流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一四年卯月

モスクワで発生した幻日。大空に3つの太陽が現れた。2014年1月19日撮影のようだ。

出雲大社での光景。2つの太陽(幻日)、光の輪(内暈・うちがさ)そして逆さまの虹(環天頂アーク)の3つを目にできる。大空をキャンバスにして珍しい光景が映し出された。2013年10月17日午後3時半頃の景色だという。



閑話休題(それはさておき)


一昨日、久々にI.U.氏から電話をいただいた。彼はニューヨーク州立大学時代の同窓。今は、在沖縄合衆国海兵隊の基地でリエゾン・オフィサー(渉外官)として仕事している。真摯な彼は、毎週地元住民と共に海兵隊員たちも学ぶ英語クラスのテーマを何にしようか、頭を悩ませている。次回は『貧困』。そこで、日本社会の指標には「poverty line(貧困線)」が存在しないのは不思議だという話になった。それは、生活に必要な最低限の物を購入することができる最低限の収入水準にあることを表す統計上の指標。

合衆国連邦政府が設定した2012年の貧困線は、5人家族で2万7010ドル。合衆国社会保障局(Social Security Administration)が2013年11月11日(現地時間)に公表した統計によれば、一昨年1年間の賃金所得が3万ドルに満たない労働者は、全体の半数以上(8170万人;対象所得者は1億5360万人)にのぼる。労働者の半数弱が貧困線以下であり、貧困と位置付けられる。

日本の場合は、等価可処分所得の中央値の半分を貧困線とし、平成21年は112万円(実質値)であった。「大人が一人の世帯員」は半数が貧困線以下。(参考:平成22年国民生活基礎調査の概況「7 貧困率の状況」)しかしながら、日本には貧困の定義がなく、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(憲法25条)に必要とされる生活保護基準が実質的な公的貧困線となっている。その金額は、標準3人世帯(33歳、29歳、4歳;東京都区部など1級地-1)で年収約204万円。同じ標準3人世帯でも、地方郡部など3級地-2だと、年収約160万円となり格差がみられる。日本政府は貧困をクリスタライズ(実体を明らかにすること)して、貧困の存在を認めて、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(憲法25条)という日本国家としての社会的使命を担う必要がある。にもかかわらず、一昨年ころから、「生活保護基準以下の所得で暮らす人々がいるのだから生活保護費を引き下げよ」という主張が国会議員らにより開陳され始めた。日本に貧困層があることは明らかなのに、貧困を撲滅するという使命が希薄だ。そればかりか、生活保護基準が担う公的貧困線の意義を憲法25条から遠ざける。(参考:厚生労働省 生活保護制度

神戸大学准教授の関根由紀女史が、2007年に『日本の貧困−増える働く貧困層』と題して、白眉な問題提起をなさっている。彼女が7年前に指南なさったことを日本社会は今も受け入れていない。
日本には公式な「貧困ライン」が存在しない。また政府は, 日本には現在深刻な貧困問題は存在しないとの見解から, 貧困調査を行っていない。しかし実際に貧困は日本においても深刻な問題となりつつある。失業は貧困の直接的な要因である。完全失業率は, ここ数年で再び低下傾向に転じてはいるが, その一方で雇用市場は大きく変化しており低賃金,低保護の不安定な非正規雇用が安定的な正規雇用に置き換わり, 拡大している。特に若年失業, 母子家庭の母親など稼動年齢にある者は, 就労機会の確保が困難であるうえに就労しても十分な生活費を得られない, いわゆる「働く貧困層」となる危険を抱えているが,最近まで, 最後の救貧制度である生活保護行政は, 障害, 高齢などで就労が不可能な者に保護の対象を厳しく限定し, 就労可能と見られる者には保護を行わない運営を行ってきた。しかし近年, 上述のように雇用市場の変化により就労による生活維持基盤が脆弱な者の数が増加し, 中高齢者の失業は長期化傾向にあり, 雇用保険の受給期間中に再就労できない場合が増えている。厚生労働省はこのため「稼動能力の活用」の要件により保護を必要とする者を排除することのないよう実施する指導をしているが, 他方で十分な財政確保がされていない。国の防貧, 救貧政策はあくまでも就労機会の確保による経済的, 社会的「自立」を図ることだが, これは被保護者の「自立能力」を問題としたパターナリスティックなアプローチであり, 現在の貧困問題のごく表面的な解決策でしかない。労働・雇用の質的向上と基礎的な生活保障の確保を図らなければ潜在的貧困が増加する。

おわりに
 本稿を, 在外研究中のパリで仕上げている。近年フランスに来るごとに感じることは, 街中や地下鉄の中に野宿者, 物乞いをする人が多いことである。
 福祉の発達したこの国でも貧困は深刻な問題であり, 大統領選挙中の候補者の公約・討論の中でも中心的な課題となっている。
 それとは対照的に日本では, 道で物乞いをする人は見当たらない。ホームレスの人々も, 自ら廃物回収などから僅かな収入を得つつ食いつなぎ,物乞いをする姿は見たことがない。日本では貧困は見えにくい。しかしその一方で生活保護を受給できずに困窮して餓死してしまったという, 信じがたく, 悲惨な事件をしばしば耳にする。生活保護受給世帯は2004 年に100 万世帯を越え, 受給者数は百三十数万人となっており, 生活保護制度の捕捉率を仮に20%とした場合, 最低生活基準程度の所得しか得ていない世帯数は約5 倍の500万世帯ということになる。
 若年失業も上昇しており, 雇用も不安定化し,人口構造的にも少子化高齢化は将来の社会保障財政を圧迫し, 貧困の潜在的要因が揃っている。
 このような状況に対し, 政府は貧困問題を軽視し, 正確に調査・分析するための指標は曖昧なままで, 問題の存在を認めることに消極的に過ぎると言わざるをえない。
 保護行政の実施においても, このような姿勢が現れている。例えば受給対象者を極端に制限することは, 社会福祉財政を抑制するという目的以外に, 社会的弱者の存在や貧困問題を最小化させるという結果ももたらす。保護受給者に対する勤労義務の強調や, 厳しい就労指導は, 困窮状態に陥ったことが一次的に当事者の欠陥, 過失によるものであると捉え, 強調し, 社会構造, 経済構造の中に潜むその他の貧困の要因を追求することを阻害する。
 保護受給者, 及びホームレスの社会的, 経済的「自立」支援策は有効であり, 政策上正しいが,他方である意味においては「自立」した生活を独自に営むことに失敗したと判明した者に対するパターナリスティックな措置制度としての性格を有することも否定できない。
 政府は現在, 貧困問題を過小評価し, 認知していないような印象を与えている。しかし日本における貧困の規模, 社会経済構造的要因, 望ましい対策について, 正面から取組むことは急務となっており,その第一歩として, 調査, 研究を行う指標として, 政府が認める公的貧困ラインを定めることが望ましい。
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/06/pdf/020-030.pdfより転載

昨年2013年、同志社大学社会学部特任助教の山村りつ女史は、『子どもの貧困をどう捉えるべきか』と題して新たな視点から日本の貧困について提言なさった。子らの貧困は日本社会の未来につながる問題であり、私たち日本の民衆にクリスタライズされる必要がある。
2 .子どもの貧困の指標
 どの程度の子どもが貧困状態にあるのか、ということを示す際によく用いられるのが、さまざまな国際機関によって算出されている子どもの相対的貧困率である。この指標によれば、2010年国民生活基礎調査で示された値で日本の子どもの相対的貧困率は15.7%とされ、また同時に、これがひとり親家庭に限った場合には50.8%に上ることも、これまでたびたび指摘されてきた点である。
 これらの数値は等価可処分所得の中央値の半分の値を貧困線として、それよりも所得の低い世帯の割合として算出される。その結果示されたこれらの値が高いのか低いのか、ということが議論における次の展開となるわけだが、そこでよく登場するのが、他の国々との比較による整理である。たとえば、日本政府が「平成23年版子ども・若者白書」で示した内容によれば、わが国の子どもの相対的貧困率は30か国中第12位(ちなみに全体では4位)であり、先進諸国のなかでは5本の指に入る勢いであるというものだ。さらにひとり親家庭の場合については、こちらはすでにその数値自体が高いといえる水準にあると思われるが、さらに先ほどの順位が第1位に上がり、アメリカよりも高い数値となる点などが指摘される。つまり、豊かなイメージのある日本の貧困率が、それほどまでに高い水準にあることが問題だ、ということである。
 これらの数値は、ひとつの情報として非常に意義のあるものであるし、信頼性のあるものでもあるだろう。特にひとり親家庭の貧困率約50%という数値は、大きなインパクトを与えるものである。しかしながら、この数値からもやはり子どもの貧困の実態はみえてはこない。もちろん、そもそもこれが、そういったものを示すための調査データではないということもある。だからこそ、この数値だけをみても、おそらく多くの人は自分の身の回りから得る実感との齟齬を感じるのではないだろうか。実際に、それほど多くの貧困世帯で暮らす子どもがこの国にいるのだろうかと。
 この貧困率と呼ばれる数値が示すのは、平均所得の半分以下の所得で生活する子どもの割合である。しかしながら子どもの貧困の実態を捉えるには、それではその平均所得の半分以下での生活とはどのようなものなのだろうか、という問いに答えなければならない。(後略)

5.わが国の実情を踏まえて
 これまでにあげてきたような貧困状態が子どもに与える影響は、基本的に日本を含むさまざまな地域に共通したものと考えることができる。しかしながら、この問題への対応には、たとえば貧困世帯の親の就労率の高さなどの個別の特徴にも配慮が必要だといえるだろう。特に貧困世帯に育つ子ども達を取り巻く環境として、わが国に特徴的といえる事象が、施設ケアによる社会的養護の割合の高さであるだろう。いわゆる児童養護施設でのケアの存在である。
 家庭での養育が難しい子どものケアについては、一般に大きく分けて里親などの家庭的環境でのケアと、児童養護施設などの施設でのケアが存在する。わが国は、この両者の割合において施設ケアの割合が非常に高いことが知られているが、実は貧困であることは、子どもの養育が難しいとする主要な理由の一つとなっている。また社会的養護を要する別の理由である児童虐待なども、その家庭の経済状態と必ずしも無関係でないことが推察される。つまり、児童養護施設で生活する子ども達もまた、世帯における貧困状態の影響を受けている子ども達ということができるのである。
 児童養護施設での生活は、低所得の家庭のなかでの生活とはまた異なる影響を子ども達にあたえる。時には必ずしも物質的な不足が感じられないような環境もあるかもしれない。しかしながら彼らはそれ以前に家庭生活を剥奪された状態ともいえ、その影響は計り知れない。近年では児童養護施設で育った子ども達の施設退所後の生活のつまづきについて、施設などが中心となって統計的な資料が作成される例も増えている。このような課題については、現在のところ施設でのケアをどのようにするべきかという施設内部の課題として多くは捉えられているが、同じ子どもの貧困の問題として、社会としてこの課題にどう取り組んでいくべきかという視点が求められるだろう。
 子どもの貧困の問題は、わが国において現在進行形の課題であり、また未来につながる問題である。また、彼らの養育者である大人の貧困の問題でもあり、そこには労働や子育てにおける問題がかかわっている。現在のわが国の社会的構造の在り様が貧困状態にある子ども達を生み出し、またその構造によって次の世代の子どもの貧困が引き起こされている状況がある。これらの点を鑑みれば、子どもの貧困に纏わるさまざまな問題の解消には、現在貧困状態にある子ども達のケアという側面と、その社会的構造の変革という側面の両者における効果的な取り組みが求められるといえる。
www.iewri.or.jp/cms/docs/201311_12tokusyu1.pdfより転載

1959(昭和34)年の今日4月30日朝、永井荷風は市川市八幡町の自宅で遺体で発見された。胃潰瘍に伴う吐血による心臓麻痺と診断。傍らに置かれたボストンバッグの中には、総額2334万円越の銀行預金通帳と現金31万円が。全財産を常に持ち歩くという習慣の通りであった。享年79歳。享年100歳で昇天なさった新藤兼人監督は、荷風の研究家としても知られた。彼は、荷風が浅草で食べた最後の食事は「アリゾナ」ではなく蕎麦屋の「尾張屋本店」ではなかったかという疑問を呈した。荷風研究家の松本哉氏は『永井荷風のひとり暮らし』(1999年・朝日文庫)で彼の説を支持した。新藤監督はこんな言葉を残してくれた。
人は老いれば、老いというものの中にいろんな問題を抱えます。金銭的に恵まれないとか、健康を害するといったことです。しかし、生き方の成り行きの中でそれらにまみれて自滅していくのはやはり悲しい。できれば、闘いながら終わっていきたい。そのためには何のために生きるかという自分の意志や個性、生き方をしっかり持っていなければならないと私は思います。


大きな笑顔の佳き水曜日を

感謝

19日(土曜日)の午後10時、茨戸から札幌駅へ車を走らせていた時のことであった。2卆茲瞭酖35度上空から白光体が突然現れ、南西45度下方へ急降下して消えた。夜空に4秒間、その流れ星(隕石)は輝いた。ワイフと私は、その迫力に圧倒された。下の写真に瓜二つであった。
ムールマンスク州の閃光
http://japanese.ruvr.ru/2014_04_21/271461037/より転載

諸葛亮は自らの陣営で紅い大きな流れ星を3度見て、自分の死を察知した。これは『三国志演義』のお話し。『マッチ売りの少女』で、作者のアンデルセンは「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴」と少女の亡くなった祖母に語らせている。このように死と結び付ける場合もある。

ワイフが、「何かお願いした? 3度願い事を唱えると、その願いが叶うのよね」と私に尋ねる。だから、布置(Constellation)について語った。

夜空に光る星々。小局的に見るなら個々の星は、各自「恒星」に過ぎない。しかし、大局的に見ると、「星座(Constellation)」として形を作り上げている。心の中の状況と外的に起こることがうまく合致して、全体として何かが星座のようにまとまることを「コンステレーション」と呼んだのは、ユングであった。この人生では、納得できない出来事を受け入れたり、予期せぬ出来事によって混乱してしまうことが多々ある。若い時代は、その渦中に心身を置き、その小局へのみ意識を向けるので、悩みの世界へと迷走してしまう。年を重ねるに従い、大局的な意識が作動して全体が見え、納得しがたい出来事であっても、佳き未来に向けての契機に過ぎないと覚える。あぁ・・・この体験は、己が成長に必要で、大切なものなのだと分かる。ユングが大病して死線を乗り越えた後に、存在するものや己が運命に「ヤー(Yes)」ということがどれほど大切かを初めて理解できたと話した所以。

ヨーロッパの昔ばなしにも、布置を見ることができる。聖母マリアの祭日に、ひとりの曲芸人が「私には何も捧げるものがありません。でも・・・」と心に願い、一晩中、聖母像の前で芸を披露して捧げた。すると、そこへ聖母マリアが現れ、この捧げものを受け取ったという。日本の「お茶断ち」やその他の「断ち物(たちもの)」も、流れ星に3度願い事を唱えることと同様に、布置(Constellation)として見ることができる。私たちを取り囲む事象のめぐり合わせに、積極的にかかわり、己が役割を果たす呪術(Sympathetic magic;Imitative magic)でもある。

でも、小さな子に話すときは別。流れ星は一瞬の出来事。流れ星を見た時に、すぐに「願い」が出てくるのは、いつもいつも、それが叶ってほしいと心に強く思っているから。そして、3回もその「願い」を繰り返すには、心の底から叶ってほしいと強く思っているから。それほどまでに、強く思っている願いは、いつか叶うのですよ。

ここまで話して、助手席のワイフを見る。閉じた瞳で夜空を眺めている。
返答がない所以。


閑話休題(それはさておき)


歓迎のムードを感じさせない合衆国大統領オバマ氏の国賓来日。異常なまでの厳戒態勢のために、東京では多くの市民が迷惑している。不仲が噂されるミシェル夫人は、「ファーストレディーとしてだけでなく、母親としての責任に集中している」(ローズ大統領副補佐官)から来日しない。2009年の大統領就任以降、外遊に夫人が同行したのは32回中9回のみなので、例外でもないだろう。在日合衆国大使館に隣接するホテル・オークラが地下でつながっていることはオープン・シークレットだが、迎賓館ではなく、そこを宿泊先に選んだのは特別な理由がありそうだ。不穏な動きを察知してのことであろうか。
オバマ大統領の来日は異例ずくめ 過密日程でも明治神宮参拝…
 国賓として来日するバラク・オバマ米大統領を乗せたエアフォースワン(大統領専用機)は、4月23日午後7時に羽田空港に到着する。
 今回のオバマ来日は異例ずくめだ。
 まず、ミシェル夫人を同伴しないことだ。従って、24日午後7時から皇居で催されることになっていた天皇、皇后両陛下主催の晩餐(ばんさん)会は、天皇単独主催に変更された。相対が原則なので皇后は出席しない可能性がある。
 次は、宿泊所である。外国の国王、大統領、国家主席など要人が国賓として来日する場合、東京・赤坂の迎賓館に宿泊する。だが、今回は米側の要請により、オバマ一行は虎ノ門の在日米国大使館の隣にあるホテルオークラに泊まる。
 こうした異例の接遇となったのは、ビジネスライクなオバマ大統領の性格と無縁ではない。実務的なトップ会談を嗜好するのだ。
 「国賓」を英語表記すると「a guest of the state」である。「公賓」は「a guest of the government」になる。
 国賓は日本国のゲストなので、儀仗(ぎじょう)隊の栄誉礼および両国国歌演奏などの歓迎式典、天皇との会見、宮中晩餐会などが慣行になっている。昨年6月のオランド仏大統領、今年3月のサン・ベトナム国家主席も国賓として来日、こうした行事をもって接遇された。
 今回は事実上の公賓待遇である。それにしても、安倍官邸と外務省(斎木昭隆外務事務次官・1976年入省)は望んでいた2泊3日の日本滞在が実現、胸をなでおろしたのは事実だ。
 それだけではない。オバマ来日のギリギリまで米側と折衝していることがある。到着する23日夜に安倍晋三首相がオバマ大統領を招いて非公式な夕食会を同ホテルで開催したいというのだ。
 24日午前10時からの日米首脳会談を前に、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉での日米決着に関する“擦り合わせ”をやっておきたいというのが本音ではないか。
 安倍首相、菅義偉官房長官、オバマ大統領、スーザン・ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)に限定したインナー会合である(もちろん、オランダ・ハーグでの核安全保障サミット時に短時間、安倍・オバマ会談を行った際の通訳は同席する)。
 もう1つ、異例がある。未公表だが、24日午後に明治神宮を訪れるのだ。超過密な日程のオバマ大統領がなぜ、明治神宮参拝なのか理由が分からない。果たしてサプライズがあるのか。 (ジャーナリスト・歳川隆雄)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20140422/plt1404220830002-n1.htmより転載

ワカタカ
1932年の今日、目黒競馬場で日本初のダービーが開催。1929年生まれのワカタカ(写真)が優勝した。騎手は森町出身の函館孫作(1889〜1959)。レース前に、調教師の東原玉造が騎乗について細かい指示をしたが、「ごちゃごちゃ言うな。お前とオレとじゃ腕が違う。今日のレースはオレにまかせとけ」と言い放ち、意表を突いた逃げ切りで勝利を手にした。孫作の父が函館大経(1847〜1907)の弟子だった縁で、彼は6歳のとき大経に弟子入りし翌年騎手デビュー。大経の実弟・函館大次の弟子であった私の祖父は、1939年(昭和14年)の第5回天皇賞に出馬した

午年の日本ダービー記念日に


大きな笑顔の佳き木曜日を    感謝

日本の平和の鐘
写真は、国連本部にある「日本の平和の鐘」。今日は、私たち民衆が暮らす環境について広く考えたい。→Earth Day

隣国では多くの高校生が大惨事に見舞われた。氣の毒だ。
謹んで、哀悼の意を表します。
韓国沈没船の死者64人に、朴大統領「殺人に等しい」と船長ら非難
(ロイター 2014年 04月 21日 14:34 JST)
[珍島(韓国) 21日 ロイター] -韓国南西部沖で修学旅行中の高校生らが乗った旅客船「セウォル号」が沈没した事故で、朴槿恵大統領は21日、船長のイ・ジュンソク容疑者(69)と乗員の行動について「殺人行為に等しい」と非難した。聯合ニュースが伝えた。
 目撃者らは、イ容疑者を含む一部の乗員が、乗客より先に船から脱出したと話している。聯合ニュースは大統領が側近に対し、「船長と一部乗員の行動は常識では理解し難く、許されるべきではない殺人のようだ」と述べたと報じた。
 事故ではこれまで64人の死亡が確認され、依然として238人が行方不明となっている。イ容疑者と乗員2人は19日に逮捕され、21日はさらに乗員4人が逮捕された。
 事故発生当時の交信記録によると、管制センターはイ容疑者に対し「乗客を避難させる最善の方法を考えるよう」伝え、「避難すべきかどうかの最終的な判断は船長が下すよう」指示した。
 韓国のテレビ局OBSによると、イ容疑者は2010年の宣伝用ビデオで、乗員の指示に従っている限り乗客は安全だと発言していた。
 乗員乗客476人を乗せた同船は16日、南西部の沿岸から約20キロの沖合で転覆。目撃者の話では、急旋回後に大きく傾き沈没した。乗客には、修学旅行で済州島へ向かっていた生徒や教師ら339人が含まれていた。転覆の理由は明らかになっていない。http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA3K03X20140421より転載

船長と乗員も氣の毒だ。大統領からは殺人行為に等しいと非難されたが、管制センターとのやり取りを見ると、最善を尽くしたように見える。
沈没直前 管制センターとの主なやり取り
(NHK 4月21日 0時46分)
旅客船「セウォル号」
韓国の旅客船「セウォル号」が今月16日に沈没した事故で、沈没直前に旅客船とチンドの海上交通管制センターが交信した内容が公開されました。
以下は、その主なやり取りです。

午前9:07
船:チンド海上交通管制センター、セウォル号です。
管制:セウォル号、セウォル号、こちらチンド海上交通管制センター。
貴船は現在、沈没中ですか。
船:はい、そうです。
海洋警察を早くお願いします。

9:10
船:チンド海上交通管制センター、こちらセウォル号。
管制:こちらチンド海上交通管制センター。
船:私たちの船は傾いていて、すぐに倒れそうです。
管制:貴船の乗船者はどのような状況ですか。
近くの船舶が全速力で貴船に接近中です。
船:とても傾いていて、ほとんど動くことができません。

9:12
管制:セウォル号、今、乗船者たちは救命ボートに乗っていますか。
船:いいえ、まだ乗れずにいます。
現在、船が傾き、動くことができません。

9:13
管制:現在、乗船者は何人ですか。
船:450人です。
500人ほどです。
管制:現在、近くの船舶が向かっています。
船:早く来てください。

9:14
管制:セウォル号、現在、乗客たちは脱出可能ですか。
船:現在、船がとても傾き、脱出は不可能です。
管制:警備艇、漁船と連絡をとって、そちらに向かっているところです。

9:17
管制:セウォル号、感度はありますか。
現在、浸水の状況はどうですか。
船:現在、50度以上、左舷側に傾き、人が動くことができない状態です。
船員にも救命胴衣を着て待機せよと言いましたが、実際に着たのかどうか、確認するのも不可能な状況で、船員たちもブリッジに集まって、動くことができない状態です。
早く来てください。


9:18
管制:はい、分かりました。
セウォル号、現在、どれぐらい浸水していますか。
船:それも確認できません。
コンテナ数個が落ちたのを船首で確認していますが、動くことができず、ブリッジで1歩も動けない状態で、壁をつかんで耐えている状態です。

管制:近くの船舶が接近中です。
船:はい、分かりました。

9:21
船:海洋警察の救助は来ていますか。
来るのにどれくらいかかりそうですか。
管制:セウォル号、近くの船舶が接近中ですが、横付けできない状態で待機中です。

9:22
船:海洋警察が来るのにどれくらいかかりそうですか。
管制:少し待ってください。

9:23
管制:警備艇の到着まで15分です。
乗客に対し、救命胴衣を着用するよう、船内放送をしてください。
船:現在、船内放送も不可能な状況です。

9:24
管制:放送ができなくても、最大限、出て行って、乗客たちに、救命胴衣を着けて厚着するよう指示してください。
船:本船が乗客たちを脱出させたら、救助がすぐにできますか。
管制:救命浮き輪でも着用させて脱出させてください。
早く。

9:25
管制:セウォル号、乗客脱出は、船長が直接判断して、乗客を脱出させてください。
私たちはそちらの状況が分からないため、船長が最終判断をして、乗客を脱出させるか、早く決めてください。

9:26
船:そうではなくて、今、脱出したら、すぐ救助できるのか聞いたのです。
管制:警備艇が10分以内に到着します。
船:10分後に到着するのですか。
管制:はい、10分程度かかります。
10分。

9:27
管制:セウォル号、1分後にヘリが到着予定です。
船:よく聞こえません。
ゆっくり、はっきりと話してください。
管制:1分後にヘリが到着予定です。
船:もう1度、言ってください。
管制:すぐにヘリが到着予定です。

9:28
船:乗客がとても多いので、ヘリではだめだと思います。
管制:ヘリも到着しますし、近くにいる船舶も接近中なので耐えてください。

9:37
管制:セウォル号、セウォル号、こちらチンド海上交通管制センター。
船:はい、セウォル号、セウォル号です。
管制:現在、浸水の状況はどうですか。
船:浸水の状況は分かりません。
海洋警察とほかの船舶は50メートルまで接近し、乗客は左舷側からの脱出を試みています。
船内放送はしましたが、左舷側に移動するのも難しい状況です。
管制:分かりました。
船:船が60度ぐらい左舷側に傾いている状態です。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140421/k10013889981000.htmlより転載

沈没の原因は、合衆国の原潜であろうか。軍事マターの特徴は、生命の尊重を最優先にできないこと。韓国政府が日本政府からの救援申し出を断った所以。
韓国フェリー沈没事故、米海軍ボノム・リシャールが待機
(配信日:2014/04/17 12:20)
 アメリカ海軍太平洋艦隊は、2014年4月16日に韓国の珍島(チンド)南西沖で起きたフェリー沈没事故に対応して、強襲揚陸艦USSボノム・リシャール(LHD-6)を救助のために待機させていると発表しました。
 ボノム・リシャールは佐世保に前方展開している強襲揚陸艦で、現在沖縄の第31海兵遠征隊(31MEU)を搭載してパトロール航海中でした。同艦はMV-22BオスプレイやUH-1Yベノム、CH-53EスーパースタリオンなどのVTOL機やヘリコプターを搭載するほか、上陸用の小型舟艇を搭載しています。
ニュースURL: U.S. Pacific Fleet - USS Bonhomme Richard on Call for Korean Ferry Rescue Efforts
http://flyteam.jp/aircraft/bell-boeing/v-22/news/article/34329より転載

参考:http://horukan.com/blog-entry-677.html


閑話休題(それはさておき)


なぜNatureなのか、という問いかけも必要。
ノーベル賞受賞者が学術雑誌をボイコットする理由
(WIRED 2013.12.20 FRI)
ノーベル医学生理学賞を受賞したばかりのランディ・シェックマンが、『Science』『Cell』『Nature』を攻撃している。「彼らは研究を商品化して、研究者たちが結果を修正するように追いやり、科学を台無しにしている」と。
TEXT BY MICHELA DELL’AMICO  TRANSLATION BY TAKESHI OTOSHI
WIRED NEWS(ITALIA)
ランディ・シェックマン
 「科学は危機に晒されている。閉鎖的なカーストの手に握られ、独立性があるとはいいがたく、もはや信頼できない」
 こう語っているのは、細胞内分子輸送を制御するメカニズムの発見によりノーベル医学生理学賞を受賞したばかりのアメリカ人生物学者、ランディ・シェックマンだ。
 反カーストの新しいシンボルとして、シェックマンは以前から議論されているある問題について、激しい非難の声を投げかけている。主要な国際学術雑誌である『Nature』『Cell』『Science』は、独裁者にたとえられている。彼らは科学的重要性よりも、研究のメディア的なアピールを基準にして出版を行う。研究者の側もその権威のため、掲載してもらうために、何でもする(自分たちの研究結果の改変さえする)傾向があるという。
 シェックマンの見解によると、こうした雑誌は政府や機関の選択に影響を与えて、ひとりの研究者やひとつの研究の運命を変えることができる。しかし彼の研究室(カリフォルニア大学バークリー校にある)は、こうした雑誌をボイコットするだろう。彼は『ガーディアン』紙にそう語った。今後はどのような種類の論文も提出するのをやめる。雑誌側は自分たちの威信を濫用して科学的プロセスをねじ曲げていて、科学のために打ち砕かれなければならない圧政となっている。少なくとも彼はこのように考えている。
 シェックマンが強調したように、自分の研究がこうした雑誌に掲載されるのを見たいという誘惑は、研究結果を改変して、より魅力的で「流行」に合ったものにするように研究者たちを追いやっている。こうしたことにより、トレンディではないけれど科学の進歩のために決定的となる発見が犠牲となるかもしれない。
 シェックマンは編集者をも攻撃する。彼らは科学者ではないので、研究の内的価値よりもスクープを優先して考えるというのだ。まずお金で、研究はそのあとなのだ。
 彼によると、こうした雑誌に掲載される栄誉のために、中国科学アカデミーのような機関が、専門性にかかわらず論文が掲載されるという大仕事に成功した研究者に3万ドルも支払っている。そしてこうした報奨金が、給料の半分にもなる人もいる。
 シェックマンは科学コミュニティのすべてのメンバーに、このつくり上げられた秩序を拒否して、むしろオープンアクセスを支持するように誘っている(彼が何年も前からeLifeのサイトに対して行っているように)。「ウォール街が莫大な給料を払う文化をやめなければならないのと同じように、科学は贅沢雑誌の圧政に従うのをやめなくてはなりません」。
 「わたしたちは140年以上、科学的重要性を基準にして出版すべき研究を選択してきました」と、『Nature』の編集長、フィリップ・キャンベルは答えた。「わたしたちが著者や批評家から受ける支持が、わたしたちが必要としている唯一の裏付けです。このことは、ある種のメディア的な成功をもたらすことがあります。しかしわたしたちの編集者たちは、これを仕事の目的とは考えていません」。
 とはいえ研究の信頼性が、それを出版する雑誌を通して得られることは間違いなく事実だ。当のNature Publishing Groupが、最近2万人以上の研究者に対して行ったアンケートの結果を発表した。それによると、自分の研究を提出する雑誌を選ぶために重要と判断されている基準は、雑誌の評判、彼らが研究をしている分野にどれくらい重要性が与えられているか、そしてインパクトファクターだという。最後のものは「求心力」、つまりある研究が一般的な関心や、メディア的な露出を引き起こすことのできる可能性のことだ。
http://wired.jp/2013/12/20/randy-schekman/より転載


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