流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一四年弥生

東日本大震災3周年追悼式におけるおことば
平成26年3月11日(火)(国立劇場)

 本日,東日本大震災から3周年を迎え,ここに一同と共に,震災によって失われた人々とその遺族に対し,改めて深く哀悼の意を表します。
 3年前の今日,東日本を襲った巨大地震とそれに伴う津波は,2万人を超す死者,行方不明者を生じました。今なお多くの被災者が,被災地で,また,避難先で,困難な暮らしを続けています。さらにこの震災により,原子力発電所の事故が発生し,放射能汚染地域の立入りが制限されているため,多くの人々が住み慣れた地域から離れることを余儀なくされています。いまだに自らの家に帰還する見通しが立っていない人々が多いことを思うと心が痛みます。
 この3年間,被災地においては,人々が厳しい状況の中,お互いの絆を大切にしつつ,幾多の困難を乗り越え,復興に向けて懸命に努力を続けてきました。また,国内外の人々がこうした努力を支援するため,引き続き様々な形で尽力していることを心強く思っています。
 被災した人々の上には,今も様々な苦労があることと察しています。この人々の健康が守られ,どうか希望を失うことなくこれからを過ごしていかれるよう,長きにわたって国民皆が心を一つにして寄り添っていくことが大切と思います。そして,この大震災の記憶を決して忘れることなく子孫に伝え,防災に対する心掛けを育み,安全な国土を築くことを目指して進んでいくことを期待しています。
 被災地に1日も早く安らかな日々の戻ることを一同と共に願い,御霊への追悼の言葉といたします。

東日本大震災2周年追悼式におけるおことば
平成25年3月11日(月)(国立劇場)

 本日,東日本大震災から2周年を迎えるに当たり,ここに一同と共に,震災によりかけがえのない命を失われた多くの人々とその遺族に対し,改めて深く哀悼の意を表します。
 2年前の今日,東日本を襲った巨大地震とそれに伴う大津波により,2万人を超す死者,行方不明者が生じました。震災後に訪れた被災地では,永年にわたって人々が築いてきたふるさとが痛々しく破壊されており,被災者の悲しみはいかばかりかと察せられました。一方,この厳しい状況の中,被災地で,また,それぞれの避難の地で,気丈に困難に耐え,日々生活している被災者の姿には,常に深く心を打たれ,この人々のことを,私どもはこれからも常に見守り,この苦しみを,少しでも分かち合っていくことが大切だとの思いを新たにしています。
 この度の大震災に際して,厳しい環境の下,専心救援活動に当たった自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする国や地方自治体関係者,多くのボランティア,そして原発事故の対応に当たった関係者の献身的な努力に対し,改めて深くねぎらいたく思います。
 諸外国からも実に多くの善意が寄せられました。物資や義援金が送られ,また,救援の人々も多数来日し,日本の救援活動を助けてくれました。また駐日外国大使など日本に住んでいる外国人を始め,災害発生後の日本を訪れる多くの外国人が,被災地に赴き,被災者を励ましてくださっていることに感謝しています。
 この度の津波災害において,私どもは災害に関し,日頃の避難訓練と津波防災教育がいかに大切であるかを学びました。この教訓を決して忘れることなく,これから育つ世代に伝えていくことが大切と思います。今後とも施設面の充実と共に,地域における過去の災害の記憶の継承,日頃からの訓練と教育などにより,今後災害の危険から少しでも多くの人々が守られることを期待しています。危険な業務に携わる人々も,この度の経験をいかし,身の安全が確保されることに工夫と訓練を重ねていくよう願っています。
 今なお多くの苦難を背負う被災地に思いを寄せるとともに,被災者一人びとりの上に1日も早く安らかな日々の戻ることを一同と共に願い,御霊みたまへの追悼の言葉といたします。

東日本大震災1周年追悼式におけるおことば
平成24年3月11日(日)(国立劇場)

 東日本大震災から1周年,ここに一同と共に,震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。
 1年前の今日,思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ,ほぼ2万に及ぶ死者,行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め,危険を顧みず,人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。
 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより,危険な区域に住む人々は住み慣れた,そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
 この度の大震災に当たっては,国や地方公共団体の関係者や,多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ,被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で,避難者の心を和ませ,未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に,被災者や被災地のために働いてきた人々,また,原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を,深くねぎらいたく思います。
 また,諸外国の救助隊を始め,多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも,日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。
 被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ,被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく,子孫に伝え,防災に対する心掛けを育み,安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。
 今後,人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い,御霊への追悼の言葉といたします。
http://www.kunaicho.go.jp/より引用

今日で4年目に入った。子らの安全確保のために、「学童疎開」という政策を実施すべきであった。昨夜、ニュースステーションを見ていて、改めてそう思った。先の大戦時には、子らの命を最優先して、学童疎開したではないか。聞くところでは、東京電力福島原発事件の責任者らは、海外でのんびりと暮しているそうだ。

3年前の核爆発(核分裂)により、福島原発(発生源)から自由空間にエネルギーが放射された。放射エネルギーのうち生体の分子などに吸収されるエネルギーの総和を吸収線量と呼ぶ。さらに、吸収線量の人体への影響を放射線の種類ごとに重み付けをした線量を単位シーベルト(Sv)で表現している。

しかし、わたしたち人間は未だ、自らが拡散した放射エネルギーを、元の鞘に納めることができていない。

人間が発明したマネーでは、the physical universe considered as an orderly system subject to natural laws(自然法則に従った秩序ある系としての自然界)を自由自在に扱うことができない。マネーや組織力では解決できないことがある。
(参照:http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7577187.html


閑話休題(それはさておき)


この政治センス、私には理解しがたい。
復興支援の日本酒「衆議院」、11日から発売 伊吹議長が発案
(産経 2014.3.10 22:44)
東日本大震災からの復興を支援するため、伊吹文明衆院議長の発案で福島県の蔵元が製造した日本酒「衆議院」が11日、国会内の売店で発売される。東京電力福島第1原発事故で苦しむ風評被害の払拭につなげる狙い。国会議員による試飲会が10日に行われ、伊吹氏は「国会見学に来た支持者に売り込んでほしい」と販売促進を“指示”した。「衆議院」は300ミリリットル(600円)、720ミリリットル(1600円)の2種類で、売り上げの一部は福島県に寄付する。
衆議院酒
東日本大震災からの復興支援で福島県の蔵元製造の酒「衆議院」を発売、衆院議長応接室でお披露目の試飲会が行われた=10日午後、国会内(酒巻俊介撮影)


子らの命を最優先に護りたい。

さて、井口和基博士の1月31日付公式ブログ「新たな万能細胞「STAP細胞」の開発の黒幕!?:ヴァカンティ4兄弟!?」を読むと、「STAP騒動」のウラ事情が見えてくる。
「実はすでに(日本国内では知られていはいないが)、日本の理化学研究所は欧米の研究者にとってある意味「一種のクレジットカード」となっているのである。日本政府が、在日韓国人の「在日特権」のための「名義貸し」やら「クレジットカード」となっているように、日本の国立の科学研究所や日本の国立大学が、特に生物系物理系では理化学研究所が、欧米の有力な科学者のための「ゴールドビザカード」となっているのである。どういうことかというと、欧米の科学者の世界は研究費(グラントと呼ぶ)の獲得競争が実に激しい。大学、特に米国の大学はこの「上前」を跳ねることによって学部運営や研究運営が成り立っている。研究者が獲得した研究費の15%は研究者が個人的にポケットマネー(成功報酬)としてもらい、40%近くを学部に差し出す。あとが実質上の研究プロジェクトに残される。(中略)その手足になって働いている日本人研究者と理化学研究所は、彼ら米人のゴールドカード+研究者という、これまたよくユダヤ人が好むスタイルに組み込まれているというわけですナ。したがって、もしノーベル賞が行くとすれば、彼らヴァカンティ兄弟に行くのであって、決して日本女性(か在日かしらないが)に行くことはないだろうヨ。残念ですが、これが現実なんですナ。世の中そんなに甘いもんじゃない。日本のマスゴミは相変わらずのゴミクズですナ。(まあ、都知事選から国民の目を外させるために騒いでいるんだろうが、というより、騒げというプランCが電通から出ているのだろうがナ。)」

「STAP騒動」は、メディカル・マフィアが仕組んだ国家的な補助金を狙った詐欺のようなもの。
STAP論文、取り下げ勧告も 理研、小保方氏「すみません」
(東京新聞 2014年3月11日 22時27分)
 理化学研究所は11日、STAP細胞の作製を報告した論文で不適切な図が使われたとする指摘に対し、理研として著者らに取り下げを勧告することもあり得るとの方針を明らかにした。
 共著者の若山照彦山梨大教授によると、理研の小保方晴子研究ユニットリーダーから11日に「騒がせてすみません」とのメールが届いた。撤回には触れていなかったという。
 理研の加賀屋悟広報室長が文部科学省で記者会見し、「研究倫理の観点から論文2本の取り下げを視野に検討している」と正式に発表した。
 取り下げには原則として14人の著者全員の合意が必要で、まずは著者間の協議を待つとした。
(共同)http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014031101001883.htmlより転載

プーチンは、一滴の血を流すことなく戦争を終結するなら、稀代の戦略家として歴史に名を残すだろう。テキストは日露戦争時の旅順港閉塞作戦であろうか。
【クリミア発】 ロシア海軍「自沈作戦」 ウクライナ海軍を湾内に閉じ込め
(田中龍作ジャーナル 2014年3月8日 09:10)
ロシア海軍「自沈作戦」
船の右はドヌーズラフスキー湾、左が黒海。水深が浅いため、船体は海上に姿を見せている。漁船のような小型船舶以外は航行不可能になっている。=7日、ドヌーズラフスキー湾出入口 写真:筆者
 船は座礁、転覆しているのではない。湾の出入り口を封鎖するため爆破されたのである。ウクライナ海軍が基地を置くドヌーズラフスキー湾。黒海に向かって油壷を逆さにしたように広がる。壺の出入り口は200メートル足らずだ。
 ロシア海軍は6日、大型の老朽船(1973年就役=8,565トン、全長173メートル)を爆破してここに沈めた。水深が浅いため船は船腹をみじめにさらしている。湾内のウクライナ海軍艦船は「袋のネズミ」状態だ。海上戦術のひとつである閉塞作戦である。
 ロシア海軍が大胆かつ手荒な作戦に打って出たのは理由がある。6日、クリミア州議会で「ロシアへの編入」などを問う住民投票を実施することが決まった。
 事態を憂慮したウクライナ新政権は、湾内の海軍艦船をオデッサ港(クリミアの外)に回し、自らの勢力下に置こうとした。ロシア海軍は新政権の動きをキャッチ、機先を制したのである。即日、強硬策を取る。ロシアの本気度がうかがえる。
 日露戦争(1904年)での「旅順港閉塞作戦」を思い出す。東郷平八郎元帥率いる連合艦隊はロシア艦隊を旅順港に閉じ込めるため、そして援軍を旅順港内に入れさせないようにするため自らの老朽船を沈めたのである。
 閉塞作戦は失敗に終わったが、当時のロシア海軍は胆を冷やしたはずだ。今回、ロシアが連合艦隊にならったのかどうか、知る由もない。
 ロシアは一発の弾を撃つこともなくウクライナ軍を無力化している。一人の死者を出すこともなく戦争は終結する方がよい。http://tanakaryusaku.jp/2014/03/0008901より転載

ウクライナで使われたリビアやシリアで実証済みの体制崩壊&国家乗っ取り手法は、プーチンの深謀遠慮な頭脳により無力と化した。ヨーロッパや合衆国のウォーモンガーズ(戦争屋)どもは、皮肉にもロシアにおけるプーチンのパワー増強の手助けをしてしまった。彼を甘く見たツケである。柔道の文武(思想と技)に通じたプーチンは、柔よく剛を制す達人でもある。
プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動
(2014年3月9日   田中 宇)
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この記事は「危うい米国のウクライナ地政学火遊び」(田中宇プラス)の続きです。

 EUの上層部で、ウクライナ新政権に対する懐疑の念が強まっている。2月22日の政権転覆によってできたウクライナ新政権は、前回の記事に書いたように、ネオナチ・極右の指導者が安保、軍事、警察、教育などの政策決定権を握っている。政権転覆の直前、極右を含む反露の反政府勢力が、親露的なヤヌコビッチ政権を倒そうと、首都キエフ中心街の広場などに集まって反政府集会を続けていた時、何者かがビルの上から集会参加者や警察官を狙撃して、多数の死者が出た。この時、反政府勢力は、ヤヌコビッチ配下の兵士が狙撃犯だと非難する一方、ヤヌコビッチ政権は、反政府勢力の者が狙撃犯だと反撃した。米欧マスコミの中には、ヤヌコビッチ政権による弾圧を大々的に報じ、狙撃もその一環であるかのような印象が醸し出された。しかし政権転覆後の今になって、狙撃が反政府勢力、つまり新政権の自作自演だった可能性が高まっている。 (Leaked call raises questions about who was behind sniper attacks in Ukraine)
 政権転覆直後、EU加盟国であるエストニアのパエト外相がキエフを緊急訪問し、知ったことや印象について2月26日にEUのアシュトン外相と電話会談した。その電話を録音した内容が最近、インターネットのユーチューブに漏洩した。この中でパエト外相は、問題の狙撃について、政権転覆前に反政府勢力(つまり新政権)が負傷者や急病人のために中心街の広場に作った野戦病院(テント)の主任医師から聞いた話として、状況証拠から見て、ヤヌコビッチ前政権でなく、新政権が狙撃犯を雇っていた可能性が高いと話している。電話の相方であるEUのアシュトンは、初耳だと答えた。 (Full leaked recording)
 パエトは、新政権が狙撃事件の真相について捜査したがっていないとも指摘した。新政権を率いる極右指導者は過去に暗い過去があるので多くのウクライナ人が彼らを信用していない、とも語っている。エストニア外務省は、漏洩した録音が本物であることを認めつつ、パエトはキエフで聞いてきたことをアシュトンに報告しただけでウクライナ新政権を批判するつもりはない、と苦しい釈明をした。実際には、アシュトンがパエトにキエフ訪問の印象を尋ね、その答えとしてパエトが新政権に関する悪評を並べており、漏洩後の釈明と裏腹に、パエト自身が新政権に対して悪い印象を持っていることが明白だ。 ("Behind The Kiev Snipers It Was Somebody From The New Coalition" - A Stunning New Leak Released) (Estonian Foreign Ministry confirms authenticity of leaked phone call discussing how Kiev snipers who shot protesters were possibly hired by Ukraine's new leaders)
 エストニアはウクライナと同様、ロシアの隣にある小国で、1940年から91年までソ連に併合され、厳しく支配された。ソ連崩壊でようやく独立し、EUに入ったエストニアの人々(国民の3割を占めるロシア系以外)の多くは、ロシアの覇権や威圧が大嫌いだ。それを考えると、ウクライナ新政権が反露的であるにもかかわらず、エストニアの外相が新政権に悪い印象を語っているのは、深い意味を持つ。パエト外相は、親露・反露という尺度を超えて、ウクライナ新政権がロシアと敵対するために混乱や暴力を扇動して、自国周辺の東欧ロシアの広域が不安定化することの方を懸念しているのだろう。 (Ukraine Protest Leaders Hired Kiev Snipers)
 前回の記事に書いたとおり、2月初めには、米政府がウクライナの政権転覆を支援し、新政権の首脳人事に介入していることが、米国の国務次官補と、駐ウクライナ大使との電話会談のユーチューブへの漏洩で暴露されている。そして今回、米国が作ったウクライナ新政権の極右性や過激さをEUが懸念していることも、ユーチューブによって暴露した。米国製のシステムであるユーチューブによって、米国の覇権が揺るがされている点が興味深い。 (Victoria Nuland phoning with Geoffrey Pyatt)
 ウクライナ新政権が、狙撃者を雇って自分たちの仲間を自作自演的に狙撃させ、それをヤヌコビッチ政権のせいにして政権転覆を成功させようとしていたとなれば、新政権の国際信用は急落する。ウクライナ新政権は「テロリスト」ですらある。ウクライナを政権転覆した極右勢力の指導者であるドミトリイ・ヤロシ(Dmitryo Yarosh)は最近、何度もロシアで爆弾テロを行ってきたチェチェン人のテロリスト(Doku Umarov)を支援し、どんどんロシアでテロをやってもらおうと、極右のネットメディアのサイトに書いて提案している。ヤロシはその後、5月の大統領選挙への立候補を表明した。 (Report: Ukraine's Right Sector Leader Urges Terror Attacks on Russia) (Ukraine's Neo-Fascist Right Sector Leader Dmytro Yarosh to Run for President)
 米国のネオコンは、以前からウクライナの反露極右だけでなく、チェチェンの反露テロリストを支援し、チェチェン人の対露テロはテロでなくロシアの支配に対する抵抗運動だ、と正当化してきた。その点で、ネオコンに支持されたウクライナの極右がチェチェン人の反露テロを支持するのは当然といえるが、この支持表明はロシア政府に「ウクライナ新政権はテロリストだ」と非難する正当性を与えてしまい、国際政治的にウクライナ新政権自身を不利にしている。露政府は、発言者のヤロシを、テロを公然と支持するテロリストとして逮捕すべく、国際指名手配した。 (Russia puts Ukraine far-right leader on international wanted list over calls for terrorism) (ロシア学校占拠事件とプーチンの独裁)
 ウクライナの中でも、ロシア系が人口の6割を占め、古くからロシアの海軍基地もあるクリミア自治共和国では、議会が3月5日に、ウクライナからの分離とロシアへの編入を、全会一致で可決した(賛成78、反対0、棄権8)。議会はあわせて、ウクライナから分離してロシアに編入することについて問う住民投票を3月16日に行うことを決めた。この住民投票は当初3月30日に予定され、住民に尋ねる事項も「ウクライナにおける自治拡大」についてだったが、投票日が前倒しされ、問う案件も「ロシアへの編入」に変更された。住民投票は賛成多数で可決されそうだ。 (Ukraine crisis: Crimea now part of Russia, local parliament declares)
 オデッサなど、ロシア系住民が多いウクライナ南部の3都市の議会も、クリミアに合流してウクライナから分離独立すると表明した。東部地域でも、自治拡大や独立の決議が相次いでいる。 (3 South Ukrainian Cities Want to Join Crimea - Lawmaker)
 ロシアのプーチン大統領は先日の記者会見で、ロシアがクリミアを併合することはないと明言した。クリミアが編入を望んでも、ロシアが同意しなければ編入は実現しない。ウクライナから分離して、ロシアの影響下にある準州的な半独立国(独立したが国際的にほとんど承認されていない国)になりそうだ。前回の記事に書いたとおり、これは08年にグルジアから独立した南オセチアと同じ道筋だ。南オセチアは国際的に数カ国からしか国家承認されていないが、ロシアから政治経済の両面で支援されているので、国際承認は重要でない。ロシア領にしてしまうと米欧が対露批判を強めるので、ロシアは南オセチアを形式上、独立国にしている。クリミアに対しても同様のことが起こりそうだ。 (Classic performance as Russia's Vladimir Putin breaks his silence)
 米欧やウクライナ新政権は、クリミアの分離を認めていない。米欧は、東チモールがインドネシアから、南スーダンがスーダンから、コソボがセルビアから独立した時には、国内の一つの地域の住民の大半が分離独立を求めていることを「民主主義」と評価し、分離独立を支持・支援している。しかし今回は、クリミアという、すでにウクライナ国内で自治共和国になっている統一性のある地域が分離独立を求めているのに、認めないと言っている。 (Ukraine: The Price of Internal Division)
 米欧が、東チモールの独立を支持したのは、インドネシアというイスラム教徒が多い国を困らせるイスラム敵視策(のちの「テロ戦争」)だった。コソボの独立を支持したのは、セルビアというロシアと親しい国を困らせるためだった。南スーダンの独立を支持したのは、スーダンという反米的なイスラム主義の国を困らせるためだった。いずれも「民主主義」は詭弁で、米国の世界戦略に都合のいい分離独立だったので支持した。
 それらと対照的に今回は、ロシアという米国が敵視する国の傘下に入る分離独立なので、米国は、絶対認めないと言っている。しかも米国はウクライナで、自作自演の狙撃殺害行為を行い、テロを支援する極右ネオナチ勢力を、強い反ロシアであるというだけで支援し、政権転覆を引き起こしている。米国の、民主主義重視の姿勢は、ずるがしこいインチキである。日本や米欧の人々のほとんどが、そのインチキに気づかず、簡単に騙されている(しかもインチキだと指摘する人を「反米論者」「陰謀論者」扱いする)。 (ウクライナ民主主義の戦いのウソ)
 日本や西欧諸国の多くは単一民族性が高いので、容易に国民国家になれた。国民国家とは、単一の「国民」幻想で国内の人々を教育(洗脳)することに成功した国であり、圧政でなく教育(洗脳)によって国家の結束力ひいては経済力を高めることに成功した国だ。圧政は人々を疲弊させる(フランス革命以前からの)古くさいやり方だが、教育(洗脳)は人々を自らやる気にさせる(フランス革命を機に開発された)効率的で洗練された統治方法だ。うまく早く国民国家になれた国々が「先進諸国」である。
 対照的にロシアや中国は、多民族で多様で広大で、多様性を圧政で支配した前近代の帝国を、そのまま近代国家にせねばらなかった歴史があり、国民国家になりにくい。露中とも、人々に国民幻想を植えつけられず、代わりに社会主義の幻想を植えつける代替法で、近代国家になろうとした。ロシア帝国は、立憲君主的な疑似国民国家になることに失敗し、革命で倒されて社会主義幻想に立脚するソ連になったが、それも実体は独裁的な帝国だった。 (米中関係をどう見るか) (覇権の起源(3)ロシアと英米)
 ウクライナは、そのソ連の独裁体制の中で、今の国境線が形成されている。ソ連の権力者は、社会主義政権を強化維持するため、ソ連東欧の国境線を意図的に民族ごとの統一を乱すよう引き直し、ソ連東欧の諸民族のナショナリズムの意識を根絶し、社会主義の「人民」の意識のみにしようとした。その一環としてスターリンは第二次大戦後、傀儡国にしたポーランドやチェコスロバキアから東部地域を割譲させ、ウクライナに編入した。後任でウクライナ系のフルシチョフは、クリミアをロシアから分離してウクライナに編入した。このようにソ連の独裁者によって恣意的に国境線が変更されて今に至っているウクライナは、簡単に国民国家になれない。 (続・ウクライナ民主化の戦いのウソ)
 新政権が掲げるウクライナ民族主義は、国民の3割を占めるロシア系国民を排除する運動であり、国民国家の形成と正反対の、内戦と国家崩壊しかもたらさない。ウクライナの隣のベラルーシは、冷戦後も比較的ロシアの影響力がずっと強く、ロシアの傘下にいたために、経済がウクライナよりも安定している。冷戦終結の1990年の時点で、ウクライナとベラルーシの一人あたりGDPはほぼ同額だった。しかし今、ウクライナの一人あたりGDPはベラルーシの半分しかない。 (Russia needs to defend its interests with an iron fist)
 冷戦後おおむねロシアの傘下にいたベラルーシは安定を確保して発展できたが、反露派と親露派との政争に終始し、政権交代が頻繁に起こり、政情の不安定が続いたウクライナは、経済も発展できず、多くの国民が貧困にあえいでいる。ウクライナの反露政権は、04年のユーシェンコ政権も今回のネオナチ政権も、米国による政権転覆支援によってできている。米国は、ウクライナに貧困と混乱をもたらしている。米国はベラルーシに対しても、ウクライナと同様に野党勢力を扇動して反露的な政権転覆を画策したが失敗した。ベラルーシは親露政権が続き、安定と発展を実現している。
 米国が冷戦後、もっとロシアと協調する戦略を採っていたら、ウクライナは安定し、経済成長できたはずだ。実際のところ米国は逆に、ウクライナからロシアの影響力を排除することばかり重視し、ウクライナは米露対立の場となり、発展できずにいる。しかも米国は、これまでウクライナに親米政権ができてもIMFを通じて緊縮財政を要求し、これがウクライナの成長を抑止する効果をもたらした。前回の記事に書いたように、ウクライナはEUの傘下に入るよりロシアに傘下にいた方が経済的に発展すると、米国の権威あるシンクタンクが分析している。 (Leading U.S. Think Tank Concludes E.U. Deal Would Have Ruined Ukraine)
 ウクライナや東欧に対しては、戦前のドイツもソ連に対抗して影響力を行使していた。ドイツは敗戦後、東欧ソ連地域への影響力をすべて失い、ソ連を敵視する米国の覇権傘下に完全に入ったが、冷戦終結後、経済面主導で、再び影響力を拡大している。ドイツは表向き、米国と協調してウクライナの極右新政権を支持し、ロシアを非難しているが、ドイツは米国に比べ、ロシアと協調しようとする傾向が強い。米国はロシアをG8から追放したがっているが、ドイツは「米欧とロシアが定期的に直接話し合える場はG8しかない」と言って、それに抵抗している。 (German foreign minister against excluding Russia from G8)
 ロシア自身は多極型のG20を重視、米英主導のG8を軽視しており、G8から追放されてもかまわない。プーチンは、これを機にG8を潰したいとすら思っている(ロシアのG8加盟は一昔前のゴルバチョフの遺産だ)。客観的にもリーマンショック後、世界の経済運営の中心はG8からG20に移っており、G8やG7は米欧日プロパガンダの中だけに生き続ける「亡霊」だ。 (G8からG20への交代)
 米国は地理的に東欧から遠く、この地域がどんなに混乱しようが自国に直接影響がなく、過激にロシアを敵視する。ドイツは地理的に近いので混乱の影響を大きく受け、現実的に振る舞わざるを得ず、ロシアとの協調を重視している。ドイツが消費する天然ガスの40%、石油の35%をロシアから輸入している現実もある。ドイツは本格的なロシア制裁に反対で、ロシアとEUとのビザの相互自由化を延期するぐらいしかやりたくない。 (Russia ties compound German dilemma in Ukraine crisis) (Ukraine crisis: US-Europe rifts surfacing as Putin tightens Crimea grip) (Anti-Russian sanctions are not profitable to West - experts)
 米国とドイツはいずれも、ウクライナ新政権に対し、IMF主導の緊縮財政策をやるよう求めているが、その意図は微妙に食い違っている。米国は「財政緊縮を実現した方が強い政府ができ、経済成長につながる」と考えており、新政権に緊縮財政を求める一方で、ロシアが融資をやめた150億ドルの穴埋めとして、100億ドルの緊急融資を約束している。対照的にドイツは、ウクライナ新政権が財政緊縮をやりきれず、人気を失っていずれ親露政権に取って代わられることをあえて看過し、ウクライナがロシア傘下に戻ることで再び安定することをひそかに望んでいるように見える。今回のウクライナ騒動は、ドイツの再台頭をも加速しそうだ。 (ドイツの軍事再台頭)
 ウクライナ新政権は、前政権が金を持ち逃げしたので、政府の国庫が空っぽで、緊急融資が不可欠だと言っているが、ドイツなどEUとIMFは、国庫は空っぽでなく資金がまだあるはずだと言って、この言葉を信じていない。EUはIMFに働きかけ、ウクライナ新政権に対する融資を5月の総選挙後までやらないことをIMFに決めさせた。 (Kerry unveils $1bn in US aid for Kiev's transitional government)
 前回の記事に書いたように、ウクライナ新政権の首相にアルセニー・ヤツェニュクを据えたのは、米政府が決めた人事だ。ヤツェニュクは中央銀行副総裁や経済担当相、外相を歴任しており、緊縮財政をめぐる米欧の要求について熟知している。米国は、傀儡として打ってつけと考えてヤツェニュクを首相に据えたが、ヤツェニュクは「国庫は空っぽだ」と主張し、より多くの資金を米欧から引き出そうとしている。ドイツは、これを芝居だと言って金を出さず、結果的にロシアを有利にしている。 (After Initial Triumph, Ukraine's Leaders Face Battle for Credibility) (Op-Ed: New prime minister may be Washington's man in Ukraine)
 ドイツと米国はやり方こそ違え、結果的にプーチンのロシアを有利にしていることに違いない。米国は過激にやってウクライナの極右に政権をとらせ、クリミアに駐留権があるロシア軍の行動を「侵略だ」と言って騒いでいる。新政権が極右だということが暴露され、ロシアの行動は問題でないと中国やインド、発展途上諸国が言い出し、過激策を弄する米国に対する国際信用が今回も失墜している。 (Russia And China Stand In Agreement On Ukraine - And That Is Very Bad News For The United States) (India sides with Russia over Ukraine crisis)
 半面、プーチンの冷静な対応が注目され、国際社会でのロシアの信用が拡大している。昨夏のシリア空爆騒動の時と似ている。西側では、米国の極端な対応との対照性で、ドイツの現実的で冷静な対応が目立ち、最終的にウクライナ問題は、ロシアとドイツの協調によって危機が回避されていきそうだ。その分、国際社会における米国への信用は低下し、世界の運営が米国抜きの、露中などBRICSや独主導のEUによって行われる「多極化」が進行していく。 (US considers sanctions on Russian banks)
 米国はロシアの銀行にドルの使用を禁止する経済制裁も検討しているが、これをやると逆にロシアが中国の助けを借りてドルの基軸通貨制を壊そうとする動きが強まり、最終的にドルと米国の覇権にとって不利になる(現時点で中国はまだ消極的だが)。プーチンは以前から、中国などBRICS諸国との間で、ドルを使わず相互の通貨で貿易決済する新体制を進めており、米国の対露金融制裁は、それを加速するだけだ。米国のロシア制裁は、プーチンを不必要に過激化させ、米国自身の覇権失墜につながる。 (imp5 dollar Kremlin warns US over potential sanctions)
 今回の事態に喜んでいる国の一つはイランだ。イランは、米国が自国に対してやったのと同じ制裁をロシアにやろうとしているのを見て、ロシアに関係強化を持ちかけ「制裁されても実害はない。恐れるな。制裁されたら貿易関係を強めつつ、一緒にドル潰しの攻撃をやろう」とロシアに提案している。ロシアとイランは、今回のウクライナ騒動の前に、ドルを使わない物々交換の貿易の拡大も決めている。 (Iranian Ambassador calls Russia not to pay attention to Western sanctions) (Iran and Russia negotiating big oil-for-goods deal)
 米国がロシアや中国への敵視策を強めるほど、露中やその他の非米・反米諸国が結束し、米国の覇権を引き倒そうとする動きを強め、多極化が加速する。その点で、露中敵視の米国の強硬派は、米国覇権を自滅に誘導し、世界の政治構造を転換して新興諸国主導の世界的な経済成長の加速につなげようとする「隠れ多極主義者」である。
 米国は長らく、プーチンの人気を失墜させてロシアを再混乱に導こうとしてきた。しかし今回の件で、ロシア国内でのプーチンの人気は逆に高まっている。ソ連時代、ロシア人は、ソ連の諸民族の上に立つエリート的存在だった。中央アジアやウクライナなどソ連傘下の各共和国に多くのロシア人が移民し、現地の民族より良い暮らしをしていた。しかし冷戦終結後、これらの旧ソ連諸国は地元の民族のナショナリズムに基づく国家が作られ、そこに居続けたロシア人(ロシア系住民)のほとんどは、仕事を奪われ、ロシア語教育や国籍、福祉などの権利を奪われ、貧困層におとしめられ、窮してロシア本国に戻っても再起は難しかった。 (Ukraine crisis and Olympics boost Vladimir Putin's popularity in Russia)
 ウクライナ東部に住むロシア系住民は、そうした困窮するロシア人の一例だ。バルト3国の独立をめぐり、エストニア人やラトビア人のナショナリズムの再獲得は美談として世界で華々しく報じられたが、人口の2−3割を占めるロシア系住民に対するひどい差別はほとんど報じられない。プーチン自身を含めロシア人の多くが、このような冷戦後の状況に心を痛めている。「クリミアやウクライナ東部のロシア系住民を守る」と宣言したプーチンの支持率が急騰したのは当然だった。 http://tanakanews.com/140309russia.htmより転載


大きな笑顔の佳き水曜日を

SunSunと輝く朝陽を浴びながら   感謝

マキシミリアノ・マリア・コルベ神父(Maksymilian Maria Kolbe:1894年1月8日〜1941年8月14日)は聖母マリア崇敬が強いファミリーに生まれた、ポーランドのカトリック司祭。子供の頃に聖母マリアが現れた。その時、彼はマリアに自分はどうなるのかと尋ねた。すると、マリアは白と赤の二つの冠を持ってやって来た。そして、どちらの冠を喜んで受け入れるかを彼に聴いた。白は純潔を保ち、赤は殉教者となることを意味していた。彼はマリアに、両方ほしいと言った。この出来事は、その後の彼の人生に大きな影響を与えた。
That night, I asked the Mother of God what was to become of me, a Child of Faith. Then she came to me holding two crowns, one white, the other red. She asked me if I was willing to accept either of these crowns. The white one meant that I should persevere in purity, and the red that I should become a martyr. I said that I would accept them both.(Saints on Earth: A Biographical Companion to Common Worship, By John H. Darch, Stuart K. Burns, Published by Church House Publishing, 2004)

1907年、13歳になった彼は兄のフランシスコと共にコンベンツァル聖フランシスコ修道会への入会を決め、ロシアとオーストリア・ハンガリー帝国の国境を越えてルヴォフ(ウクライナ領・リヴィヴ)にあるコンベンツァル聖フランシスコ修道会の小神学校に入学。1910年、彼は修練院に入ることを許され、翌1911年に初誓願をたて、マキシミリアンの名前を与えられた。1914年、ローマで聖母マリアの崇敬を示すために、マリアの名前を取って、マキシミリアノ・マリアとした。

彼はローマで哲学・神学・数学及び物理学を学び、1915年にグレゴリアン大学で哲学の博士号を取得。この頃にはフリーメーソンたちによって「ジョルダーノ・ブルーノ」の黒色軍旗がバチカンの窓の下に置かれるのを見た。それは大天使ミカエルが勝ち誇ったルシファーの足元に横たわっている姿が描かれた軍旗。そして、教皇ピウス10世及びベネディクトゥス15世を侮辱し攻撃するパンフレットと彼らに反対するデモをも目撃した。これが1917年10月16日に、6人の志願者と共に神学校聖堂の汚れなき聖母の祭壇の前で聖母へ奉献(聖別:consecration)を行い、「汚れなきマリアの軍隊(Militia Immaculatae)」を創立する契機となった。これは罪人やカトリック教会に敵対する勢力、その中でもフリーメーソンをマリアの取次によって改心させるために、武器を持たず愛を持って戦う「汚れなきマリアの軍隊」であった。
The purpose of the Knights is contained in these words: to do all you can for the conversion of sinners, heretics, schismatics and so on, above all the Masons, and for the sanctification of all persons under the sponsorship of the Blessed Virgin Mary, the Immaculate Mediatrix.(Fr. Maximilian Kolbe, 1938@Consecration MI

この「汚れなきマリアの軍隊(Militia Immaculatae:MI)」が創設された1917年10月17日の4日前にはファテイマで太陽の奇跡があり、3週間後にはロシアで内乱が起こっている。現在、MIの会員は世界48か国に300万人を数える。(参考:http://ewtn.com.au/library/CHISTORY/zmilitimmac.htm)

コルベ神父と修道士6人のすべてが署名した文書は次の通り。
「彼女はおまえの頭を砕くであろう」(創世の書 3:15)
「あなただけが世界におけるあらゆる異端を征服された。」

I.目的:罪人、異端者、分離主義者、ユダヤ人、等々、そして特にフリーメーソンの回心を求めること。また、祝せられたおとめ、汚れなきマリアの保護と取り次ぎを通じてすべての者の聖化を求めること。
II.諸条件:1)祝せられたおとめ、汚れなきマリアへの、彼女の汚れなき御手における道具としての、自己のまったき献身。2)不思議のメダイを身につけること。
III.諸々の手段:1日に1度もし可能ならば次の祈りを用いて汚れなきマリアに祈らなければならない。「原罪なくして宿り給いし、聖マリア、御身に依り頼み奉るわれらのために、また御身に依り頼み奉らざる者、特にフリーメーソンのために祈り給え。」2)各人の状況および起こる機会において可能であることに従って何らかの妥当な手段を用いてもよい。その選択は不思議のメダイの使用を強調して各人の熱意と思慮に委ねられる。http://www.d-b.ne.jp/mikami/kolbe04.htmより引用
 
1818年に24歳で司祭に叙階され、1919年に神学の博士号を聖ボナベントゥラ大学で取得。そして、ポーランドに戻った彼はこの世の闘争が基本的に霊的なものであるということを確信し、コミュニケーションの現代的手段が反キリスト教の勢力、特にフリーメーソン(※注)に委ねられるべきではないと考え、1922年に『汚れなきマリアの軍隊(Rycerz Niepokalanej)』(※注:多くは「無原罪の聖母の騎士」と訳す)という彼が唯一の執筆者である月刊評論雑誌を出版し、メディアによる宣教に力を入れた。1927年には、ワルシャワから鉄道で1時間半ほどのテレシンの町に「マリアの町々」の最初の「ニエポカラノフ修道院(汚れなきマリアの軍隊修道院)」を創立。「マリアの町々」はニエポカナヌフ(聖母の町)の名の下にあり、その心は常に成長し続けるフランシスコ会の托鉢修道士の快活な服従と聖なる貧困であった。そして、多くの熟練した信徒がそれを完全に独立して経営できるようにした。『Rycerz Niepokalanej』に加えて、ローマ・カトリック教会の毎日の新聞をはじめとする出版物を製作する印刷所も設立した。まもなく、ラジオ局が付設された。

(※注)コルベ神父が対象とした「フリーメーソン」は、「回心(conversion)」が必要なグループで、「the consecration of them to Maria's Immaculate Heart.(汚れ無きマリア様の御心への彼らの聖別」のために戦った対象です。ですから、例えば、合衆国の郊外の町々にあるフリーメーソンのロッジを活動の拠点(中心)として社会貢献している善良な市民たち(respectable citizen)によるコミュニティーは、コルベ神父が回心を求めた対象ではありません。フリーメーソンを名乗っていることではなくて、その行動がMaria's Immaculate Heart に叶っているか否かが問題です。(以上)

コルベ神父、ゼノ・ゼブロフスキー修道士、コンラド修道士を含む5人の修道士たちは、1930年3月7日にマルセイユ(フランス)から上海行きのアンジェ号(天使号)に乗り、4月11日に上海を経て、4月24日に長崎到着。そして、早坂司教に『Rycerz Niepokalanej』の出版許可を願った。司教は哲学博士号を持っているコルベ神父の哲学的また神学的な専門知識を歓迎し、自教区の神学校で哲学を教えることを条件に出版を許可。彼は長崎の大浦の大神学校(旧羅典神学校)で哲学の教鞭をとりながら、南山手の洋館を借りて日本支部を設置し、その一角に印刷所を構えた。そして、5月には日本語の活字で印刷したキリスト教を優しく読み解く雑誌『無原罪の聖母の騎士』(現在の月刊『聖母の騎士』)第1号を発行。翌1931年には、彦山の麓の本河内に拠点を移してアジア初のニエポカラノフ修道院である「無原罪の園修道院(コンベンツアル聖フランシスコ修道会)」を開設。持病の肺結核との闘病生活に、清貧の生活を送りながら、学校教育と出版作業に尽力する日々を続けた。日本語で書かれた雑誌は分かりやすく、世界情勢が掲載されているということで日本全国に購読者を持つほどの人氣であった。初版1万部の発行部数であったものが、毎月6万2千部へと成長した。

コルベ神父が見つけた裏山の洞窟に、神父の帰国後、1932年にルルドが開設された。聖コルベ記念館は、祖国を占領したナチスによって殉教し、1982年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって聖人となったコルベ神父と、貧しい人たちのために日本全国を奔走したゼノ修道士の功績を紹介。ゼノ修道士が神父のために作った木製の机は、清貧の生活で活動した当時を伝えるものだが、この記念館のサイトは宣教事業継続のモデルケースとして興味深い。身代わりのコーヒーに、ルルドの水、なんでもありの便利なサイト。たくましく生きるに必要なことだ。

参照:聖母の騎士高等学校
コンベンツアル聖フランシスコ修道会
仁川学院     

1936年、彼は故国ポーランドへ戻り、以後出版やラジオ等を通じて活発に宣教活動を行った。1939年9月、ポーランド領はナチス・ドイツとソビエト連邦によって分割。1941年の後半には、バルバロッサ作戦によって旧ポーランド(第二共和国)領の全域はナチスドイツ軍によって占領された。そのような環境下の1941年5月、コルベ神父はナチスに捕らえられた。コルベ神父が発行していた『Rycerz Niepokalanej』や日刊紙が反ナチであったことや、ナチスがユダヤ人に加えて、ポーランドのレジスタンス・共産主義者・有力者を逮捕の対象にしたからであった。当時のポーランドでは初等教育以外の全ての教育が廃止され、文化・科学・芸術におけるポーランド的文化の全てが消去された。大学は閉鎖され、大学教授の多くが逮捕・処刑された。教師・法律家・知識人などポーランド知識階層の人々もレジスタンス運動の指導者になる可能性があるため逮捕・処刑された。逮捕後、神父はアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所に送られた。

1941年7月末、脱走者が出たことで、無作為に選ばれる10人が餓死刑に処せられることに決まった。囚人たちは番号で呼ばれていったが、フランツィシェク・ガヨウィニチェクというポーランド人軍曹が「私には妻子がいる」と叫んだ。コルベ神父は彼の叫びを聞いて、「私が彼の身代わりになります、私はカトリック司祭で妻も子もいませんから」と申し出た。責任者であったルドルフ・フェスは、彼の申し出を許可。コルベ神父と9人の囚人が地下牢に押し込められた。通常、餓死刑に処せられるとその牢内において受刑者たちは飢えと渇きによって錯乱状態で死んでいったが、コルベ神父と9人は互いに励ましあいながら生きた。時折牢内の様子を見に来た看守は、牢内から聞こえる祈りと歌声により餓死室は聖堂のように感じられた、と証言した。2週間後、神父を含む4人は息があったため、石炭酸を注射して殺害された。「アウシュビッツの聖者」と言われる所以。

ナチス・ドイツの占領が原因で約300万人の非ユダヤ系ポーランド人が命を落とした。これは戦前の総人口の約10%。ナチスの政策によって殺害された300万人のユダヤ系ポーランド人を合わせると、ポーランドはその本来の人口の22%を失った。先の大戦に関わった国の中で、最大の死亡率。

さて、今、ウクライナのクーデター騒乱の最中で、ナチスの勢力が復活している。今年2月21日には、ヤヌコビッチ政権と全野党勢力、ロシアとEUの全当事者の会合で一旦は憲法改革、国民統一政府の樹立、選挙の前倒しで合意していた。ところが4者合意の翌日の22日に情勢が急変。平和だった反政府デモが一氣に精鋭化、ネオナチの正体不明の武装集団が武力介入して銃撃戦に発展した。多数の死傷者が出る中、ヤヌコビッチ政権が砂上の楼閣の如く崩壊。すぐさまEUや合衆国はネオナチを含む新しい暫定政権を歓迎・承認した。摩訶不思議なことがあるものだ。常識的に考えると、EUにとっては彼らが参画した21日合意(国民統一政府の樹立)が翌日に反故にされたのだから、歓迎・承認するとうのはありえない。ロシアのチェチェン紛争のテロ組織と連携するネオナチが参加した正体の分からない暫定政府を『挙国一致内閣』などと呼んだ上での歓迎・承認。ちなみに、ロシアはウクライナ暫定政府内のネオナチをテロリストとして国際手配している。この挙国一致内閣を標榜する暫定政府が最初に行ったのがロシア語の公用語法の廃止決定。そして、ネオナチと敵対した治安部隊の解散であった。

わが国は先の大戦に敗れた結果、ナチスと同じ罪を犯した民族国家としてレッテルを張られ、戦後の世界秩序の中で生きていくよう宿命づけられてしまった。戦勝国は国際連合で常任理事国として君臨し、世界のあり方の一つの価値観でしかないヤルタ体制を導入・維持している。日本は未だ差別条項である敵国条項の対象国であり、当時、敵国(枢軸国)であったドイツとハンガリーと共に同じ扱いを受けている。一般に敵国条項は、日本・ドイツ・イタリア・ルーマニア・ブルガリア・ハンガリー・フィンランドの7か国を対象としていると思われがちだ。しかし、ルーマニア・ブルガリア・フィンランドは1944年に、途中で枢軸国から脱退し連合国側となったイタリアは1945年に日本とドイツに宣戦布告している。だから、日本・ドイツ・ハンガリーの三国のみが国連憲章等に違反した軍事行動を起こした場合は、旧連合国が国連決議等の拘束力に優先して軍事制裁を課せられる。

先の大戦を学び知るに従い、わが日本を負ける戦いに引き込む複雑多岐にわたる陰謀があったことが分かる。自然、私たち日本人も被害者なのです!と思い発言したくなるのは、極めて自然な成り行き。しかし、それを世界は認めてくれないばかりか、非常識な言動として排除しようとする。そろそろ、わが日本民族は、「だまされた方が悪い」「だまされた者が負ける」という世界的常識を肝に銘じて、同じ過ちを二度と起こすことなく目覚めたい。さもなければ、同じ過ちを、知らず識らず、再び犯してしまう。世界に知られた小説家であった三島由紀夫が1970年の昭和天皇の摂政就任日である11月25日に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室で45歳で自殺。彼と懇意であった「日本人をアメリカ史のゲームから解放せよ」「日本は第二の敗戦状態にある」と主張した江藤淳も妻を失った後66歳で自殺した。彼らの死が象徴的に伝えていることは、私たち日本の民衆がいままでのような日本人のメンタリティーのままでいたのでは、世界のシステムに対応できないということ。コルベ神父が創設した汚れなきマリアの軍隊のような、マリアの取次によって改心させるために、武器を持たず愛を持って、悪魔的なものや邪悪なものと戦うファティマの精神が、日本人に必要とされている。だから、今、私たちは世界に向けて明快に反ナチスの立場を表明しておきたい。

2月21日、菅義偉官房長官は記者会見で、アンネ・フランクの関連図書が東京都内の公立 図書館で相次いで破られている事実について「背景はまったく予想しかねる。わが国 として受け入れられるものでなく、極めて遺憾で恥ずべきことだ」と批判した。もう一歩踏み込んで、日本が反ナチの立場であることをも世界に伝える言葉も加えてほしかった。


閑話休題(それはさておき)


コルベ神父は、改心(conversion)という目標に対して真剣で、不思議のメダイの祈り「原罪なくして宿り給いし聖マリア御身に依り頼み奉る我等の為に祈り給え」の後に、「また、御身により頼まざる人々、特に教会に敵対せしフリーメーソン、かつ我等が御身に依り頼む全ての人々が為に祈り給え」と加えた。
O Mary, conceived without sin, pray for us who have recourse to thee. And for all those who do not have recourse to thee; especially the Masons and all those recommended to thee.(参考:http://www.marypages.com/DailyPrayers.htm


不思議のメダイ(Medaille miraculeuse; Miraculous Medal)は、聖母マリアの出現を目撃したフランスのカトリック修道女カトリーヌ・ラブレ(Catherine Laboure)が、聖母マリアによって示されたお告げとイメージをもとにデザインし、金細工師のアドリアン・ヴァシェットが製作したメダル(medaille メダイユ)。
Medaille miraculeuse2Medaille miraculeuse
この写真は1987年、まさのりsunが英国ケント州カンタベリーに暮していた時に、仲良し(Le soleil d'un visage souriant)のフランス人がファティマからの土産としてプレゼントしてくれたMedaille miraculeuse。その際に彼女は「これを常に身に着けて」と言ったのだが、今にして思えば『愛の戦士たれ』とのメッセージであった。


不思議のメダイの裏の十字架の下に見える“M”の文字は、“マリアMaria” と “母(Madre)”のMを表し、“I”の文字は“無原罪の聖母 Inmaculada” のIを意味する。マリアは、十字架の上でなくなった神の子の母であり、妻である。キリストの聖心が槍で刺し貫かれた時、その場にいて、それを目の当たりにし、マリアの心は悲しみの剣で刺し通された。マリア像のハートが剣で貫かれている所以。

コルベ神父は、不思議のメダイを人間の心の中に突破口を開く「弾丸」あるいは「小さな爆弾」と呼んだ。
 聖母の騎士は、広まっている悪に対して無関心ではありません。あらゆる機会、あらゆる場所、そしていつでも人間の霊魂を毒する悪を心から憎み、それと戦うのです。(p91)
 私たちのすべての活動が完璧なものになるかどうかは、私たちの意向が完全なものであるかどうかに、すべてかかっています。(p150)
 無原罪の聖母は私たちの弱ささえも、より大きな善に変えることがおできになります。これが私にとっての唯一の慰めであります。(p164)
(『無原罪の聖母』―M.コルベ神父のことば集 セルギウス・ペシェク編 聖母文庫 刊より引用)

1%の人間による99%の大衆の支配を許す地球にしてしまうのか。暴力や戦争でもってこの地球を血で紅く染めようとする勢力に平伏してしまうのか。ここはひとつ自らを神に近き者又は神の如き者として、地球に暮らすすべての人間と他の生命を大切にしようではありませんか。今は彼らが世界の主の顔をして生きているが、私たちはその状態を変えることができるのです。それは彼らに対する暴力ではなく、私たちひとり一人の信仰であり、意識の向けどころによって可能となることに氣づきましょう。

1937年1月10日、コルベ神父は一部の修道士に日本で聖母マリアから「確実に天国に行けるという保証を与えられた」、と打ち明けています。コルベ神父は死んではいない、彼は戦って悪魔的な勢力に打ち勝ったのです。それは迷い信じること(迷信)ではなく、信じ仰ぐこと(信仰)の学びと結果でもあります。彼の愛を持って戦う勇氣がここに伝波してきます。

彼に「確実に天国に行ける」と保証したマリアがこの日本に眠り、天使が守護している様子を浮かべてみるなら、この文章をお読みになった方の何人かは新しい目覚めを意識するに違いありません。


大きな笑顔の佳き日曜の午後を

感謝

参考:
流れのままに 「Fatima」 (2014年01月25日)
流れのままに 「Fatima(2)」 (2014年02月28日)

ロイターが、合衆国の著名投資家ジム・ロジャーズ氏に、アベノミクスの行方や日本の株式市場についてインタビュー(2月25日)。わが日本と私たち日本人のポジションを的確に把握し、あり方・生き方を見極める時の参考にしたい。

【ポイント】
Q:日本についてうかがいます。アベノミクス2年目をどう思いますか?
A:安倍氏は大惨事を起こした人物として歴史に名を残すことになるでしょう。これから20年後に振り返った時に、彼が日本を崩壊させた人物だと皆が氣づくことになるでしょう。

Q:中国は今、安定成長路線へと舵を切ろうとしています。成功しますか?
A: 中国は成功例のひとつで、おそらく、この30年で最も成功した国と言えるでしょう。が、問題も多い。しかし習近平は、問題が起こった時、どう解決するかは“市場が決める!”と言った。中国共産党がそう言ったんですよ。官僚ではなく市場が決めると。これは素晴らしい!

Q:習近平氏と安倍氏にどんな成績をつけますか?
A:安倍氏は落第(F)です。習近平氏は現段階ではBですね。


閑話休題(それはさておき)

まどさん死去:命の輝き、子供へ…100歳超えても創作
(毎日新聞 2014年02月28日 11時25分(最終更新 02月28日 18時56分)
まどみちお氏
 「ぞうさん/ぞうさん/おはなが ながいのね」。28日、104歳で亡くなった詩人、まど・みちおさんの代表作の一つ「ぞうさん」(作曲・団伊玖磨)は、1952年にNHKラジオで初放送され、瞬く間に国民的愛唱歌となった。
 この歌詞の意図についてまどさんは後年、詩人で小説家の阪田寛夫氏(故人)の問いに答えて、「ぞうに生まれてうれしいぞうの歌」と説明した(「まどさんのうた」阪田氏著、童話屋)。鼻が長いねと悪口を言われた時に、一番好きな母さんも長いのよと、誇りを持って返したというのだ。
 人も動物も地球上のすべての存在がそれぞれに尊く、あるがままの姿が大切なのだ、という思いを強く抱いていたまどさん。子供たちにも分かる易しい言葉で命を輝かせる作品を多く手がけた。
 創作意欲も旺盛で、100歳を超えても入院生活の中で絵を描いたり詩の創作に取り組んだりした。
 9歳で台湾に渡り、土木技師として台湾総督府に勤務。太平洋戦争中は南方を転戦。その間、戦争協力詩2編を制作していたことが後に研究者によって明らかになり、まどさんは痛惜の念を隠さなかった。
 92年に出版した「まど・みちお全詩集」には該当の2編を収録したうえで、「あとがきにかえて」として「昔のあのころの読者であった子供たちにお詫(わ)びを言おうにも、もう五十年も経(た)っています。懺悔(ざんげ)も謝罪も何もかも、あまりにも手遅れです。(略)私のインチキぶりを世にさらすことで、私を恕(ゆる)して頂こうと考えました」と記し、話題となった。
 まどさんは近年、アルツハイマー病などで東京都内の病院で入院生活を送っていた。一昨年ごろから手が動かしづらくなったが、看護師に頼んで日々の新発見を日記に書きとめていた。【山崎明子、内田久光】http://mainichi.jp/select/news/20140228k0000e040205000c.htmlより転載









参照:http://www.mado-michio.com/

日本人青年ヤマトタケシと聖者ダイバ・ダッタの魂が合体して生まれた愛の戦士・レインボーマンは、七つの化身に変身し、様々な超能力を駆使して、平和のために戦う。変身時の呪文は「あのくたら さんみゃく さんぼだい(阿耨多羅三藐三菩提。阿弥陀経、妙法蓮華経、般若心経といった経文の一節。仏教における最高の正しい悟りの意=無上正等正覚〈むじょうしょうとうしょうがく〉;サンスクリット語の anuttara samyaksambodhih )」を三唱した後、「レインボー・ダッシュ・(化身の名前)!」と叫ぶ。化身の名前は、世界を構成する陰陽五行の木・火・土・金・水に日(太陽)と月を加えた七曜に基づき、ダッシュ1〜7までの順序は、月曜日から日曜日までの曜日の並びと同じ。
※「行けレインボーマン」 作詞:川内康範 / 作曲:北原じゅん


『ウルトラセブン』は、1967(昭和42)年10月1日〜1968(昭和43)年9月8日までにTBS系で毎週日曜日19:00〜 19:30に全49話が放映。
※「ウルトラセブンの歌」 作詞:東京一 / 作曲・編曲:冬木透


1885年9月30日、シカゴ・ホワイトストッキングス(現シカゴ・カブス)の優勝がかかった試合。7回にホワイトストッキングスの選手は平凡なフライを打ち上げた。しかし、このフライが強風に吹かれてのホームラン!このホームランがホワイトストッキングスの優勝を決めた。その日、勝利投手がこの強運を「ラッキーセブンス」(幸運な第7回)と表現。これが「ラッキーセブン」の用法の語源だという。メジャーリーグベースボールでは、7回裏の前に「Seventh-inning stretch」と呼んでいる休憩時間がある。その時、「Take Me Out to the Ball Game(わたしを野球に連れてって)」をスタジアムの皆で歌うことが慣習となっている。


さあ、今日から7日間、大きな笑顔で邪氣を払って参りましょう。

2014.3.3   感謝

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