに住んだ人々には、このような変化は皆無。その違いがアシュケナジーとスファラディという二系統を生んだ。人種的にはっきりしたところは不明で、当初は地理的な区別に過ぎなかった。しかし、これは聖母マリア以後の分岐。

 今もイスラエル内外で係争中のものに、スファラディ側によるアシュケナジーは本当のユダヤ人ではないという争点がある。古代ユダヤ人とは別のルーツで、8〜10世紀に中央アジアにあったハザール汗国が国を挙げてユダヤ教に改宗した時の子孫がアシュケナジーだという。また旧約聖書によれば、ノアの大洪水の後、ノアの息子のセム・ハム・ヤフェトの三人の子らが、それぞれの妻の資質の違いにより、子孫は三種族に分かれた。「セム」はモンゴロイド=黄色人種、 「ハム」は黒人の資質、 「ヤフェト」は白人の資質。西洋の壁画などを見ると聖母マリアやイエス・キリストは白人で描かれているが、現在「ヤフェト」=白人の信仰が多いことが要因だろう。あぁ、お二人の主張は、本来ユダヤ人はセム系で、セム系というのはアジア系なので、そこを出自とするなら白人系ユダヤ人というのはありえないということであったのか・・・。実際の聖母マリアはセム系(アジア)で白人ではない。もし金髪の白人女性が現れて「マリアである」と名乗ったのなら、その存在はマリアではない「別の存在」である、とういうことだろうか。でも、違うだろう。これは明治天皇は誰かという問題と同様に、大切なことは血統・人種よりも、あるべくしてあるように振る舞い、佳き結果を導き出すという正統性。

話を戻そう。ファティマ第三の予言に関しての関心事は、マリアが白人か否かということよりも、その内容にある。それは、人類の危機や滅亡に関わることではなく、カトリック教会の革命と健全化についてであったようだ。『ファティマてであったマリア様』の頁にある「ファチマの聖母マリア 第三の秘密 The Fatima Crusader Issue 26, Autumn / Winter 1988より ジョン・コロラフィ」とタイトルされた記事には、「ファティマ第三の予言」のエッセンスが開陳されている。
「第三の秘密」について質問されたとき、シスター・ルシアが「それは福音書の中に、そして黙示録の中にあります。それらを読んでください!」と言ったとフレール・サント・ミッシェルは報告しています。それから彼女は第8章−第13章を指示したとフレール・サント・ミッシェルは述べています。シスター・ルシアが問題を避けていたと私たちが考えないために、彼女の全生涯が完全な従順、教会当局が彼女に許可を与えないかぎり、彼女に秘密をあかすことを禁じる従順によって特徴づけられてきたということを思い出さなければなりません。ところで、彼女の確実なしるし、シスター・ルシアと今日の教会における多くの誤った神秘家たちの間の境界設定の明確な線であるのはまさにこの従順です。イエズス御自身と同じように、彼女は自分自身の栄光を求めずに、うるさく要求したり、扇動したりせずに、決定の言葉を話すように忍耐強く当局を待ちながら、「御父の意志だけ」を求めています。

シスター・ルシアのこのコメントは他の重要な点を述べています。教会の内外両方のある人々はこう尋ねるでしょう。「<秘密> や封印された手紙についてのこのすべての神秘主義はなぜなのですか?」秘密は「福音書のうちに、そして黙示録のうちにある」ということを私たちに告げることによって、シスター・ルシアは私たちに一つの重要な真理を思い起こさせます。すなわち、秘密はすでに公的啓示の中に含まれている、それは聖書が教えていることに合致するという真理です。聖母は新しい教義を教えるために来られたのではありません。また彼女はそうできませんでした。彼女は公的啓示、福音書、そして教会の教えの中にすでに見出されるものを確証するために来られたのです。特にわれわれの時代に言及している黙示録のあれらの部分を明らかにすることによって、聖母はこの混乱の時代に私たちの信仰を保つように私たちを助けることを予定されている一つの特別の助けを提供しておられたのです。このように、「第三の秘密」は単にキリストと使徒たちの教えであるカトリック教会の教えを確証していますから、私たちが今検討しなければならないのは、教えのこの部分です。

「背教が最初に来る」(1テサ 2,3)

私たちの主はその説教の一つにおいて、終わりの時になると、そしてより特殊的に言えば再臨 -- キリストの第二の来臨 -- の前に、危機の時が教会に来るであろうと予告されました。「人の子が来るとき、地上に信仰が見出されるであろうか。」(ルカ 18,8)それは、控え目に言って、一つの非常に挑発的な問い、使徒たちが確かに決して忘れない問いです。なぜなら、彼ら自身の書簡の中に、主のこの教えはそのしるしを残したからです。

その第二の手紙において、聖ペトロはこう書きました。「終わりの時、欲望のままに生活するあざける人たちが現われて、言うでしょう。主の来臨の約束はどうなったのか。父たちは眠りについたが、すべては創造の時からずっと何も変わっていない。」(2ペト 3,3-4)。

聖ユードはまさに同じことを言っています。「時の終わりにあざける人たちが来て、その不敬虔な欲望に従って歩むであろう。」(ユード v.17)

聖パウロ自身他の使徒たちの教えを確証しています。「終わりの日」には、困難な時が来る。このことを悟りなさい。そのとき、人々は自分だけを愛し、金銭をむさぼり、大言壮語し、高ぶり、ののしり、親に逆らい、恩を知らず、神を汚すものとなるでしょう。また、非人情で、人と和解せず、中傷し、節度がなく、狂暴で善を好まないもととなり、人を裏切り、無謀で、おごり高ぶり、神よりも快楽を愛し、うわべは宗教に熱心に見えるが、実際は宗教の力を否定するものとなるでしょう。」(2テモ 3,1-5)。

聖パウロはテサロニケ人への第二の手紙の中で他の重要な細部をつけ加えています。最初に彼は彼らにキリストの切迫した再臨あるいは第二の来臨を期待してはならないと警告しています。大きな危機あるいは逸脱が最初に来ます。もともとのギリシャ語のテキストはそれを「背教」と呼んでいます。
http://www.d-b.ne.jp/mikami/ts.htmより転載

7分で経緯が分かる映像
The Real Third Secret of Fatima


2012年9月出版のDaniel Connolly氏による「One Message One Truth: The Prophecies of the Blessed Virgin at Fatima, Lourdes, Akita and Other Approved Apparitions」(CreateSpace Independent Publishing Platform)も読んでおきたい。
One Message One Truth

閑話休題(それはさておき)


日本での聖母マリア出現。シスター・アグネス笹川は、秋田県にあるカトリックの在俗修道会「聖体奉仕会」で、聖母マリア像から3度メッセージを拝受なさった。最初は1973年7月6日(金曜日)の朝、まばゆく輝くマリア像から声が聴こえた。第二は同年8月3日(金曜日)に、そして、第三(最後)の聖母像からの声は同年の10月13日(土曜日)であった。海外の番組ではあるが、5分20秒からが第三のメッセージ。ご覧ください。
Akita apparitions and Sister Sasagawa

「愛する娘よ、(このときは、すごく厳しいお声でした)、これから私の話すことをよく聞きなさい。そしてあなたの長上に告げなさい。 前にも伝えたように、もし人々が悔い改めないなら、おん父は、人類の上に大いなる罰をくだそうとされております。そのときおん父は、大洪水より重い、今までにない罰をくださるに違いありません。火が天から下り、その災いによって、人類の多くの人々が死ぬでしょう。よい人も悪い人と共に、司祭も信者とともに死ぬでしょう。生き残った人々には、死んだ人をうらやむほどの苦難があるでしょう。そのときに、私たちに残る武器はロザリオとおん子の残された印(しるし)だけです。毎日、ロザリオの祈りを唱えてください。ロザリオの祈りをもって、司教、司祭のために祈ってください。悪魔は教会の中にまで入り込み、カルジナルはカルジナルに、司教は司教に対立するでしょう。私を敬う司祭は、同僚から軽蔑され、攻撃されるでしょう。祭壇や教会は荒らされて、教会は妥協する者で一杯になり、悪魔の誘惑によって、多くの司祭や修道者がやめるでしょう。特に悪魔は、おん父に捧げられた霊魂に働きかけております。たくさんの霊魂を失うことは、私の悲しみです。これ以上、罪が続くなら、もう罪の許しはないでしょう。勇氣をもって、あなたの長上に告げてください。あなたの長上は、祈りと贖罪の業(わざ)に励むことを一人ひとりに伝えて、熱心に祈るように命じるでしょう。(というような、そういう厳しいお言葉でございました)(以上)

参照:
http://www.fatima.org/ のHistory of the Secret 「Third Secret Timeline New」の1998年の箇所→http://www.fatima.org/f4b/3rd_secret_timeline.pdf 
2012年5月6日主日の秋田で、ウィリアムソン司教は堅信式に続くミサ中説教で「シスター・アグネス笹川は、修道院から追い出されましたし、秋田のマリア様のメッセージは埋葬されてしまいました」と発言している。→ http://blog.goo.ne.jp/thomasonoda/e/1d2a6d57ec879d5fb768fcac3eb525f9
 秋田の聖母マリア http://www.newlifejm.net/japan_top.html

現在進行形のケースとして知っておきたいのは、Medjugorje(メジュゴリエ)での聖母出現。 1981年6月24日(水曜日)から現在に至るまで毎日、数名の幻視者がその出現を主張している。メジュゴリエは、ボスニア・ヘルツェゴビナ南部ヘルツェゴビナ・ネレトヴァ県にある。詳しくは→ 「聖母マリアからのメッセージ」http://seibomaria.com/
http://www.medjugorje.hr/
Messages from the Blessed Virgin Mary From Fatima to MedjugorjeYasuaki Kikutani(著)、Masaki Ishida(編集)、Darron Contryman(翻訳)による2010年6月25日刊行の本書は、エネルギッシュで聖母の如く氣宇壮大なO夫人が貸して下さいました。ありがとうございます。

Our Lady of La Salette
ラ・サレットの聖母(1846年9月19日ご出現) → http://lasalette.cef.fr/

ヨーロッパを旅する時には、LaSalette→ Fatima→ Lourdes→ Medjugorje と歩むのも楽しいだろう。そして聖母マリアの今日的なメッセージのエッセンスが、隣人を敬愛し、小さき者、弱い者を助け合って皆で生きる、導きであることを咀嚼して、暖かい暮らしやすい社会創りに向け努力しよう。


大きな笑顔の佳き週末を

感謝

(追記1)
聖母マリアからシスター・アグネス笹川への最後のメッセージ(1973年10月13日・土曜日)は、ファティマの予言(1917年10月13日・土曜日)の56回目の記念日。
(追記2)
聖母マリアの世界各地でのご出現については以下のサイトがお勧めです。
→ http://www.theworkofgod.org/Aparitns/Aparitns.htm

参考:
流れのままに 「Fatima(2)」(2014年02月28日)
流れのままに 「Fatima(3)」(2014年03月09日)

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