流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一五年師走

静かな朝の札幌です。
いかがお過ごしでしょうか。

宇宙では、その構成要素である「地」・「水」・「火」・「風」・「空(スペース)」・「識」(人間の意識)の六大が、お互いに助け合うことで常にかかわり合っている。

空海はそれを、即身成仏にことよせてこう書いた。
六大無礙(ろくだいむげ)にして、常に瑜伽なり  
四種曼荼(ししゅまんだ)各々離れず
三密加持(さんみつかじ)し、速疾(そくしつ)に顕わる
重々帝網(じゅうじゅうていもう)なるをして、即身と名づく

フラクタル
個々には異質な要素が集合しているにもかかわらず、全体としては調和がとれているさまをホロニックと呼ぶ。生物は個々の細胞が自主的に活動して独自の機能を発揮する一方で、そうした個が調和して全体を構成している。宇宙の構造も、小宇宙である人体の構造も同様。

空海が宇宙のフラクタル(相似次元)構造に精通し、ホロニックな関係に注目したことは、「帝網」という言葉を使っていることから明らか。彼の想像力は、天の網の結び目にある宝珠に全光景が鏡映し合う姿を想い浮かべている。サンスクリット語を語源とする「宝珠」は、「意のままに様々な願いをかなえる宝」「想いのままにコミュニケートできる宝」という意味。
フラクタル
上図のシェルピンスキーのギャスケット(Sierpinski gasket)はフラクタル図形の1種で、部分と全体が自己相似になっている無数の三角形から成る。

知らず識らず、わが身心を曇らせてしまうことがある。
そんな時、こんなことを考えてみよう。

川をきれいにすると、血管もきれいになるだろう。
地球の水をきれいにすると、血液もきれいにるだろう。
岩石をみだりに切り崩すことなく大切にすると、骨も丈夫になるだろう。
土をきれいにして大切にすると、肉体も丈夫になるだろう。
衣食住を整えシンプルにするなら、身心も整うだろう。
この結構ないただきものの身心、己が宝珠によって想いの限り晴らしてさしあげよう。


佳き年末年始をお過ごしください。
また来年もどぞよろしくお願いいたします。   感謝
サンタクロース
札幌市東区の保育園にて

天皇皇后両陛下H27birthday
(引用開始)・・・・・・
天皇陛下お誕生日に際し(平成27年)
宮内記者会代表質問
問 今年は自然災害などいたましい出来事があった一方,日本人2人がノーベル賞を受賞するなど,明るい話題もありました。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり,新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び,今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられ,パラオをはじめ,国内外で慰霊の旅を重ねられました。また,全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか,玉音盤の原盤や,御文庫附属庫の公開もありました。年明けには,フィリピンへの公式訪問が予定されています。
戦争や平和への思いに触れながら,この1年を振り返るとともに,来年へのお考えをお聞かせください。


天皇陛下

 今年の自然災害としては,まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳(しんだけ)が噴火して,海岸まで達する火砕流が発生し,全島民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが,海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが,まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。
 9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し,8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ,どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により,人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので,多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います。後日,常総市の被災地をお見舞いしましたが,泥水につかった田畑が広がり,苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。
 今年の喜ばしい出来事としては,まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。大村博士の生理学・医学賞は,アフリカや南米で,人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前,オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので,この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。一方,梶田博士の物理学賞は,神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で,ニュートリノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前,スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。
 また,日本製のジェット旅客機が完成し,試験飛行が行われたこともうれしいことでした。かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を,羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。
 今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては,軍人以外の人々も含め,誠に多くの人命が失われました。平和であったならば,社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり,このことを考えると,非常に心が痛みます。
 軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として,民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が,民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き,敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ,海運国として発展していました。私も小さい時,船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが,それらの船は,病院船として残った氷川丸以外は,ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく,輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも,輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ,亡くなった船員のことを思い,供花しました。
 この節目の年に当たり,かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し,ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領御夫妻,マーシャル諸島共和国大統領御夫妻,ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり,そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は,今,激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁(さんごしよう)に囲まれた美しい島々からなっています。しかし,この海には無数の不発弾が沈んでおり,今日,技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり,この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が,島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。
 パラオ訪問の後,夏には宮城県の北原尾,栃木県の千振,長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が,引き揚げの困難を経,不毛に近い土地を必死に耕し,家畜を飼い,生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は,北のパラオという意味で,パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。
 この1年を振り返ると,様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々,戦争を知らない世代が増加していきますが,先の戦争のことを十分に知り,考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。
 私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり,行事の時に間違えることもありました。したがって,一つ一つの行事に注意深く臨むことによって,少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。
 今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。
・・・・・・(引用おわり)http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h27e.html


大きな笑顔の佳き木曜日を  感謝

お子を連れて国会を傍聴しようとした方がいた。残念ながら日本の国会内には託児所がなく、傍聴を諦めたという話を聞いた。日本の議会関係者も訪問する合衆国の上院と下院には、それぞれオンサイトの託児所があり議員・職員が有料で利用している。必要とあらば、議員会館などの部屋が授乳室として割り当てられる。アメリカンスタイルを追慕してきたもかかわらず、この点に関しては未開だ。傍聴者、国会議員とその秘書、職員、報道関係者などが利用可能なオンサイトの託児所設置が望まれる。

若手の国会議員が育児休暇を取ることが話題となっている。もちろん、彼ら国会議員は労働基準法の適用外だが、労働基準法で規定されている産前6週・産後8週の産休は認められるべきだと思う。参議院は2000年に橋本聖子議員の出産をきっかけに規則を改め、欠席を認める理由に「出産」を加えた。衆議院も2001年に導入。

議員は選挙によって民意を託された方々である。その彼らの欠席によって私たちの民意が歪(ゆが)られはしないのか。ここがイッシュ(争点)となって始めて、民主的な議論ができる。それは決められた手続きに従って議会が運営されているかどうか、という本質的な問題。例えば、産休・育休規定を設けずとも、議員代行・代理投票(表決権の委任)・ペアリングなどの制度を導入することで本質的な問題の解決が可能となる。ペアリングはイギリスとスウェーデンの議会にあるが、審議を公平に行うために議員が病欠で採決に参加できないときは、与野党間で話し合い同じ数だけ採決に参加しない制度。各議員が、反対の意見を持つ議員とあらかじめペアを組んで、片方が欠席する時には、他方も欠席するなどのルールを敷き、欠席による投票結果の誤差を修正することで民意を大切にする知恵といえる。

「国会議員の育児休暇」は民主的な議会運営をいかに補完するかということが本質的問題であり、権利の問題のみに矮小しない方が良いだろう。「男性の育児参加が進んでいない現状を変えたい」気持ちは理解できるが、選挙によって選ばれた自分は、育児休暇を取りながら、いかに託された民意を議会に反映させることができるのかを考えてもらいたいと思った。そう願っている。

(引用開始)・・・・・・
自民党若手議員が育児休暇の取得を検討
(NHK 12月22日 4時25分)
国会議員 育児休暇 自民党の若手議員が妻とともに子育てに取り組みたいとして、来年、子どもが生まれたあと、1か月から2か月程度、育児のための休暇を取ることを検討していることが分かりました。衆議院事務局は「男性議員が育児のため、一定期間続けて、国会を欠席した例は聞いたことがない」と話しています。
 この若手議員は、衆議院京都3区選出の自民党の宮崎謙介衆議院議員で、ことし2月、同じ自民党の金子恵美衆議院議員と結婚し、来年2月中旬に初めての子どもが生まれる予定です。
 宮崎議員は妻とともに子育てに取り組みたいとして、子どもが生まれたあと、1か月から2か月程度、育児のための休暇を取ることを検討しています。
 衆議院の規則では、出産の場合には自分で期間を決めて欠席できることになっていますが、育児休暇の定めはなく、宮崎議員は当面、本会議が開かれる日ごとに、議長に欠席届を提出して休暇を取りたいとしています。  衆議院事務局は、「男性議員が育児のために一定期間続けて、国会を欠席した例は聞いたことがない」と話しています。
 宮崎議員は子育て中のほかの自民党議員とともに、来月、勉強会を発足させ、育児のため一定の期間、国会を欠席できるよう、衆議院規則の改正を求めていく方針です
 宮崎議員は、「地元の有権者に怒られるのではないかとか、育児休暇の取得がマイナスに働くのではないかといった不安もあるが、国会議員が率先して取得することで、男性の育児参加が進んでいない現状を変えていきたい」と話しています。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151222/k10010348961000.html
・・・・・・(引用開始)

大きな笑顔の佳き22日を   感謝

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