流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一七年如月

皇太子さまは今日23日に57歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、会見なさった。
皇太子殿下お誕生日に際し(平成29年)
(会見年月日:平成29年2月21日  会見場所:東宮御所)
(前略)
問2 政府が設置した有識者会議で象徴天皇の在り方について議論が重ねられており,国民の関心も高まっています。次期皇位継承者である殿下ご自身は象徴天皇とはどのような存在で,その活動はどうあるべきとお考えでしょうか。殿下が即位されれば皇后となられる雅子さまの将来の務めについて,お二人でどのようなお話をされておられますか。

皇太子殿下
 象徴天皇については,陛下が繰り返し述べられていますように,また,私自身もこれまで何度かお話ししたように,過去の天皇が歩んでこられた道と,そしてまた,天皇は日本国,そして日本国民統合の象徴であるという憲法の規定に思いを致して,国民と苦楽を共にしながら,国民の幸せを願い,象徴とはどうあるべきか,その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。
 陛下は,おことばの中で「天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」と述べられました。私も,阪神淡路大震災や東日本大震災が発生した折には,雅子と共に数度にわたり被災地を訪れ,被災された方々から直接,大切な人を失った悲しみや生活面での御苦労などについて伺いました。とても心の痛むことでしたが,少しでも被災された方々の痛みに思いを寄せることができたのであればと願っています。また,ふだんの公務などでも国民の皆さんとお話をする機会が折々にありますが,そうした機会を通じ,直接国民と接することの大切さを実感しております。
 このような考えは,都を離れることがかなわなかった過去の天皇も同様に強くお持ちでいらっしゃったようです。昨年の8月,私は,愛知県西尾市の岩瀬文庫を訪れた折に,戦国時代の16世紀中頃のことですが,洪水など天候不順による飢饉(きん)や疫病の流行に心を痛められた後奈良天皇が,苦しむ人々のために,諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰(しんかん)般(はん)若(にや)心(しん)経(ぎよう)のうちの一巻を拝見する機会に恵まれました。紺色の紙に金泥で書かれた後奈良天皇の般(はん)若(にや)心(しん)経(ぎよう)は岩瀬文庫以外にも幾つか残っていますが,そのうちの一つの奥書には「私は民の父母として,徳を行き渡らせることができず,心を痛めている」旨の天皇の思いが記されておりました。災害や疫病の流行に対して,般若心経を写経して奉納された例は,平安時代に疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め,鎌倉時代の後嵯峨天皇,伏見天皇,南北朝時代の北朝の後光厳天皇,室町時代の後花園天皇,後土御門天皇,後柏原天皇,そして,今お話しした後奈良天皇などが挙げられます。私自身,こうした先人のなさりようを心にとどめ,国民を思い,国民のために祈るとともに,両陛下がまさになさっておられるように,国民に常に寄り添い,人々と共に喜び,共に悲しむ,ということを続けていきたいと思います。私が,この後奈良天皇の宸翰(しんかん)を拝見したのは,8月8日に天皇陛下のおことばを伺う前日でした。時代は異なりますが,図らずも,2日続けて,天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます。
 私がここ10年ほど関わっている「水」問題については,水は人々の生活にとって不可欠なものであると同時に洪水などの災害をもたらすものです。このように,「水」を切り口として,国民生活の安定,発展,豊かさや防災などに考えを巡らせていくこともできると思います。私としては,今後とも,国民の幸せや,世界各地の人々の生活向上を願っていく上での,一つの軸として,「水」問題への取組を大切にしていければと思っております。
 また,私のこうした思いについては,日頃から雅子とも話をしてきており,将来の務めについても話し合っていきたいと考えております。(後略)

皇太子殿下-birthday

閑話休題(それはさておき)


 「ネオコン(Neo conservatism)」は新保守主義者という意味で使われてきた。彼らは、1981年にドナルド・レーガン氏が合衆国大統領になる以前の保守主義の政策【経済政策は産業保護;社会政策は伝統主義】を【経済政策は自由主義;社会政策は伝統主義】に替えることに成功した。これによりネオコン勢力は軍産複合体と結託して、攻撃的・好戦的でグローバルな(地球規模の)国際関係を形成してきた。しかし、トランプ政権はこれを再び本来の保守主義(Conservatism)の政策「経済政策は産業保護」へとシフトさせようとしている。(トランプ政権の政策と今後の日本の在り方を模索する資料としては、Oneシンクタンクレポート「トランプ政権の誕生〜米国は何をしようとしているのか日本はどうすべきか〜」が堅実)
 三世の政治家・安倍晋三首相と二世の経営者にして素人政治家のドナルド・トランプ合衆国大統領の初会談は、昨年11月のことであった。この際に安倍首相が言った「実はあなたと私には共通点がある」「あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…」という言葉は、日本と合衆国の方向性を示すものであった。それは、これまでマスメディアがグローバル化が必然のものであるかの如く世論誘導してきた流れをストップするお役目を果たしたという意味にも受け取れる。トランプ氏が大統領就任演説で語った「From this day forward, a new vision will govern our land. From this moment on, it’s going to be America First.(今日から新しいビジョンがこの国を支配する。今日からは、すべてが「アメリカファースト(合衆国第一主義)」となる)」は、すべてが合衆国への忠誠心を求める方向へと動き始めるのだという宣言。当然、日本も「日本ファースト(日本第一主義)」よろしく、すべてを日本への忠誠心を求める方向で動き始めことになる。日米に限らず、「〇〇ファースト」は世界の流れとなる。英国のEU離脱もこのコンテクストで見る必要がありそうだ。
安倍晋三首相「私は朝日新聞に勝った」 トランプ大統領「俺も勝った!」 ゴルフ会談で日米同盟はより強固になるか?
(産経 2017.2.11 02:00)
(前略)
■「実は共通点がある」
 大統領選で日本に対しても厳しい発言を繰り返してきたトランプが、これほど安倍を厚遇するのはなぜか。実は伏線があった。
 昨年11月の米ニューヨークのトランプタワーでの初会談で、軽くゴルフ談議をした後、安倍はこう切り出した。
 「実はあなたと私には共通点がある
 怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。
 「あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…」
 これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。
 「俺も勝った!」
 トランプの警戒心はここで吹っ飛んだと思われる。トランプタワーでの初会談は90分間に及んだ。安倍は、中国の軍事的な脅威と経済的な危うさ、そして日米同盟の重要性をとうとうと説き、トランプは真剣な表情で聞き続けた。(後略)
 
 安倍氏は日本の民衆の反感を買いながらも、合衆国寄りの姿勢を強権をもって貫いているのだが、一見暴政に見えるにしても、合衆国の言うことを上手く受け入れながらも、本当のところは日本に都合の悪いことは上手く事が運ばないように、失敗するように運んでくれいると願う。

 日米の共通点はもうひとつある。それは大陸と半島に関わってしまい、ある種の苦しみを体験しているということ。大日本帝国の敗戦時、大陸と半島にいた日本人が帰国に際していかに見聞きに耐えられない程痛ましい目にあったことか。旧ソ連軍の暴虐に加え、帝国臣民であった半島の人々がしたことを思い起こし、今後どのように半島との関係を構築するかは私たちと同様に合衆国のインテリジェンス(DIA/CIA)も解き明かしているに違いない。半島や大陸の人々を視野に入れたアジアの連携などは絵空事に過ぎないということ。
 先の大戦後、わが国ではGHQが容認する中、GHQの占領政策の代弁者にして最大の利得者となったのは在日と呼ばれる人々や既に帰化した半島出身者たちであった。彼らが存在感を示した場所は、旧社会党に代表される労働界や教育界というマルクス主義的な知の体系に縛られた頭の世界、そしてマスメディアに張り巡らされた社会主義・共産主義に共鳴した社会勢力の壺中(こちゆう)の天地であった。彼らの反日教育の源にあったのは恨の文化(妬みの文化)なのだが、半島の南側で生まれて日本で布教されたカルト教団が持つエネルギーと同様に魔的なものだ。また慰安婦像設置という反日活動が半島の南側で盛んだが、この反日グループが北側の影響下にあることも知られている。今、北側の集金係と呼ばれた金正男が暗殺されたという報道が世界を駆け巡っているが、これは半島の危機を象徴する出来事。半島の南北国家と共産党が支配している大陸の現実を知るとき、明治維新の日本が半島の人々と大陸の人々にアジアの連帯を求めるも裏切られ失敗したことからも分かるように、幻想を抱くの禁物であり、戴天(たいてん)できない人々なのだと分かる。
 ただし、古来より今日に至るまで、日本列島は日本人になりたい人々には優しい風土であり続けている。元寇と合衆国による占領を招いた先の大戦と並び、663年の白村江の敗戦は日本列島の危機であった。唐から百済出身の半島人2,000人を擁する使節が日本に上陸し、ゆるやかな唐の日本支配が開始。日本は唐の律令制を整え、絢爛たる天平文化の花を咲かせた。唐の圧倒的な影響下にあって、敗戦国日本は名目的には独立国としての面子を保ちながらも、実質的には保護国化していたように見える。しかしながら、この危機の時代に、まず古事記が、次に日本書紀が顕れている。ある種の危機が到来し、自分たちのアイデンティティを確認しようとするときに、わが国では古いものを学ぼうとしてきた。だから古事記は「コジキ」と読むよりは大和風に「フルコトフミ」と読んだ方が、その意味がイメージしやすい。話はそれてしまったが、百済出身の半島人が日本文化に同化するには平安時代の300年が必要だったというから、日本列島は優しい風土ではあっても、移民への対応には長い時間を必要する場であるといえる。
 チト、記しておこう。この白村江の敗戦にサンフランシスコ講和条約調印を経て形式的に独立国となった戦後日本の姿を重ねてみると、先の大戦から今までの期間は西欧文明又はフリーメイソンリーに代表されるアメリカ合衆国文明の受容期と観えてくる。この期間はもうすぐ終焉を迎えるわけだが、古事記に記された「シラス国」という言葉が示す祭政一体の天皇を象徴とする神政民主体制が欧米にルーツを持つ民主主義という体制の欠点を克服するものであることを再発見するかもしれない。
 1776年建国の合衆国は、移民してきた各民族のコミュニティが生まれ定着するも、豊かな地域と貧しい地域を国内に共存させ、さながら豊かな先進国と貧しい後進国が共存する地球の縮図となってしまっている。トランプ大統領が生まれた背景には、今までは単に人口的な勢力に過ぎなかった全米の人口の約7割を占める白人層(ヨーロッパ系)の多くが政治的勢力として選挙したこと、そして彼らがマイノリティの権利を優先しているリベラル勢力や自由主義を優先するグローバル勢力が目指してきた合衆国の未来像を否定した現実がある。合衆国が抱えるこの国内問題は、他人事にあらず、日本の問題でもある。
 日本の歴史と文化を自分の頭で再発見し、私たちの社会を調和して新しい環境を生み出すにはどうしたらよいのかを自問自答したい。高齢化(=労働人口減少)を続けながら、いかにして国民一人当たりのGDPを伸ばしたらいいのだろうか?国際競争力を持った日本らしい技術品をいかに開発しようか?レアアース泥をいかに活用しようか?などの方策を衆知を集めて論じていきたい。そのとき、日本の社会を調和するエッセンス(本質)として『愛』という言葉で表現されてきたエネルギーを活用したい。すべてを愛の問題(心の問題/魂の問題)として語ることができる素養を持ちたい。
愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。
不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
(第一コリント13:4-7より)

2017年、真心の日の本の愛が新たに日本列島の上に昇ることを願って止みません。

感謝

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「教育」にあたる英語は、エデュケーション(education)だが、この言葉の語源となったラテン語のエデュカティオ(educatio)には「抽(ひ)き出す」という意味がある。人間が内に有しているものを抽き出し、育てあげることであった。子らが興味に応じて、自らの智慧や力を抽き出し、自らの環境を変えることを可能にするのが教育であった。いろいろと知識を与えるのは、教育の主目的に対する手段である。学校の試験は知識に対する努力を求めがちだが、この人生においては知識自体よりも「コツコツとたゆみない努力」・「生涯に亘って何かを持続する能力」・「毎日きちんと仕事を始める習慣」が求められている。加えて、自己教育の過程とそのティーチャーは外部(自分の他)にはいない。だからこそ、己・本当の自分・真我を知る必要がある。本当の自分(魂・意識)を知って抽き出すことで、自らの環境を変えたい。

ところで、「無邪氣な人」とは「邪氣のない人」、素直で悪氣がないエネルギーに満ちた人のこと。本当の自分(魂・意識)を知る必要条件だ。

大きな笑顔の佳き日々を   感謝

 第1回十字軍遠征(1096年)の後、聖地巡礼者の保護を目的としてエルサレムで設立された聖ヨハネ騎士団が現在まで存続したものがマルタ騎士団(Sovereign Military Order of Malta)。 団員数は現在1万500人、騎士団総長は伝統的に教会より枢機卿の任命を受けるが、これは名誉職的なものと言われる。
 1522年から1798年まではマルタ島に拠点となる領土を有しており、1822年のベロナ会議で領土を失っても国家として承認され続けている。現在、104ヶ国と外交関係を結び、大使館やパスポートの使用や独自の硬貨と切手を持つ。国連には1994年から「オブザーバーとして参加するために招待を受ける実体(entity)あるいは国際組織」のひとつとして扱われている。1834年よりローマ市内に騎士団事務局を置き、1969年には建物内はイタリア政府より自治及び治外法権を認められている。当然、入境にはイタリア入国とは異なる別の許可を必要とする。しかしながら、バチカン市国のように独立領土としては認められているわけではない。
 英国・イタリア・スペインなどキリスト教文化圏の国々がマルタ騎士団を国としては承認している。しかし、2017年2月現在、日本は承認していない。このローマ・カトリック教会の騎士修道会(Sovereign Military Order)は1961年に正式名称を『ロードスおよびマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会(Sovereign Military Hospitaller Order of St. John of Jerusalem of Rhodes and of Malta)』とした。なお、騎士修道会は、カトリックを信仰する貴族・騎士によって構成された独立国または独立した組織であり、ローマ・カトリックの下部組織ではない。

このマルタ騎士団とバチカンの対立が、プレスにより世界発信されている。極めて異例のことなので、記事を引用掲載してメモしたい。
特別リポート:ローマ法王とマルタ騎士団、「対立」の舞台裏
(ロイター Philip Pullella 2017年 02月 6日 08:43 JST)
マルタ騎士団
写真は2013年2月、バチカンに到着したマルタ騎士団(2017年 ロイター/Alessandro Bianchi)
[バチカン市国 28日 ロイター] - 1月24日の午後、ローマ市中にある16世紀様式の宮殿から黒のBMWが滑り出て、ティベル川を渡ってバチカンに向かった。ローマ法王フランシスコの権威に対する大胆な挑戦を終わらせるための短い旅である。
 車中には67歳の英国人マシュー・フェスティング氏の姿があった。はるか昔から続くカトリック系の騎士修道会で、現在は外交上で独特の地位を保ち、世界的な慈善活動に従事するマルタ騎士団の総長である。
 フェスティング氏は辞任しようとするところだった。聖地エルサレムにおいて巡礼者のための医療支援を提供する趣旨で1048年に設立されたマルタ騎士団の総長が、終身ではなく生前に退任するのは数世紀ぶりである。
 騎士団の運営をめぐって、フェスティング氏と改革派の法王フランシスコとのあいだの対立が衆目を集めており、今回の辞任は、そうした対立に終止符を打つことが狙いだ。
 法王フランシスコは12億人の信徒を抱えるローマカトリック教会の近代化を進めているが、フェスティング氏との数週間にわたる対立は、そうした法王の努力に対する内部からの最大の抵抗の1つとなった。
 焦点となっているのは、ミャンマーにおけるマルタ騎士団による援助事業の1つでコンドームの配布が判明したことに対する騎士団の対応だ。騎士団は、コンドーム配布に関する責任者だった外務総官のアルプレヒト・フライヘル・フォン・ベーゼラガー氏を解任。今回の取材について同氏からのコメントは得られなかった。
 コンドームの使用はカトリックの教義に反しているが、ローマ法王庁(バチカン)はベーゼラガー氏の解任に関する調査を指示。その後、調査への協力を拒否したフェスティング氏を、バチカンは公然と非難している。
 かつてサザビーのオークション担当者だったフェスティング氏は、調査拒否を撤回し、法王フランシスコの私邸において自筆の辞職願を提出した、とバチカン上層部の関係者は明らかにした。「大公」の称号を持つフェスティング氏に対し、ロイターはインタビューを申し入れたが、断られた。
 だが、フェスティング氏の辞任は、対立を沈静化させるどころか、法王フランシスコの権威に対する新たな挑戦を招いた。バチカンとマルタ騎士団の関係者によれば、その主役は、活発に法王批判を行っている米国のレイモンド・レオ・バーク枢機卿であるという。
 具体的にはどういうことか。
 関係者によれば、バーク枢機卿はフェスティング氏に辞任を撤回し法王との戦いを続けるよう説得しようとしたという。だが21日、マルタ騎士団の政務評議会はフェスティング氏の辞任を承認し、ベーゼラガー氏を復帰させた。明らかにバーク枢機卿の敗北である。本記事に関してバーク枢機卿のコメントは得られなかった。
 バチカンの内部関係者によれば、今回の対立は、法王就任からほぼ4年が経過した今でも、依然として法王フランシスコがローマカトリック教会における権力基盤強化に苦心していることを示している。
 関係者はさらに、今回の対立は、コンドーム配布をめぐる議論にとどまらず、教会内の保守派と、法王の改革志向を支持する進歩派との分裂が続いていることを物語っているという。
 法王フランシスコは、カトリック教会が従来の教条主義を抑え、同性愛者や離婚経験者など、教会から排除されていると感じている人々も歓迎するようにしていきたいと努力している。
 「今回のゴタゴタはすべて内部の問題であり、そのように扱われるべきだったかもしれないが、保守派と進歩派の分裂を示す対立に変質してしまった」と法王フランシスコに関するいくつかの著書があるアンドレア・トルニエリ氏は語る。
 今回の対立と法王による権力基盤強化の取り組みについて、バチカンからのコメントは得られなかった。
 バチカンはロイターの取材に対し、2つの公式声明を参照するよう指示している。1つは12月22日付けで、ベーゼラガー氏解任についての調査を命じるバチカンからの指示に関するものだ。もう1つは1月17日付けで、マルタ騎士団のウェブサイトでフェスティング氏がバチカンによる調査に協力しないよう要請したことを受けたもので、フェスティング氏の抵抗を批判し、騎士団のメンバーに対し協力するよう指示している。
<ドイツ貴族>
 マルタ騎士団のトップ幹部は全員男性で、聖職者ではないが、清貧、貞潔、そして法王への服従という誓願を行っている。
 べーゼラガー氏はドイツ貴族の家柄であり、その父親は第2次世界大戦中、失敗に終わったヒトラー暗殺計画に参加している。ベーゼラガー氏は12月、マルタ騎士団のグローバルな人道支援事業を統括しているときにコンドームの使用を許可したことを非難され、フェスティング氏に解任された。
 騎士団やバチカンの関係者によれば、フェスティング氏はバーク枢機卿立ち会いのもとで、ベーゼラガー氏が外務総官に指名された際に、コンドーム使用を許可したことを騎士団の幹部たちに隠したと主張して、ベーゼラガー氏を解任したという。
 この解任は、ただちに騎士団指導部とバチカンのあいだに対立を引き起こした。
 敬虔なカトリック教徒であるベーゼラガー氏は、12月23日の声明で、自分は完全にカトリック教会の教えに従っていると述べた。コンドーム配布が発覚したため、開発途上国における2件の事業を中止したが、もう1件のミャンマーにおける事業については、中止してしまうと、貧困層に対する基礎医療サービスの提供がすべて唐突に終了してしまうとの理由で継続した。
 カトリック教会は産児制限の手段としてのコンドームの使用を認めておらず、禁欲と一夫一妻制の異性間結婚がエイズ蔓延を防ぐ最善の手段だとしている。
 ベーゼラガー氏は上述の声明のなかで、フェスティング氏とバーク枢機卿から、バチカンが彼の辞任を望んでいる、辞任しなければマルタ騎士団にとって「深刻な結果」を招くだろうと言われたとしている。
 バチカンの国務長官から騎士団に宛てた書簡をロイターが閲覧したところ、バチカンはベーゼラガー氏の辞任を命じたことを否定しており、騎士団に対して、法王が対話による解決を望んでいると伝えている。
 ベーゼラガー氏は、今回の解任は騎士団の憲章に違反しているとして、法王に上訴し、調査の命令を引き出している。
 フェスティング氏は調査への協力を拒否し、一連の公式声明の語調は次第に強まっていった。ある声明で彼は、解任を調査する法王の諮問委員会は「法的に無効」と述べている。
 騎士団のトップ幹部に宛てた1月14日付けの書簡をロイターが閲覧したところ、フェスティング氏は次のように書いている。「私がこの一団の人々の司法管轄権を認めないのは、騎士団の主権を守るためだ」
 マルタ騎士団は主権実体としての地位を持っており、100以上の国及び欧州連合との外交関係を維持している。国際連合においても常任オブザーバーとしての地位を有する。
 バチカン上層部の関係者によれば、法王はフェスティング氏の挑戦的な態度に立腹し、バチカンは騎士団に服従を命じる公式声明で反撃した。この公式声明の後、フェスティング氏の態度は軟化し、1週間後、法王私邸での辞任となった。
 フェスティング氏の辞任は騎士団の多くの関係者に衝撃を与えた。ロイターの取材に対し、2013年の法王ベネディクト16世の退位に匹敵するショックだと語る関係者もいた。
 ただし、4人の情報提供者によれば、騎士団メンバーの多くはフェスティング氏の辞任によって安堵したという。世界中の最貧困層の支援に当たっている団員1万3000人、ボランティア8万人、有給の医療スタッフ2万人を擁する騎士団にとって、今回の対立がイメージ低下につながることを危惧していたからだ。
 バチカン及び騎士団の関係者によれば、フェスティング氏が法王に辞職願を渡した翌日、バーク枢機卿はバチカン近郊の自宅から騎士団の本部へと車を走らせ、フェスティング氏に辞任を撤回するよう説得を試みたという。バーク枢機卿はフェスティング氏との会談についてコメントを拒んでいる。
 バーク枢機卿は以前から法王に対する抵抗の先頭に立ってきた。フランシスコ法王は2014年、公式には何の説明もなく、バーク枢機卿をバチカンの要職から外し、マルタ騎士団の「擁護者」に指名した。
 こうした「擁護者」の地位は、もっと年長の枢機卿が75歳で引退した後に与えられるのが普通である。バーク枢機卿はまだ65歳であり、この降格人事は、法王の改革をバーク枢機卿がたえず批判していることに対する法王の苛立ちを示すものとの見方が広まっていた。
 特にバーク枢機卿が反発したのは、法王フランシスコが、カトリック教会による婚姻無効の宣告を受けずに離婚・再婚した教徒に対して、聖体拝領の儀式への復帰を認めたことである。降格人事について、バーク枢機卿はコメントを拒んでいる。
 降格以来、同枢機卿はますます保守派にとっての拠り所となり、世界中を飛び回っては保守派グループを相手に講演を行い、インタビューのなかで法王の決定を批判することも多い。
 11月、バーク枢機卿は他の3人の枢機卿と一緒に、めったに見られない、法王に対する公然たる挑戦の先頭に立った。離婚した信徒の聖体拝領など重要な倫理上の問題について混乱を招いたとして法王を批判したのである。
 その後バーク枢機卿は、あるインタビューのなかで、もし法王が彼らの書簡に対応しなければ、カトリック教会のために枢機卿ら自身が法王の行いを「正す」必要があるかもしれないと述べている。
 バチカン側は当時、この反乱について何もコメントしなかったが、法王支持者の多くは4人の枢機卿を公然と批判している。
 法王は、少なくともマルタ騎士団の新たな総長を決める選挙が行われるまで、騎士団の運営を支援するための「教皇使節団」を指名する予定である。
 騎士団政務評議会に宛てた1月27日付けの直筆の書簡をロイターが閲覧したところ、法王フランシスコは、バチカンは騎士団の主権に干渉する意図はないことを明言しつつ、使節団は「騎士団、特に誓願を行ったメンバーの崇高さを新たにすること」を求めるだろうと述べている。

バチカンとマルタ騎士団が対立、人事めぐる法王の指示を拒否
(ロイター Oddly Enough | 2017年 01月 12日 12:25 JST)
マルタ騎士団
1月11日、世界最古の組織の1つとして11世紀に設立され、現在は慈善活動を行っているカトリック修道会「マルタ騎士団」が、コンドーム使用の容認問題をめぐって幹部を解任し、ローマ法王フランシスコが指示した解任劇をめぐる調査を拒否する騒ぎとなっている。写真は2013年2月撮影で、バチカンを訪れた騎士団のようす(2017年 ロイター/Alessandro Bianchi)
[バチカン市 11日 ロイター] - 世界最古の組織の1つとして11世紀に設立され、現在は慈善活動を行っているカトリック修道会「マルタ騎士団」が、コンドーム使用の容認問題をめぐって幹部を解任し、ローマ法王フランシスコが指示した解任劇をめぐる調査を拒否する騒ぎとなっている。
 マルタ騎士団は、キリスト教巡礼者に保護と医療を提供する目的で設立され、現在は主権実態を持つ組織として活動。ローマに治外法権を持ち、100以上の国および欧州連合(EU)と外交関係を結ぶとともに、国連にオブザーバーとして参加している。また世界120カ国で慈善、病院運営、災害救助の活動を展開し、全会員がローマ法王に忠誠を誓っている。
 しかし昨年12月6日、グランドチャンセラー(外務総官)だったアルプレヒト・フライヘル・フォン・ベーゼラガー氏がミャンマーでコンドームの使用を容認したとして、マシュー・フェスティング総長が解任に踏み切ったことからローマ法王庁(バチカン)とのさや当てが続いている。
 フランシスコ法王は解任されたベーゼラガー氏の擁護に回り、内紛解決のための対話を求めるとともに、状況を調査するため5人の委員を指名した。
 騎士団側は先月、解任は内部人事との見解をバチカンに通知。今月10日には、バチカンによる調査は違法のため協力を拒否するとの声明を発表した。
 カトリック教会は、産児制限の手段としてのコンドーム使用を認めていないが、フランシスコ法王は信徒に「文化戦争」を避けるよう呼びかけ、すべての決まりを守れない人々に対して慈悲を示すよう求めている。ベーゼラガー氏は、ミャンマーで人道活動を展開した際、コンドームが配布されている事実が判明したとして2つの事業を中止したが、残る1つについては貧困者への医療提供が滞るとして一定期間継続したという。

(おまけ)
マルタ騎士団政庁公式発行(2002年) 昭和天皇御誕生100周年記念金貨

マルタ騎士団政庁公式発行昭和天皇御誕生100周年記念金貨マルタ騎士団政庁公式発行昭和天皇御誕生100周年記念金貨2

(参考記事)
(引用開始)・・・・・・・・・
Pope Francis, Freemasonry, and the Knights of Malta
(Lepanto Institute 2017-02-07 by Michael Hichborn)
Mason-01
 The Mysterious recent events surrounding the Sovereign Military Order of Malta took a strange and unexpected twist in the beginning of January when, in the middle of a bitter feud over the suspension of one of its members, Pope Francis allegedly tossed mention of Freemasons in the mix. As strange as it may seem, there appears to be some historical context that might shed some light on the situation.
 According to a January 7 article in the National Catholic Register, written by the stalwart Edward Pentin, on November 10, Cardinal Burke met with Pope Francis, who “made it clear to Cardinal Burke that he wanted Freemasonry ‘cleaned out’ from the order, and he demanded appropriate action.” In all news reports on the matter, this is THE primary source for any mention of Freemasonry with regard to the Sovereign Order of Malta. It was a very strange, and seemingly out of place comment. However, there is some historical significance to consider, and remember … we are examining Freemasonry in this context only because Pope Francis is said to have mentioned it.
Mason-02
 A little over 700 years ago, there was a rather tense rivalry between the Knights Templar and the Knights Hospitaller (currently known as the Knights of Malta). Some accounts of the rivalry suggest that the two knightly orders even came to blows while stationed together in Palestine.
 In the very early 1300’s, King Philip IV of France found himself steeped in debt to the Knights Templar. At that time, the Templars reportedly had assumed a considerable amount of wealth and were in position to make financial loans through their holdings. Because King Philip owed the Templars large amounts of money and couldn’t pay, he began to circulate rumors, unjustly and falsely accusing them of all sorts of abominations, such as heresy and sodomy. In 1312, under pressure from King Philip, Pope Clement V issued the Papal Bull Vox in Excelso, formally dissolving the Knights Templar. Shortly thereafter, he issued the Bull Ad providam, which transferred the majority of the Templar’s assets over to the Knights Hospitaller.
 This brief historical sketch sets the stage for Freemasonry’s entrance on the scene. The Freemasons claim (illegitimately) the Knights Templar as part of their lineage. The truth is, after the Knights Templar were dissolved, the Order ceased to exist. It was finished. There was no continuation of the Order after Clement V dissolved it. Be that as it may, the Freemasons, nonetheless, claim the Knights Templar as their own. Regardless of whether or not the Templars continued to exist in secret, later to come back in the form of Freemasonry is immaterial. What is important to understand here is that because the Freemasons claim the Templars as part of their lineage, they have also adopted the legendary, emotional baggage associated with the betrayal of the Order.
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 33rd degree Freemason Albert Mackey wrote the “Encyclopedia of Freemasonry and Its Kindred Sciences” in 1873. In his entry on the Knights of Malta, Mackey wrote:

 “The rival brotherhood of the Templars was abolished by a pope and a King of France, and what of its revenues and possessions was saved from the spoilation of its enemies was transferred to the Hospitalers. There had always existed a bitter rivalry between the two Orders (Templars and Hospitalers), marked by unhappy contentions, which on some occasions, while both were in Palestine, amounted to actual strife. Toward the Knights of St. John the Templars had never felt nor expressed a very kindly feeling; and now this acceptance of an unjust appropriation of their goods in the hour of their disaster, keenly added to the sentiment of ill will, and the unhappy children of De Molay, as they passed away from the theater of knighthood, left behind them the bitterest imprecations on the disciples of the Hospital.”

 As can be seen in this one passage, the Freemasons, through the legend of its association with the Knights Templar, holds the Knights of Malta in contempt. This feeling of bitterness and anger is even agitated and ritualized in one of the higher degrees of Freemasonry.
 The 30th degree of Freemasonry is called the degree of the Knights Kadosh, which translates from Hebrew to mean “holy” or “consecrated.” This degree is directly assocated with the Knights Templar, so the Mason who enters into the 30th degree is indeed considered by the secret society to be a Knight Templar. Mackey explains in the Masonic Encyclopedia that “The Kadoshes, as representatives of the Templars, adopt the Beauseant as their standard.” The Beauseant is the black-and-white banner of the Knights Templar.
 We must be clear here, we are ONLY bringing up Freemasonry and their beliefs because Pope Francis allegedly did, and we are attempting to make sense of what this could mean. In no way are we establishing the existence of a Masonic conspiracy with regard to recent events surrounding the Knights of Malta, but because it was brought up, it must be examined as a piece of the overall puzzle as it relates to the case at hand.
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 The entire Masonic initiation rite for the Knight Kadosh is a rite of vengeance for the dissolution of the Knights Templar and the death of the Grand Master, even to the point of stabbing a skull wearing a papal tiara, representing Pope Clement V, and a skull wearing a crown, representing King Philip. According to the Complete Ritual of the Ancient and Accepted Scottish Rite, the Grand Master explains the mysteries of the skulls to the candidate. Here’s what he says:

 “In almost all of the rituals of this degree, nothing but vengeance is spoken of. But this is an allegory without meaning, for this degree contains all the philosophy of our sublime institution, which is nothing more nothing less, than the actual result of our Three Puissant Grand Master’s philosophy, and philosophy discountenances vengeance. Virtue alone and good examples, patience in energy in opposing evil can ensure triumphs. In this, no more than in the preceding degrees, have we to avenge the death of Hiram Abiff, (Just a side note … Hiram Abiff is a mythical hero in Freemasonry introduced in the lowest degrees) or even the slaughter of the Knights Templar, and the murder of their Grand Master. And if the ceremonies of this degree recall to our mind the catastrophe resulting in the overthrow of an illustrious order, it is true nevertheless that the commemoration of the bloody tragedy of the 11th day of March 1314, has not for its object to perpetuate ideas of vengeance against its perpetrators, which would be absurd and anti-masonic, but to make us feel the necessity of union, the better to resist tyranny and unmask imposture, and ultimately substitute both, even by force of arms, if necessary, the reign of liberty, equality and fraternity.”

 It is impossible to say, without direct and confirmed evidence, in what manner Freemasonry is at work with regard to the Knights of Malta. What we can say is that:
  1.Pope Francis allegedly mentioned Freemasonry with regard to the Knights of Malta.
  2.Freemasonry claims a connection to the Knights Templar, whose assets were transferred to the Knights of Malta in 1312.
  3.The Freemasons have an entire initiation ceremony dedicated to revenge for the destruction of the Templars.

Whatever the case, what we can say for sure is that there is much more to this story than is being reported.
・・・・・・・・・(引用終わり)

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