流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

2016年03月

 またも親の虐待が原因で、中学生が自殺し死亡してしまった。これは、親が親の責任を放棄し、児童相談所が責任を放棄し、学校の担任も責任を放棄したことが原因なのだ。それを社会の問題だとか、(救済)制度があるがうまく機能していない、新しい制度が必要だなどと、他人事のように涼しい顔をしていてはいけない。子を育て護るという責任を放棄した、無責任・欠責任の人々が、いない社会を願わずにはいられない。加害者の親の顔も、釈明会見する学校の校長の顔も学校名も、テレビは伝えようとはしなかった。以下の記事を読んで、涙が止まらない。

(引用開始)・・・・・・
警察や児相指導むなしく 自殺図り2月死亡
(毎日新聞2016年3月22日 11時32分(最終更新 3月22日 12時59分)
 相模原市児童相談所は22日、両親から虐待を受けて児相に通所していた男子中学生が自殺を図り、今年2月に死亡していたと明らかにした。生徒は虐待が続くため保護を求めていたが、児相は「切迫した緊急性がなく、家庭環境は改善の方向に向かっている」として、親の同意なしに強制的に引き離す職権での保護を見送っていた。
 児童相談所は、子どもの安全を確保するために、虐待を受けた子どもを親から引き離し、一時保護することができる。原則は子どもや保護者の同意を得るが、放置すると「子どもの福祉を害する」場合は、職権で強制的に保護する権限を持っている。
 相模原児相の鳥谷明所長によると、2013年11月に生徒の額が腫れて顔に傷があることに当時通っていた小学校の教師が気付き、市に通報した。児相が経過を見ていた14年5月末、生徒は深夜にコンビニエンスストアに「親に暴力をふるわれた」と逃げ込み、警察に保護された。
 児相は両親から事情を聴いた上で虐待事案と認定。虐待をやめるよう両親を指導し、6月から男子生徒と両親を一緒に毎月1〜3回程度、児相に通所させた。それ以降、生徒は児相職員に「暴力をふるわれるので家にいたくない」「児童養護施設に行きたい」などと度々訴えていたが、児相は保護を見送った。
 その後、生徒は10月上旬から親の体調不良を理由に通所しなくなった。児相職員は学校を訪れて面談していたが、生徒は11月中旬、親戚宅で首つり自殺を図って意識不明となり、重度心身障害となった。昨年6月に児相に入所した後、容体が悪化して今年2月末に死亡した。
 厚生労働省は、職権による一時保護について通知で「保護者の反発をおそれて控えるのは誤り」とし、積極活用するよう求めている。鳥谷所長は「一人の尊い命がこういう形で失われたことについて大変深く、重く受け止めている」としつつ、「通所によって親との関係が改善しており、職権で生徒を保護するだけの緊急性、差し迫った状況はないと判断した」などと説明している。【高橋和夫、黒田阿紗子】

児童相談所
 児童福祉法に基づく、都道府県と政令市に設置が義務づけられている機関。2006年から希望する中核市も設置できるようになり、現在全国に208カ所ある。18歳未満の子どもや家庭に関する相談、調査をするほか、虐待を受けた子どもの一時保護なども担当する。15年7月からは児童虐待の全国共通ダイヤル(189番)の対応もしている。 http://mainichi.jp/articles/20160322/k00/00e/040/175000c
(引用終わり)・・・・・・

相模原市児相は昨年、保護中の少女9人を全裸にして所持品検査をするという問題を起こしていた。

(引用開始)・・・・・・
被害少女は1人増え9人 相模原市児相の所持品検査問題
(朝日 2015年12月17日18時55分)
 相模原市児童相談所(児相)で、女性職員が一時保護中の少女を全裸にして所持品検査した問題で、市は17日、検査した少女は8人ではなく9人だったと発表した。児相の担当者は「会見で名簿を見て発表した際に、数え間違えてしまった」と説明している。
 問題が起きたのは8月。児相に設置してある意見箱の記入用紙1枚が紛失したことから、女性職員2人が少女9人を風呂場の脱衣所で全裸にして所持品検査をした。児相では「退所後に非行に巻き込まれないため」などの理由で、一時保護中は子ども同士の連絡先の交換などのやりとりを禁止し、紙類の管理を徹底していた。
http://www.asahi.com/articles/ASHDK572FHDKULOB00R.html
(引用終わり)・・・・・・

社会に制度を創ろうとも、それを機能させるのは私たち人間なのだ。だから、私たち人間が人間を助けようとしない限りは、制度は機能することなく、虐待は減らないばかりか、増えることになるだろう。「仏作って、魂入れず」の例え通り、いちばん肝心なもの−愛(知恵)−が抜け落ちている。それは命を何よりも最優先する生命感・使命感であり、職務を全うする責任感、そして血の通った人間としての悪への勇氣である。

この男子中学生の無事の昇天を祈願する。


大きな笑顔の佳き日曜日を   感謝
sakaki2

人間は寿命が決まっておりますし、病気・貧困・断絶など良くないことがありませんと、
人間(結果)としての本質(原因)を考えることができません。
従いまして、病気は悪いことではない。となります。

イエス様が「貧しき者よ幸いなり」ですね。


N氏との対話

日の出に   感謝
朝陽160324_070139
旭ヶ丘にて東の空を望む@平成28年3月24日午前7時

 Blessed are the poor in spirit, for theirs is the Kingdom of Heaven.
謙虚な人々は幸いです。天の王国はその人たちのものだからです。

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