流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一七年如月

228事件から70年目の節目となる今日、犠牲者の慰霊祭が台南市で開かれる。台湾の弁護士・坂井章氏(1907年1月16日〜1947年3月13日)の勇氣を讃えたい。彼が国民党軍により市中引き回しの上、処刑された大正公園は戦後、民生緑園となり、1998年2月28日に「湯徳章紀念公園」と改められ、彼の胸像が設置された。二つの中国が存在する原因をこの事件から知ることができる。
台湾の若者守った日本人 民衆弾圧「2・28事件」から70年
坂井徳章弁護士 決起断念を説得、自身は処刑死

(西日本新聞朝刊 2017年01月04日 10時43分)
坂井徳章の銅像 戦後間もない1947年に台湾で起きた「2・28事件」。日本に代わって台湾統治を始めた国民党政権が多数の市民を殺害する中、命懸けで民衆を守った男性弁護士がいた。熊本県宇土市出身の父と台湾人の母を持つ坂井徳章(台湾名・湯徳章)。言論統制が長く続いた台湾では詳しく語られてこなかったが、その生涯を描いた本が日台で同時出版された。坂井の命日を「正義と勇気の日」と定める台南市は、事件から70年の節目となる2月28日に犠牲者の慰霊祭を開く。 (台南・中川博之)
 坂井は1907年、日本に統治されていた台湾で生まれた。8歳のとき、交番襲撃事件で警察官だった父を亡くすが、台湾のために尽くした父の思いを継ぐように自らも警察に入り12年間勤務。差別に苦しむ台湾人の人権を守るには弁護士になるしかないと東京に移り住み、苦学の末に司法試験に合格した。
 43年に台湾に戻り、台南市で弁護士事務所を開設。敗戦で周囲の日本人が引き揚げる中、中国から渡ってきた国民党政権から民衆を守ろうと、台湾に残って弁護士活動を続けた。
 事件が起きたのは47年2月28日。政府へ不満を募らせ抗議活動する群衆に向かって警備兵が機銃掃射。人々の怒りは台湾全土に広がり暴動が起きた。政府の凶暴性に気づいた坂井は、大学に出向いて決起しようとしていた学生らを説得。思いとどまらせたことで、その後の容赦ない武力鎮圧から多くの若い命を救った。
 しかし坂井自身は、日本人を首謀者に仕立てたい当局ににらまれ逮捕された。隣の留置場にいた男性によると、坂井は取り調べ中、天井からつるされ、銃床で殴られても、決起しようとした若者の名前を一人も明かさなかったという。
 処刑が行われたのは逮捕から2日後の3月13日。拷問で肋骨(ろっこつ)が折れ、手の指も動かなくなった坂井は、後ろ手に縛られ、処刑場となった台南中心部の公園に連れてこられても悠然としていたという。
 多くの市民が見守る中、目隠しされることを拒否。言うことを聞かせようと蹴りつける兵士にひるまず立ち上がり台湾語で叫んだ。「目隠しは必要ない。なぜなら私には大和魂の血が流れている。もし誰かに罪があるとしたら、それは私一人で十分だ」。さらに日本語で「台湾人、万歳」と高らかに叫んだ直後、3発の銃弾に倒れた。

 戒厳令による言論統制が87年まで38年間続いた台湾では、政府に立ち向かった坂井のことを詳しく知る人は少ない。このため、ジャーナリストの門田隆将氏が当時の資料や証言を丹念に集め、ノンフィクション「汝(なんじ)、ふたつの故国に殉ず」(角川書店)を先月刊行した。門田氏は著書の中で「どんな拷問にも耐え抜く徳章の気迫は、若者の『命』を守り、『人権』を守り抜くという信念に基づくものだった」と伝える。
 処刑された公園の近くで生まれ育ち、その足跡を調べている李文雄さん(67)は「常に弱い人に寄り添う正義の人だった。日本人、台湾人を問わず、多くの人にこの史実を知ってほしい」と話す。

【ワードBOX】2・28事件と「正義と勇気の日」
 2・28事件と「正義と勇気の日」 1947年2月28日、中国から台湾に渡ってきた国民党政権に抗議する群衆に対し、警備兵が機銃掃射し数十人が死傷、台湾全土に騒乱が拡大した。政府はいったん話し合いで解決する姿勢を見せたが、3月8日に中国から援軍が到着すると鎮圧を開始。教育者や医師、弁護士など多くの知識人層を逮捕、処刑した。92年の台湾政府の報告書によると死者・行方不明者は1万8千〜2万8千人とされる。台南市は98年、坂井徳章が処刑された公園の名称を「湯徳章紀念公園」とし銅像を建立。2014年、命日の3月13日を「正義と勇気の日」に定めた。

汝、ふたつの故国に殉ず
プロローグより:私は、蔡英文女史の姿と、歓喜で彼女の勝利を讃えた台湾人たちを見ながら、ここに辿りつくまでの「苦難の歴史」に思いを馳せずにはいられなかった。この勝利がもたらされるまでに、一体、どれほどの犠牲が必要だったのだろうか、と。そして、これまで流されてきた多くの、そして貴重な、血と涙を決して忘れてはいけない、と。勇気、信念、忍従、闘志、正義……先人たちが示しつづけた無形の財産こそ、台湾人の誇りだ。その多くの先人たちの中で、際立った光を放ち、日本人であり、同時に台湾人でもあった「一人の英雄」のことを、私は考えていた。もし、生きていたら、「この日」を彼は、どう迎えただろうか、と。
定価:1,944円(本体1,800円+税); 発売日:2016年12月10日

参照:流れのままに 「継承」(2015年09月10日)

函館出身の奥平康弘先生の『治安維持法小史』を読んだのは高校生の頃であった。本書は1925年制定の治安維持法がいかに運用され、敗戦後までの20年間にどう変容していったかを教えてくれた。法の拡張解釈や恣意的な運用、そしてその背景にあった「国体」概念を分析している。大戦前の社会を知ることができる良書。

同法が稀代の悪法とみなされた原因の一つは、目的遂行罪にある。それは治安維持法の1928年改正で第1条に登場した条項。25年法では「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシ」た結社のメンバーをただ組織のメンバーであると言うだけで検挙し重罰を科す法律として制定された。しかし、当局の見込みに反して、その対象者は少数に留まった。そこで「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシ」た結社・共産党の周りにいる広範なシンパ層を一網打尽に取り締まるために目的遂行罪が編み出された。この規定により、共産党員でなくとも党の「目的遂行ノ為ニスル行為」をなしたと認定されれば、逮捕でき2年以上の懲役を以て問擬することが可能となった。この条項こそが治安維持法による取り締り対象を拡大。文学・演劇活動そしてそれらの資金カンパに至るまで「目的遂行(目遂)」は広がっていった。ついには、この条項は多くの著名な知識人や文化人をターゲットにし始め、普通の人々の生活を大いに萎縮させた。このような同法の構造機能が、戦争反対を叫ぶ人々の精神を圧殺し、日本社会を戦争へ牽引する暴力装置ならしめた。

わが日本の歴史を勉強して多少でも治安維持法への恐怖心が芽生えたならば、「テロ等準備罪」は容認できない。無知によって“暴力装置としての法”を再生してはいけません。
「共謀罪」法案 テロ以外が6割 テロ等準備罪内訳判明
(東京新聞 2017年2月26日 朝刊)
 犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」と趣旨が同じ「テロ等準備罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案の対象犯罪の内訳が判明した。対象とするとみられる二百七十七の犯罪を「テロの実行」「薬物」など五つに分類。政府はテロ対策を強調しているが、「テロの実行」関連は百十で四割だった。
 「テロの実行」に分類されているのは、組織的な殺人やハイジャックなどに関する犯罪。そのほか、覚醒剤や大麻の輸出入・譲渡などの「薬物」関連が二十九▽臓器売買や集団密航者を不法入国させる行為など「人身に関する搾取」二十八▽マネーロンダリング(資金洗浄)や組織的詐欺などの「その他資金源」が百一▽偽証や逃走援助などの「司法妨害」が九−となっている。
 一方、二〇〇七年二月に自民党法務部会の「条約刑法検討に関する小委員会」がまとめた修正案では、罪名は今回と似た「テロ等謀議罪」、対象犯罪は百二十八〜百六十二としていた。
 分類は「テロ犯罪」(七十三)、「薬物犯罪」(二十三)、「銃器等犯罪」(十)、「密入国・人身取引等犯罪」(八)、「その他、資金源犯罪など、暴力団等の犯罪組織によって職業的または反復的に実行されるおそれの高い犯罪」(十四〜四十八)となっていた。
 青山学院大大学院の新倉修教授(国際刑事法)は「政府はテロ対策を強調するが、対象犯罪はテロ以外の方が多い。政府が『テロの実行』に分類したとしても、それが本当にテロ対策だけに適用されるのか、具体的罪名ごとに対象に含める是非を判断する必要がある」と指摘。
 その上で「対象犯罪を絞ったように見えるが、自民党は十年前にもっと絞っていた。そもそも現行法でも爆発物使用の共謀罪はあるし、殺人など重大な犯罪には予備罪・準備罪があるので、現行法や法改正で十分対応できる」との見方を示した。
共謀罪」法案

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新しいファミリーの「金時(きんとき)」。品種の「丹頂」は丹頂鶴が由来で、頭部の赤と胴体の白のコントラストが美しい。横からの眺めはもちろんのこと、上からの眺めも実に綺麗だ。

水槽は水の氣である海を表し、水槽の中の水に動きがあると金運が宜しい。そこで水槽の水を動かすために、金魚が考案されたという。ゆったりと泳いでくれる金魚なら、お金もゆっくりと貯まり、精神的にも落ち着いていられると信じられてきた。

水をいつも綺麗(亀齢)にしておくと、金魚にも家の住人にも良い氣がまわる。不思議なことに、金魚を丁寧に飼育すると、穏やかな氣持ちが湧き上がってくる。家族の一員として、同じ命として大切に育て上げたい。
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閑話休題(それはさておき)


昨年12月13日、合衆国軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属の海兵隊の新型輸送機MV22オスプレイの事故の原因である機械的問題(mechanical problem)の解明結果は未だ公表されていない。日本政府は合衆国軍機の事故情報を独自(独立的)に持つことができずにいるが、今度は給油訓練ではなく、群馬県と新潟県で実施される日米共同訓練にオスプレイ6機が参加するという。これは日本の民衆を無視する暴政の一部であり、日本政府が合衆国軍の支配下にあることを原因とする政治問題(political issue)なのだという意識が芽生える時機。この政治問題(political issue)の解消を結果として出せる右翼でも左翼でもない中翼(仲好く)の政治家や政党にご登場願いたい。
オスプレイ 夜間も訓練予定
(NHK 02月24日14時23分)
 アメリカ海兵隊の輸送機、オスプレイ6機が参加し、来月、群馬県と新潟県で実施される日米共同訓練について、群馬県の相馬原演習場では午後9時までの夜間も、離着陸訓練が予定されています。
 地元の榛東村では、「安全に十分に配慮して訓練をしてほしい」としています。
 来月6日から17日まで群馬県と新潟県で行われる日米共同訓練には、アメリカ海兵隊の輸送機、オスプレイ6機が参加することになり、防衛省北関東防衛局の幹部が県などに続いて、23日午後、相馬原演習場がある榛東村を訪れて真塩卓村長などに対して、訓練の概要を説明しました。
 相馬原演習場では、オスプレイを使用した訓練を9日と10日、それに13日から15日の間に実施する可能性があるということですが、このなかでは、午後9時までの夜間も、乗員を乗せたり、降ろしたりする離着陸訓練も実施するということです。
 NHKの取材に対し、真塩村長は、オスプレイの訓練について「安全に十分に配慮して訓練をしてほしい。今後も情報をしっかり伝えてほしいと防衛局に対して強くお願いした」と話しています。

オスプレイ空中給油再開 事故1カ月弱、沖縄反発
(2017年1月7日 朝刊 東京新聞 )
 在日米軍は六日、昨年十二月の不時着事故を受けて休止していた米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)所属の新型輸送機オスプレイによる空中給油訓練を再開した。政府関係者が明らかにした。事故原因が完全に究明されないまま、一カ月弱で再開を容認した日本政府の対応に沖縄の反発は強まっている。
 政府関係者によると、米軍から六日夜までに訓練再開の通知があった。訓練した時間や場所は不明。
 米軍嘉手納基地(沖縄市など)の運用をチェックしている近隣住民によると、空中給油機KC130が二機、六日午前に基地から離陸していた。
 事故は昨年十二月十三日夜に発生。沖縄本島沖で空中給油訓練中、オスプレイのプロペラが給油ホースの接触で破損して飛行が不安定になり、名護市の浅瀬に不時着、機体は大破した。
 米軍は「機体に問題はない」として、同十九日に空中給油訓練を除いた飛行を再開。その後、訓練も一月六日に再開したいと日本政府に伝えた。
 政府は、米軍が搭乗員に対する教育措置など「有効と思われる対策を幅広く取っている」と評価し、再開を容認。一方で「原因を完全に特定するには至っていない」(稲田朋美防衛相)とも指摘していた。
 訓練再開に関し菅義偉官房長官は六日午前の記者会見で「防衛省は報告を受けておらず、現段階では(再開されたかどうか)承知していない」と述べていた。防衛省沖縄防衛局も「再開の日時は把握していない」としていた。
◆「原因未解明」「県民を犠牲」
オスプレイの給油イメージ 日常的に米軍機が飛び交う沖縄では、県民に再発防止策などの十分な説明がないことに「県民の命を何とも思っていない」「なぜ県民の意見を聞かないのか」と怒りの声が相次いだ。
 不時着場所から約八百メートルの名護市安部地区に住む宮城美和子さん(61)は「納得いかない。同じことが起きる可能性は十分にある」と不安を隠さない。同地区の区長当山真寿美さん(38)は「(事故原因の)答えが出ていないのに再開するのは『なぜ』と思う」と率直な疑問を投げ掛けた。
 「絶対に許してはいけない」と憤るのは、オスプレイが配備されている普天間飛行場(宜野湾市)の近くに住む屋嘉比(やかび)康太郎さん(91)。「県民が納得できるまで説明してほしい」と訴えた。
 普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する市民団体「沖縄平和運動センター」の大城悟事務局長(53)は「政府は、配備そのものに反対している県民を犠牲にし、米国を優先している」と批判、抗議を続けていくと強調した。

参考:流れのままに「political issue & mechanical problem」(2016年12月16日 09:01)

大きな笑顔の良き日曜日を   感謝

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