流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一四年如月

Lighting strikes
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2276884/Pope-Benedict-XVI-resigns-First-Pontiff-600-years-stand-longer-strength-carry-on.html#axzz2KdjWSVisより引用

ドイツ出身のヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー(Joseph Alois Ratzinger)氏は、母語のドイツ語の他に、カトリック教会公用語のラテン語、常用語のイタリア語、フランス語、英語、スペイン語での会話が自由にできる。そして、片言ではあるがポルトガル語での日常会話も不自由しない。加えて、古代ギリシア語と古典ヘブライ語の文献を読解する。母国語以外で最も堪能なのはフランス語で、1992年以来フランス倫理学アカデミーの会員でもある。

この人物は別名を持っていて、世界的に有名な方である。誰でしょう。

ヒント:彼があることを表明した日の夜、落雷がサンピエトロ大聖堂のバシリカの尖塔を直撃した(上写真)。

その表明は昨年、2013年2月11日のことであり、わが日本では建国記念の日であった。


閑話休題(それはさておき)


今年の1月25日に掲載した「Fatima」は、実に多くの皆様にご覧いただきました。ありがとうございます。

1981年5月13日17時17分、サンピエトロ広場で一般謁見の際、教皇ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件が起きた。この事件の1年後の1982年5月13日、彼は命を救っていただいたお礼にファティマに巡礼。教皇を狙い撃ちした弾は、ファティマのオリジナルの聖母像の冠にはめ込まれた。この巡礼の際、彼は、「あなたは、様々な方法としるしで付き添い、私たちを死の権力の前から守って下さる命の御母であられます。あなたはいつも私の御母でした。特に、援助して下さるあなたの現存をはっきりと感じさせていただいた、あの1981年5月13日以来…。教会の新しい宣教活動の必要を顧み、私の教皇職を見守って下さい。福音と人々に仕える私の勤めを見守って下さい」と、世界を汚れなき御心に奉献する行為を更新なさった。

教皇はファチマの聖母マリアでの列福式ミサの後で、ファチマで聖母マリアを通じてヴィジョンを見た少女の1人が書いた原文の一部公開を決定。
・・・マリアの左側の少し高い所に、火の剣を左手に持った一人の天使を見ました。しかしその炎は、マリアが天使に向かって差し伸べておられた右手から発する輝かしい光に触れると消えるのでした。天使は、右手で地を指しながら大声で叫びました。「悔い改め、悔い改め、悔い改め」
 それからわたしたちには、計り知れない光―それは神です―の中に、「何か鏡の前を人が通り過ぎるときにその鏡に映って見えるような感じで」白い衣をまとった一人の司教が見えました。それは教皇だという感じでした。 そのほかに幾人もの司教と司祭、修道士と修道女が、険しい山を登っていました。その頂上には、樹皮のついたコルクの木のような粗末な丸太の大十字架が立っていました。教皇は、そこに到着なさる前に、半ば廃墟と化した大きな町を、苦痛と悲しみにあえぎながら震える足取りでお通りになり、通りすがりに出会う使者の魂の為に祈っておられました。
 それから教皇は山の頂上に到着し、大十字架のもとにひざまづいてひれ伏されたとき、一団の兵士達によって殺されました。彼らは教皇に向かって何発もの銃弾を発射し、矢を放ちました。 同様に、他の司教、司祭、修道士、修道女、さらにさまざまな地の天使がいて、おのおの手にした水晶の水入れに殉教者たちの血を集め、神に向かって歩んでくる霊魂にそれを注ぐのでした」(『ファティマ 第三の秘密』教皇庁教理省 カトリック中央協議会

この少女が、後のシスター・ルチアである。
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上3枚の写真に写っているのが、本物のシスター・ルチア。下2枚のシスター・ルチアと世間が信じている人物は、偽り又は替え玉のルチアのようだ。1960年代には入れ替わってしまっている。写真はファティマ公式サイトより転載→http://www.santuario-fatima.pt/portal/index.php?id=11227&page=1&page_size=18&lang=DF
偽シスター・ルチアは真実のファティマを隠蔽したい勢力に協力的な人物であった。「Call to Fatima」という作品にも出演している。彼女は雄弁であったが、マリアのあり方・生き方に遠かった。
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http://web.archive.org/web/20071117020009/http://www.thecalltofatima.com/index2.htm

本物のシスター・ルチアは、彼女が見たマリアと同じく、人前に出ることを好むわけでもなく、どちらかといえば暗い面立ちで、寡黙であった。マリアのあり方・生き方、そのもであった。

さて、今、私たちがイメージするファテイマのマリア像は、シスター・ルチアが1917年に見た姿とは多少違っている。

1945年、絵画制作のためにマリア出現時の姿を再現するシスター・ルチア
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シスター・ルチアによる「聖マリアの汚れなき御心」についての説明を受け、翌1946年にシスター・ヘンリケッタ・マレイロ・ヴィラ・ボッサが完成した絵
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シスター・ルチアのアドヴァイスを基に、忠実にマリア像をつくるトーマス・マックグリーン神父
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トーマス・マックグリーン神父以外の者による制作であろうか、作風が違う。シスター・ルチアが彼に伝えたマリアの表情は暗く、下向きで、悲しげであった。ファティマ大聖堂経営の都合上、多少の微笑みや美しさを秘めたマリア像が必要であったのかもしれない。
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以上6枚の写真はhttp://artigosjornaljoaosemana.blogspot.jp/2012/01/ovar-no-culto-de-fatima-uma-imagem.htmlより転載
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トーマス・マックグリーン神父は、1950年に「Vision of Fatima」と題した本を出版した。シスター・ルチアに直に接してアドヴァイスを受けただけあって、本の表紙に描かれたシスターは顔を出すことなく背を向けている。
http://www.amazon.com/Vision-Fatima-Thomas-McGlynn/dp/B000OFKORU/

ところで、質問の答えはベネディクト16世、第265代ローマ教皇。昨年の2月11日に開催された枢機卿会議において、約2週間後の2月28日20時(中央ヨーロッパ時間:日本時間は3月1日午前4時)をもって自らの意思で退位することを突然、表明した。その夜、落雷がサンピエトロ大聖堂のバシリカの尖塔を直撃したのであった(写真)。彼は、719年ぶりに自由な意思によって生前退位し、名誉教皇となった。彼の父はヨーゼフ、母はマリアという名であった。1590年のコンクラーヴェにあわせて偽作された予言である言われる「聖マラキの予言」では、彼の次の教皇が最後となる。新教皇に選ばれたのは、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ氏。日本カトリック中央協議会は、当初「フランチェスコ1世」と呼ぶと声明を発表した。アッシジのフランチェスコとの混同を避ける意味もあった。しかし、その後教皇庁大使館より日本カトリック中央協議会に通知があり、新教皇名には「1世」を付けないことになり、「教皇 フランシスコ」として周知するよう指示がなされた。

彼は、1958年3月11日にイエズス会に入会し、ブエノスアイレス特別区ビジャ・デボト区の神学校で司祭になるための勉強を始めた。そして、2013年3月13日、教皇に就任。イエズス会はスペイン人のイグナチオ・デ・ロヨラによって創立された組織で、日本の価値を知らしめたフランシスコ・ザビエルは同志である。ザビエルはマラッカで出会った日本人ヤジローの話から日本とその文化に興味を覚えて1549年に来日。創設者のイグナチオ・デ・ロヨラは騎士であり、軍人であったからだろうか、イエズス会はカトリックにおける軍隊色が強い。この会の保護者は聖母マリアの称号の一つである「道のマリア(Madonna Della Strada)」だが、イエズス会には「汚れなきマリアの軍隊(Militia Immaculatae)」という別名もある。

1917年に聖母マリアが群集を前に奇跡の光景を見せたファティマで、聖体拝領を受けた少女が上記のシスター・ルチア。彼女は、ファティマの予言を記し、それはバチカンに届けられた。1番目と2番目の予言は公開されているが、ファティマ第3の予言に関しては上記のバチカンによる公開文書がすべてであるとは信じ難い。シスター・ルチアの公開されたヴィジョンの奥に置かれた秘密の開示が望まれる。

フランシスコと呼ばれる教皇が、アッシジの聖フランチェスコに加えて、わが日本と深い関係にあるフランシスコ・ザビエルにもつながっている考えたとき、彼が日本に来たいと話す訳が理解できる。そして、日本とイエスまたはマリアの間にある不思議な関係が開示されるなら、世界を変える契機となる。

では、ここで教皇フランシスコのメッセージを見極めることにしよう。
「主は貧しくなられた。
それは、主の貧しさによってあなたがたが豊かになるためだったのです」

(二コリント8・9参照)

親愛なる兄弟姉妹の皆様

 四旬節を迎えるにあたり、わたしは、個人や共同体として回心する道のりについて、皆様の助けとなるような考えをいくつか示したいと思います。それらは聖パウロの次のことばから着想を得ています。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」(二コリント8・9)。使徒はコリントの信徒に手紙を書き、困窮しているエルサレムの信徒を惜しみなく援助するよう促しました。現代のキリスト者であるわたしたちにとって、聖パウロのこのことばはどんな意味をもっているのでしょうか。この貧しさへの招き、福音に根ざした貧しさを生きることへの招きは、わたしたちにとって今、何を意味するのでしょうか。

キリストの恵み
 それは何よりもまず、神がどのように働かれるかを表します。神は地上の権力と富ではなく、弱さと貧しさをまとってご自分を現わします。「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた」のです。御父とともに力と栄光のうちにあるかた、貧しくなることを選ばれたかたである永遠の御子キリストは、わたしたちのもとに来て、わたしたち一人ひとりの近くにおられます。キリストは自らの栄光を顧みず、あらゆることにおいてわたしたちと同じ者となるためにご自分を無にしました(フィリピ2・7、ヘブライ4・15参照)。神が人となることは、大いなる神秘です。しかし、それはすべて、神の愛によるものです。その愛は、恵みであり、惜しげなく与えることであり、近づきたいという願いであると同時に、愛する人のために自らを犠牲にすることもいとわないことでもあります。愛のわざ、愛とは、わたしたちが愛する人とすべてを分かち合うことです。愛はわたしたちを似た者にします。愛は平等をもたらし、壁を打ち砕き、隔たりを除きます。神はわたしたちとともにそれを行われました。イエスはまさに、「人間の手で働き、人間の知性をもって考え、人間の意志に従って行動し、人間の心をもって愛した。彼はおとめマリアから生まれ、真にわれわれの中の一人となり、罪を除いては、すべてにおいてわれわれと同じようであった」(『現代世界憲章』22)。
 イエスは、ご自分を貧しくすることによって、貧しさそのものではなく、聖パウロがいうように、「主の貧しさによって、あなたがたが豊かになる」ことを求めました。それは、単なるごろ合わせやうたい文句ではありません。そこにはむしろ、神の論理、愛の論理、受肉と十字架の論理が集約されています。神は、利他主義や同情によって有り余るものの中から施しをする者のように、天からわたしたちの救いを降らせたのではありません。キリストの愛はまったく違います。イエスがヨルダン川に入り、洗礼者ヨハネから洗礼を受けたのは、ご自分が悔い改めや回心を必要としていたからではなく、ゆるしを必要とするわたしたち罪びとの中に入り、わたしたちの罪の重荷をご自分で担うためだったのです。イエスはこのような方法で、わたしたちをなぐさめ、救い、苦しみから解放することを選びました。キリストの豊かさではなく、「貧しさによって」わたしたちは解放されたと使徒が記していることに、わたしは心を打たれます。その一方で、聖パウロは「キリストのはかりしれない富」(エフェソ3・8)も、キリストが「万物の相続者」(ヘブライ1・2)であることも深く認識していたのです。
 それでは、キリストがわたしたちを解放し、豊かにするこの貧しさとは何なのでしょうか。それはキリストがわたしたちを愛するすべであり、道ばたで死にかけていた人の隣人となったよいサマリア人のように(ルカ10・25以下参照)、キリストがわたしたちの隣人となるすべです。わたしたちに真の自由、真の救い、真の幸福をもたらすのは、キリストの愛に基づく共感と優しさと連帯です。わたしたちを豊かにするキリストの貧しさとは、キリストが人となられ、わたしたちへの神の永遠のいつくしみの表れとして、わたしたちの弱さと罪を担ってくださったことです。キリストの貧しさは、あらゆるものの中でもっとも偉大な宝です。イエスの豊かさとは、イエスの父なる神に対する限りない信頼、不変の信頼であり、つねにひたすら御父のみ旨を行い、御父をたたえたいというイエスの願いです。子どもは、両親の愛と優しさを少しも疑わずに、自分が愛されていると感じ、両親を愛します。イエスはこの子どもと同じように豊かなのです。イエスの豊かさは、彼が御子であることにあります。なぜなら、イエスの御父との唯一の結びつきは、この貧しいかたであるメシアの最高の特権だからです。イエスがご自分の「負いやすいくびき」を担うようわたしたちに求めるとき、イエスは自らの「豊かな貧しさ」と、「貧しい豊かさ」によって豊かにされるようわたしたちに求めているのです。それは、子として、兄弟としてのイエスの霊にあずかり、御子のうちに子となり、長子となられたかたにおいて兄弟姉妹となるためです(ローマ8・29参照)。
 真に悲しい唯一のことは聖人でないことだ(レオン・ブロワ〔1846〜1917年、フランスの作家〕)といわれますが、貧しさの唯一の真の姿は、神の子として、キリストの兄弟姉妹として生きていないことだともいえるのではないでしょうか。

わたしたちのあかし
 わたしたちは、この貧しさの「道」はイエスの道であり、イエスに従うわたしたちは、人間のもつ資質を正しく用いて世界を救うことができると考えるかもしれません。そうではありません。神はいつどこでも、キリストの貧しさをとおして、人間と世界を救い続けておられます。キリストは、秘跡、みことば、そして貧しい民であるご自分の教会において自らを貧しくします。神の豊かさは、わたしたちの富によってではなく、つねにひたすら個人や共同体としての貧しさ、キリストの霊に促された貧しさによって伝わるのです。
 わたしたちキリスト者は、師にならって、兄弟姉妹の貧しさに向き合い、その貧しさに触れて自らのものとし、それを和らげるために具体的な措置を取るよう求められています。貧しさは貧困と同じではありません。貧困とは、信仰も支えも希望もない欠乏した状態です。貧困には物的、道徳的、霊的の三つの種類があります。物的貧困は一般に貧困と呼ばれるもので、人間の尊厳に反する状況で生活している人々に影響を与えます。こうした人々は、食糧、水、衛生、雇用、そして文化的に高められ成長する機会といった、基本的な権利やニーズを満たすことができずにいます。この貧困に対して、教会はそれらのニーズを満たし、人々の顔をゆがめさせる傷の介抱をするために援助と奉仕を行っています。貧しく、片隅に追いやられた人々のうちに、わたしたちはキリストの顔を見いだします。貧しい人々を愛し、助けることによって、わたしたちはキリストを愛し、キリストに仕えるのです。世界中で行われている人間の尊厳の侵害、差別、虐待は、貧困の主な要因であり、わたしたちはそれらを無くすためにも力を尽くしています。権力、快楽、金銭が偶像化すると、富の公正な分配の必要性よりもそれらが優先されてしまいます。ですから、わたしたちは正義、平等、簡素さ、分かち合いに心を向ける必要があるのです。
 道徳的貧困も忘れてはなりません。それは悪と罪に隷属した状態です。家族の一員、多くの場合若者が、アルコール、薬物、賭事、ポルノに依存することにより、家族はどんなに苦しむことでしょうか。どんなに多くの人々が、もはや生きる意味や未来への展望を見いだせず、希望を失っていることでしょう。また、どれほど多くの人々が、不公平な社会情勢、稼ぎ手としての生きがいを失業により失うこと、さらには教育や医療を等しく受けられないことにより、この貧困に陥っていることでしょうか。これらの場合、道徳的貧困は自死を引き起しかねないように思われます。この貧困は経済的な破滅ももたらしますが、それはつねに霊的貧困と結びついています。霊的貧困はわたしたちが神に背を向け、神の愛を拒絶したときに訪れます。自分のことは自分でできると信じ、キリストを通して働きかけておられる神を必要としないと考えるとき、わたしたちは堕落に向かいます。神のみがわたしたちを真に助け、解放することができるのです。
 福音は、霊的貧困に対する真の特効薬です。わたしたちはどこに行っても、キリスト者として解放の知らせを告げ知らせるよう求められています。それは、犯した罪はゆるされること、神はわたしたちの罪深さよりもはるかに偉大であり、わたしたちをつねに無償で愛しておられること、そしてわたしたちは交わりと永遠のいのちに向けて造られていることを伝える知らせです。この恵みと希望の知らせを喜びのうちに知らせる使者となるよう、主はわたしたちに求めています。このよい知らせを広め、自分に託された宝を分かち合い、心傷ついた人を慰め、暗闇にいる兄弟姉妹に希望をもたらす喜びを味わうことは、心が躍るようなことです。それは、見失った羊を愛情深く探し求める羊飼いとして、貧しい人や罪びとを探し求めたイエスに従い、倣うことを意味します。わたしたちは、イエスと一つになって、勇気をもって福音宣教と人間の発展に向けて新たな道を切り開くことができるのです。

 親愛なる兄弟姉妹の皆様、この四旬節をとおして、全教会が物的、道徳的、霊的な貧困のうちに生きるすべての人に、福音をあかしすることができますように。それは、キリストにおいてすべての人を迎え入れようと待っておられる父なる神の、いつくしみ深い愛の知らせです。ご自分が貧しくなられ、その貧しさによってわたしたちを豊かにしてくださったキリストに倣うことによって、わたしたちはそれを行うことができます。四旬節は、自分自身を放棄するのにふさわしい時です。人を助け、豊かにするために、自分自身を貧しくし、何を手放せるか自問したらよいでしょう。本当の貧しさは痛みを伴うことを忘れないようにしましょう。悔い改めを伴わない自己放棄は、真の自己放棄ではありません。何も失わず、何の痛みも感じない愛をわたしは信用しません。
 わたしたちは、聖霊を通して「貧しいようで、多くの人を富ませ、無一文のようで、すべてのものを所有」(二コリント6・10)しています。わたしたちが親切にあわれみをもって行動できるように、聖霊がわたしたちの決意を支え、人間の貧困に対する配慮と責任感を深めてくださいますように。こうした願いとともに、わたしは、信者一人ひとりと各教会共同体が実りある四旬節の旅路を歩むよう祈ります。皆様、どうかわたしのために祈ってください。主が皆様を祝福し、聖母マリアが皆様を守ってくださいますように

バチカンにて
2013年12月26日
聖ステファノ殉教者の祝日
教皇フランシスコ
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/lent/14lent.htmより転載)

昨年10月12日、ファテイマのマリア像がバチカンに到着。これは1984年、2000年に続いて、3度目であった。マリア像を出迎えたのは、名誉教皇ベネディクト16世。12日イタリア時間午後5時、サン・ピエトロ広場にて、教皇フランシスコの下、歓迎式典とカテケジス(教理教育)が行われた。

12日夕、マリアの日の始まりの祈りでの講話
13日、マリアの日のミサにおける説教

今、マリアのあり方・生き方が必要とされていることが分かる。

大きな笑顔で邪氣を払って参りましょう

SunSunと輝く陽光を浴びながら  

3月1日に  感謝

参考:
流れのままに 「Fatima(3)」(2014年03月09日)
流れのままに 「Fatima」(2014年01月25日)

武器輸出三原則は、1967年に当時の佐藤栄作首相がゞ産圏諸国向けの場合、国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合、そして9餾殃響茲療事国又はそのおそれのある国向けの場合には武器輸出を禁止すると表明したもの。そして、1976年に当時の三木首相が「三原則対象地域以外も、憲法および外国為替及び外国貿易管理法(外為法)の精神にのっとり、武器の輸出を慎む」「武器製造関連設備の輸出は武器に準じる」と表明した。日本には武器輸出禁止を直接規定した法律は存在しない。だから、立法府である国会で討議しなくても、閣議決定により新たな原則として武器輸出を認めてしまうことが可能になる。
武器輸出シーレーン沿岸国にも
(NHK 2月23日 4時50分)
 政府は、いわゆる「武器輸出三原則」に代わる新たな原則について、新たにシーレーン=海上交通路の安全確保につながる装備品のシーレーンの沿岸国などへの輸出を認める方向で調整を進めています。
 政府は、武器の輸出を原則として禁じてきた、いわゆる「武器輸出三原則」に代わる新たな原則について、「新たな武器輸出管理三原則」と名付ける方向で策定作業を進めています。
 そして政府は、厳格な審査と適正な管理のもとで輸出を認めるなどとする案を検討していて、武器の国際共同開発や国際協力など、これまで個別に官房長官談話を出すなどして例外として輸出を認めてきたケースについて、輸出を可能とする方針です。
 これに加え、新たにシーレーン=海上交通路の安全確保につながる装備品のシーレーンの沿岸国などへの輸出を認める方向で調整を進めています。
 政府は装備品として、国産のUS2救難飛行艇を武器にあたる敵と味方を識別する装置などを取り外さずに輸出したり、機雷の処理を行う掃海艇や海賊対策に活用できる特殊なサーチライトなどを輸出したりすることを想定していて、こうした案を基に政府・与党内で協議し、新たな原則を閣議決定したいとしています。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140223/k10015455171000.htmlより転載

日本の武器は、本当の能力が分からない。戦争している国は買わないし、実際の戦闘に使われたことがないから。自然、コストが非常に高い。加えて、武器を一から開発するだけの技術がないので、F15のように外国からライセンスを買ってきて国内で製造。わが国が国産の武器に拘泥する必要はない。世界で実証された兵器を他国から買うと良い。そして、未だ平和条約を結んでいない国々と条約を締結し、決して戦争はしないと宣言する。先ず、北方領土の返還が前提という方針を改めて、日露平和条約を締結したい。


閑話休題(それはさておき)


武器輸出の大先輩であるフランスのル・モンド・ディプロマティーク(2014年1月号)に『アベノミクスの虚構とナショナリズムという本音』と題された小論が掲載された。政治的な制約を感じさせず、一読に値する。


Au Japon, fausse audace economique, vrai nationalisme
(par Katsumata Makoto, janvier 2014)
Quand il a annonce ce que l’on a appele les ≪ abenomics ≫, en faisant marcher la planche a billets pour relancer une economie vacillante, le premier ministre japonais Abe Shinzo a ete salue de toute part. Enfin, un dirigeant osait defier la doxa de l’austerite ! Mais la question de la destination des fonds deverses, qui avait ete negligee, refait surface. Les depenses militaires, par exemple, vont augmenter de 5 % au cours de la prochaine annee. Quant a la croissance…

アベノミクスの虚構とナショナリズムという本音
勝俣誠(明治学院大学教授)
デフレ経済を脱却するためアベノミクスと名づけた大胆な金融緩和策で、安倍首相は各界から賞賛の対象となった。「歴代の首相が出来なかったことを緊縮政策のドグマと袂を分かった安倍はスゴイとされたが、これらのお金はどこに向かったのか」。という声は正面切って出てこなかった。今やその正体が徐々に明らかになってきている。例えば、防衛予算は5%の増加が見込まれている。そして経済成長という言語が踊る。アベノミクスの行方は??[フランス語版編集部
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2013年7月の参議院選挙で自民党は圧勝し、安倍政権は両院で絶対多数を手にすることになった。1997年来の不況で、未曾有の長期デフレーション、安倍政権は2012年12月28日の発足以来さらに2011年3月の東日本大震災と福島第一原発の事故に見舞われる中で、経済の建て直しを最優先課題としてきた。1980年代米国のレーガン政権下で打ち出された米国のネオリベラリズムの登場を特徴づけたレーガノミクスに倣って、この取り組みはアベノミクスと名づけ、メディアが大きく注目することとなった。安倍政権は3本の矢によってデフレ脱却を達成すると大々的に公言した。先ず第1の矢とは、2年以内に2%のインフレを達成する目標を掲げ(インフレが少しでも再燃すると直ちに不安が広がる欧州事情とはだいぶ異なる)銀行券を大量に発行して流動性の拡大である。第2の矢とは、大型公共投資の実施で、第3の矢とは、成長戦略と呼ばれるもので、輸出、ドライブ、民営化、労働市場の規制緩和などによって、経済全般の成長達成であった。では、アベノミクスの1年後の成果を検討してみよう。

異次元緩和を強調するだけでは不十分
 まずは、日本銀行に2013年1月から押しつけられた前例のない流動性増加で株式市場は活気づき、参議院選挙に先立つ数ヶ月間株価は上昇し始めた。円高に対して苦情を繰り返し訴えてきた輸出主力産業に応えて、対ドルと対ユーロを中心に円安が誘導された。輸出ドライブがかかった(2012年10月から2013年10月間で、10%の輸出額増加)が、輸入国側の景気後退や過去数年にわたり続けられてきた大がかりな海外移転によって期待された伸びを大きく下回った(輸出量の伸びは4%)。要するに輸出企業の利潤のみが増大したわけだ。
 これに対して、円安は輸入価格を急騰させた。財務省の貿易統計速報(注1)では、貿易赤字は、比較可能な1979年以来未曾有の規模に達し2013年11月に1兆2929億円に達した。
 これ以上、国は借金できないということで、タブー視されてきた――国の債務高は2013年国内総生産の224%――公共投資による景気刺激策は受注の低迷に悩む国内企業からは歓迎された。財政出動による景気浮揚策などは――これに対して外国、とりわけヨーロッパでは歳出削減がドグマとさえなっているのだが――政治主導の信奉者や緊縮財政に反対してきたジョゼフ・スティグリッツのようなエコノミストによって歓迎された。彼は、「(アベノミクスは)日本経済を立ち直らせる正しい取り組みだと思います。欧州が学ぶべきものです」と賛辞を忘れなかった(注2)。しかしながら、このケインズ主義の部分的回帰は今のところ期待された成果は生んではいない。国内総生産の年成長率は2013年1月3月に4,3%に達していたが、第3四半期には1,9%に下落し、近年外国に生産拠点を移している企業の投資率は低調にとどまった(注3)。こうした事態を憂慮した政府は10月初め5兆5000億円規模の補正予算を発表せざるを得なくなった。
 しかし、景気回復には「異次元の金融緩和」などと称して、従来の手法とは一風変わった政策を打ち出し、企業に対して資金面で優遇するだけでは不十分である。国内の社会状況を見ると「アベノミクス」は明らかに負の側面がはっきりしている。生活保護世帯は2013年8月には160万世帯にも達し、戦後最多を更新した(注4)。
 OECD(俗称:先進国クラブ)諸国では、日本の失業率は約4,1%と最も低いが、その背後には雇用環境の深刻な劣化と労働の強化という現実が隠されている。雇用の35%は今やプレカリアート化(パート、派遣などの不正規労働)し、厚生労働省統計によれば労働者の実質賃金は、2012年10月と2013年10月の1年間で1.3%減少している。
 今や労働組合の労働者組合率は1980年代の24%に対して18%にまで低下していることを見落としてはならない。プレカリアート化した使い捨て労働者の要求に耳を傾けているのはほぼ労働組合ではなく市民団体である。2012年来、市民団体は非人間的な労働条件を従業員に押しつけている企業のブラックリストを公表している。毎年授与される「ブラック企業大賞は、2013年もレストランチェーンの大手グループ「ワタミ」に供与された。ワタミはグループの創立者で元会長の渡辺美樹は前回の参議院選挙で自民党から比例代表制で当選した人物である。同氏の従業員に対する訓話は、今ではよく知られるようになった、「365日、一日24時間、死ぬまで働け」であり、「自助努力」と共に日本型ネオリベラリズム推進用語をまた増やすこととなった。
 安倍首相は法人税を減らす決意表明をしながら、他方消費刺激のために賃上げを財界に声高に呼びかけてきた。実際には首相の本心は「日本を世界一企業が活動しやすい国にする」という発言にみられる如く、人件費の低下で外国企業誘致を狙う世界戦略の熱心な信奉者である。安倍政権は企業優遇税制を維持し続けるだけでなく、一般家庭に重くのしかかる消費税をこの4月1日から8%にまで引き上げる決定をしている。本来なら、例えば同政権は欧州連合加盟国では国内総生産の平均13%を占めている企業社会保障の事業者負担率を現行の5%強よりも引き上げる努力すべきであろう(注5)。
 他方、政権はメディアで繰り返し、原発、高級農産物食品、ハイテク軍事機器の輸出攻勢を打ち出している。軍事機器の輸出に関しては、1967年以来の一応は守られてきた武器輸出三原則によって縛りが実質的にかけられてきた。
 また、原発輸出攻勢も突飛な観を免れない。2013年9月7日、首相はオリンピック委員会の前で福島第一原発は制御下にあり、2020年の東京オリンピック開催前には全ては解決されると公言したが、放射能汚染水の排水作業は必ずしも制御されていず地域住民、農業生産者、漁民の怒りをかってきている。
 農産物輸出に関しても、政府は攻め農業戦略などと自画自賛しているが、実際は現在交渉中の(TPP)環太平洋パートナーシップ協定反対世論の関心を逸らすための一つの戦術と見なされている。国民の多くが懸念するのは同協定の条項は国内の家族農業と米国よりも厳格な食品安全基準を崩壊に導くのではないかという点である(注6)。
 こうした新経済政策の手法は、総じて日本の近代史において国内社会が危機的状況になると国民の自由を制限することによって対応してきた過去があるだけに懸念材料となっている。1920−30年代の恐慌時に小作争議と都市労働者の要求の増大に対して採用された政策は治安維持法に象徴される如く軍事化のための弾圧であり、結果として対外膨張主義的ナショナリズムの興隆を生んだ。

加速化する軍事化
 これに対して戦後に初登場した高度成長は所得分配効果が高く、国民の多くがその恩恵によって満足することが出来た。しかし、その後に続く2回にわたる「失われた10年」(1997年の不況で始まる時代の名称)によって、そこから生まれた分厚い中間層の形成という神話は崩壊し、賃上げなどの社会的要求はますますしぼんでいった。危機の際には、ナショナリズムとアイデンティティーポリティクスは、金持ちも貧乏人も共に国のために一生懸命に働こう、そして隣国に対しては国を挙げて団結しようということで、国内の社会的要求をかわす格好の手段となる。
 東シナ海の尖閣諸島(中国語では釣魚島)をめぐり中国(本紙下記の記事を参照)と、またメディアを騒がしている竹島(韓国、朝鮮語では独島)問題の韓国と、いずれも領有問題を巡る対立が頻発しているが、これらは安倍政権に、ナショナリズムをこの際、何とか国民に植えつけたいと夢見るまたとない機会を与えることになっている。2012年に公表された自民党による一般に平和憲法と呼ばれている現行憲法の改定案が、この憲法にある「人類の普遍的原則」という文言を削除し、「祖国、家族、調和の尊重に立った国家」という表現を挿入しようとしているのは、この動きと全く無関係でない。憲法学者の樋口陽一は「血族的な国家観は排外的になりやすい」(なお、日本の国籍法は血縁主義が中心で、例外として生地主義を認めている)と日本の民主主義の将来を憂いている(注7)。
 安倍にとってのこの改定の狙いは「戦後レジームからの脱却」であり、ファシズム列強を罰した1945年のヤルタとポツダムの会談から生まれた戦後の国際秩序を再検討することである。しかし、奇妙なことには安倍首相は国家主権の名で米国との距離を取ろうとしてはいない。逆に同政権は米国との軍事同盟を強化し、沖縄のように膨大な軍事基地の駐屯自国内に許している。
 こうした日本の軍事、政治、経済面での対米従属批判は、従来は戦後の日本を「米国の従属国」と規定してきた日本共産党(JCP)の独占的言説であった。しかしここにきて、日本共産党の過去に何ら縁の無かった主としてリベラル派と元官僚から対米従属批判が噴出してきた。元外交官で防衛大学校校長の孫崎享氏は『終わらない<占領>』と題する共編著で、米国との相対的自立と日地米安保条約の改定、そして東アジア共同体の創設を提案している(注8)。
 こうしたリベラル派の一部の動きは、防衛政策においても前政権時代は反対していた(TPP)環大西洋パートナーシップ協定を熱心に締結させようと安倍政権路線と著しいコントラストをなしている。これらのリベラル派は、この自由貿易協定が米企業を結果として優遇するもので、係争時には米国の法律基準で日本政府が訴えられ、罰せられかねないとしている。こうした条項はどう見ても国家主権の放棄と言わざるを得ないのだ。
 しかし防衛政策においてこの新従属派がもっとも懸念を表面している。安倍によって段取りされている憲法の根本的見直しで、日本に自立をもたらすどころか、現行憲法の禁じる米軍との集団的自衛権の行使としての軍事作戦に参加してしまうことになる。
 この憲法改定と武器輸出促進への意欲こそは、南ドイツ新聞がいみじくもアベノミクスを安倍政権の日本を「軍事大国への手段」となっていると指摘したように、アベノミクスの隠された側面を露呈している。
 かくして中国と日本はナショナリズムを煽って互いに軍拡競争に余念がない。日本の右翼は東アジアの近現代史に対する挑発行為を伴っている。A級戦犯がまつられている、今なお日本の内外論議を生んでいる靖国神社参拝(注9)を政治家が決行したり、第2次世界大戦中に日本軍が設置した従軍慰安婦の存在を否定したりしている。
 地域の緊張関係が武力対立へと進展してしまわないためには、今こそ「アベノミクス」を大胆に見直さなければならないだろう。まずは、深刻化する所得格差を是正する賃金を大幅に値上げし、労働法の規制を緩和ではなく逆に強化し、生きにくさによる社会的不安を和らげる方策を優先させなければいけないだろう。さらに、原子力発電所を維持したエネルギー計画を停止、放棄しなければならないであろう。実際、原発の失敗は福島第一発電所の放射能汚染水は今だ増加し続けていることに如実にあらわれている。この汚染水が太平洋に垂れ流されれば、この沿岸諸国と将来重大な国際係争問題に発展する可能性もあり得るであろう。
 そして、より根本的な課題は未曾有の経営利潤を達成し、税制も優遇されている大企業に頼った経済成長至上主義に立った景気回復を夢見させるよりもデフレ分析のエコノミスト藻谷浩介が強調するように日本社会が今日経験している構造的変化に注目すべきであろう。
 同氏によれば、労働力人口は1995年の8,120万人から2035年には4,420万人へと著しく減少しており、さらに富裕層の消費性向はそれほど高くないため経済成長をいつまでも期待するのは非現実的としている(注10)。また、別のエコノミスト、日本の格差分析を専門とする橘木俊詔氏は「アベノミクス」は何としても富を創出しようとする余り、その成長ロジックに勝者は全てを取っても構わないという考えが見いだされ、それによって不平等が生まれることを既に織り込み済みとしていると分析している。しかし、同氏によればこの仕組みは日本の人口少子分化と消費支出よりも「幸せ」をますます求めようとする日本人の価値観の変化からして機能するはずがないという(注11)。
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(1)NHK,NewsWeb, 2013年11月20日
(2)朝日新聞、2013年6月15日
(3) ”Japan growth slows on weakness overseas”, The Wall Street Journal Online,2013年11月13日、http://online.wsj.com
(4)日本経済新聞、2013年11月13日
(5)伊藤周平「岐路に立つ社会保障」、「世界」、岩波書店、2013年11月号
(6) Lori Wallach「欧州を脅かす北太平洋条約機構」、ル・モンド・ディプロマティーク、2013年11月号参照
(7)東京新聞、2013年7月15日朝刊
(8)孫崎享、木村朗共編『終わらない<占領>』、法律文化社、2013年
(9)高橋哲哉「靖国神社か日本の身勝手な記憶」、ル・モンド・ディプロマティーク、2007年3月号
(10)東京新聞、2013年11月17日
(11)橘木俊詔(対談)「成長戦略がもたらすリスク」、『世界』、岩波書店、2013年8月号

昨年末の以下の記事も思い起こしておこう。
起こるべくして起きた、靖国参拝という大事件
膨張する「嫌中国・韓国」感情の裏にあの男
高橋 浩正 :ジャーナリスト 2013年12月27日
(中略)
「余計なことをするな」
 まだ表に出ていない、こんなエピソードがある。11月7日、韓国・ソウルで開かれた、日中韓の外務次官級協議。杉山晋輔外務審議官が、旧知の間柄である朴槿恵・韓国大統領の側近と会い、首脳会談の実施に向けて地ならしを試みた。ところが帰国後、安倍首相側近の政府高官に結果を説明すると「余計なことをするな」と怒鳴られたという。
 確かに杉山氏は、事前に官邸サイドの指示を仰いでいなかった。スタンドプレーに走ったそしりは免れない。ただ、この一件で「中韓両国に対話の糸口すらつかませない」という安倍政権の隠された意図を感じ取った外務省は、事実上、さじを投げてしまったらしい。
 さらに安倍首相の“暴走”は続く。ここにきて、中国に進出している日本企業の幹部に対し、首相周辺がハッキリと「撤収」を促し始めたのだ。今後、韓国は経済危機によって日本に頭を下げてくるかもしれないが、中国との冷戦状態は間違いなく長期化する――。そんな予測を披露しているという。つまり、日中関係を改善する意欲がないと、公言しているも同然なのだ。
 もっとも、尖閣諸島の国有化と前後するように、反日感情の高まりに悩む日本企業が中国から脱出するケースは増えている。ヤマダ電機は南京と天津、三越伊勢丹は遼寧省の店舗を閉鎖。無印良品や紳士服の青山、ワコールは、中国における生産比率を下げた。ほかにも楽天などが、中国での事業縮小を決断している。もちろん労働コストの高騰、中国市場バブルに対するリスク回避、といった理由もあるが、ある会社の役員は「撤退の決定打になったのは現地の冷たい目」と明言する。(後略)http://toyokeizai.net/articles/-/27336より転載

誰も望みもしない紛争が突然起こるということは、クーデターに近いウクライナの民主化騒動を見ても分かる。

何が起ころうとも冷静に対処したい。

大きな笑顔で邪氣を払って参りましょう

感謝
マリア様140222

日本で車を走らせて思うのは、ハイウエィまたは高速道路にマージン(ゆとり)がなく2車線のみでプアー(足りない)なこと。先進国と呼ばれている国々のそれには、必ずマージンがあるから3車線以上はある。今回「東名高速で約20時間 車立往生」「動けなくなっている車に乗っていた1歳の女の子が脱水症状を起こす」などを起こし生命に危機をもたらしたが、この原因は「積雪」ではない。非常事態に活用することで生命を救うことを可能にするマージンがないからなのだ。先進国のハイウエィでは通常、マージン部分(多くは3車線目)を使わない。このマージンが非常時には、移動する自由を叶え、生命を救う。これからの日本には、そのような設計思想も必要だ。「暫定2車線」にグッバイして、本当の意味での「マージン(ゆとり)」を社会に持ちたい。
東名高速で約20時間 車立往生
(NHK 2月15日 17時24分)
東名高速道路
 静岡県の東名高速道路の上り線は、雪で車が立往生して動けなくなっている状態が、発生から20時間たった今も、およそ40キロにわたって続いています。
 中日本高速道路は除雪作業を進めるとともに、車を途中のインターチェンジから一般道路へ誘導する作業を進めていますが、解消するには時間がかかるということです。
 14日午後9時ごろ、静岡県裾野市の東名高速道路の上り線で、雪で複数の車がスリップして立往生したことをきっかけに、後続の車が次々に動けなくなりました。
 中日本高速道路は15日午前1時に、神奈川県の大井松田インターチェンジと静岡県の清水インターチェンジの間の上り線を通行止めにしましたが、この区間の中のおよそ40キロで車が動けなくなっています。
 中日本高速道路は、先頭付近を中心に除雪作業を進めるとともに、車を途中のインターチェンジから一般道路へ誘導する作業を続けていますが、20時間たった今もおよそ40キロのまま解消されていません。
 中日本高速道路によりますと、車1台1台が雪に埋もれて除雪作業に時間がかかっていることや、一般道路でも渋滞が起きているため、なかなか誘導できないでいるということです。
 一方、消防によりますと、動けなくなっている車に乗っていた1歳の女の子が脱水症状を起こすなど、これまでに5人を病院に搬送したということです。
 中日本高速道路は、動けなくなっている車に食料と水、それに簡易トイレなどを配り、引き続き除雪などを行っていますが、解消するにはまだ時間がかかるということです。
 この影響で、東名高速道路の上り線の通行止めは、東京インターチェンジと清水インターチェンジの間まで広がっています。
 また、下り線も積雪のため、東京インターチェンジと静岡県の沼津インターチェンジの間で通行止めになっています。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140215/k10015269621000.htmlより転載


閑話休題(それはさておき)

百田氏発言、報道に波及 NHKの取材 米大使館難色
(東京新聞 2014年2月15日 朝刊)
 NHKがキャロライン・ケネディ駐日米大使のインタビュー取材を米国大使館に申し込み、調整を進めていたところ、経営委員を務める作家百田(ひゃくた)尚樹氏の東京裁判や南京大虐殺をめぐる発言を理由に大使館側から難色を示されていたことが十四日、複数の関係者の話で分かった。
 NHK広報部は「取材・制作の過程に関わることについては回答を差し控える」とコメント。米国大使館は「大使のスケジュールはお話ししないことになっている」としている。
 NHKの最高意思決定機関である経営委員会委員の発言の影響が、報道の現場に及んでいることが明らかになったのは初めて。
 関係者によると、NHKの取材班は昨年十一月十五日のケネディ大使着任直後、大使館に取材を申し込み、交渉を続けていた。
 ところが二月上旬、取材班が報道担当官から「百田氏の発言でインタビューの実現は困難になった。大使本人とワシントンの意向だ」との趣旨を伝えられた。その後、取材の可否について正式な連絡はない。
 百田氏は三日、都知事選の応援演説で、米軍による東京大空襲や原爆投下を「大虐殺」とした上で「東京裁判はそれをごまかすための裁判」と述べた。
 さらに旧日本軍による南京大虐殺に関しても「三八年に蒋介石がやたらと宣伝したが、世界の国は無視した。そんなことはなかったからだ」と発言した。
 発言をめぐっては、米国大使館が八日、米政府の公式の統一見解として「非常識だ」と批判。中国外務省も南京大虐殺に関する発言に強く反発するなど、国際的に波紋が広がっている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014021502000099.htmlより転載

ケネディ米大使がNHK取材に難色? 百田尚樹氏発言巡って再び論議に
(J-CASTニュース 2014/2/17 18:56)
 キャロライン・ケネディ駐日米国大使にNHKが取材を申し込んだところ、NHK経営委員で作家の百田尚樹氏の発言を理由に難色を示されたと共同通信などが報じた。ネット上では、米国側の対応や百田氏発言の是非を巡る論議にまでなっている。
 百田尚樹氏の発言とは、東京都知事選に出た田母神俊雄氏の応援演説を2014年2月3日にしたときのものを指す。
 「発言の影響が、報道の現場に及んでいる」
 報道によると、百田氏は、米軍による東京大空襲や原爆投下を「大虐殺」と表現し、A級戦犯を裁いた東京裁判は「それをごまかすための裁判」だったと指摘した。さらに、南京大虐殺についても、「そんなことはなかった」と発言していた。
 これに対し、在日米国大使館は8日、米政府の立場として、「非常識だ」などと百田氏の発言を非難していた。
 共同通信などによると、NHK報道局国際部の取材班は、ケネディ大使が13年11月15日に着任した直後に、米大使館の報道担当官にインタビュー取材を申し込んだ。いったんは、報道番組「クローズアップ現代」で取り上げてほしいと大使館側が打診してきた。ところが、百田氏の発言が報じられた後、取材班が大使館を訪れると、その発言でインタビューは難しくなったと担当官から伝えられた。「ケネディ大使本人とワシントンの意向だ」と説明を受けたといい、その後は大使館から連絡もないという。
 共同の記事では、複数の関係者が取材に明かしたと報じ、「発言の影響が、報道の現場に及んでいる」としている。
 このニュースについて、ネット上では、米大使館の対応などについて、賛否が分かれている。
「過剰反応しすぎだ」と米大使への疑問も
 米大使館に同情的な声としては、「まぁこういう話になるわな、そりゃ…」「『公共放送』が『日米関係を悪化させる』」といった書き込みがあった。また、「公正な報道には不適格な人材」「この経営委員には辞めていただくしかないようだ」と、発言をした百田尚樹氏への批判も聞かれた。
 一方で、米大使館の対応について、疑問を投げかける声も多い。
 「これはチョット過剰反応しすぎだと思うが・・・」「ちと了見が狭い気がするぞ」「本当のことを言ってはいけないとか怖いね」「インタビューを受けた上で百田氏の発言を批判すればいいのでは?」
 百田氏本人は、ツイッター上で、「アメリカは『東京大空襲と原爆投下は大虐殺』という言葉に、よほど腹が立ったのだろう」としながらも、自説は曲げない考えを示した。ツイートでは、「『無辜の一般市民の大虐殺』であることはまぎれもない事実」「これをいつまでも恨んでも無意味である。ただ、忘れてはならない」とつぶやいている。さらに、「第一回の東京大空襲は下町の民家密集地帯を狙って行われた。米軍はいかにして日本人を効率的に焼き殺すことができるかと、砂漠に日本家屋の町を作って実験を繰り返した」とも発言した。
 なお、NHK取材を巡る事実関係などについて、J-CASTニュースが2014年2月17日に米国大使館を取材しようとしたが、アメリカの祝日「プレジデント・デー」で休館だったため話が聞けなかった。
http://www.j-cast.com/2014/02/17196974.html?p=1より転載

色々と言ってやりたいことはあるだろう。氣持ちは、よくわかる。農業だってそうだ。GHQによる戦後改革のうち、農地改革は最も成功した改革といわれる。先の大戦前の日本の農村を特徴づけていた地主制度が完全に崩壊したからだ。日本国憲法の第29条3項(財産権の保障)に反するとして、一部の地主が正当な価格での買取を求め訴訟を起こすも、第29条3項で言う正当な補償が市場価格とは異なると解釈され請求は棄却された。勝てば官軍、負ければ賊軍ということわざ通りの結果。また、土地の所有者が大幅に増加した日本の農業は、大規模経営が世界的に主流になる中で、機械の稼働能率が低く、先進的な農業の担い手となり得る中核的農家が育たなかった。加えて、都市化優先政策と食管制度温存による米優先農政が、日本農業の国際競争力を低下させてしまった。

何を言ったところで、未だヤルタ体制は崩壊していないのだ。
手のひらで踊らされている現実を知る必要がある。

SunSunと降り注ぐ朝陽を浴びながら

感謝

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