流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一七年水無月

感染症法では37.5°C以上を「発熱」、38.0°C以上を「高熱」と分類している。この法律の基準を用いるなら、28日(水曜日)の夕方から昨日午前2時まで、私の体温は38.4°Cの高熱であった。2〜3年に一度訪れる高熱を「知恵熱」と呼んでエンジョイしている。今回は、フト、祖母と生まれ年が一緒のチャド・バラー牧師(1911〜2007)のストーリー等を想い返していた。

イギリス社会には、心理的に追い詰められた人々を救済する民間組織で、自殺を未然に防ぐ活動で知られているサマリタンズ(Samaritans)がある。その前身が、1953年にチャド・バラー牧師が始めた組織"to befriend the suicidal and despairing." (「自殺を考える人と絶望的な人の力になろう」)と緊急電話「MAN9000(for MANsion House)」である。バラー牧師は1935年に副牧師として、自殺した14歳の少女の葬式に立ち会った。彼女は生理の知識がなかったことが原因で、初潮を性交感染症だと間違えて悩み、自ら命を絶ったのであった。悩み事を抱えながらも、身近に相談する人がいないために苦しむ多くの人々の存在を知った。そうした人たちの相談相手になるために、私的な電話相談サービスを開始。彼は宗教とは関係なく、悩めるすべての人々の相談相手になろうとした。新聞が取り上げたことで、多くの人々の知るところとなり、相談の電話が殺到。自然、バラー牧師をサポートとするボランティアも増えていった。やがてこの組織は、新訳「ルカによる福音書」第10章に登場する「あるサマリア人」にちなんでサマリタンズと呼ばれるようになった。
THE GOSPEL ACCORDING TO LUKE(ルカによる福音書)
第10章(CHAPTER 10)
1.その後、主は別に七十二人を選び、行こうとしておられたすべての町や村へ、ふたりずつ先におつかわしになった。
2.そのとき、彼らに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。
3.さあ、行きなさい。わたしがあなたがたをつかわすのは、小羊をおおかみの中に送るようなものである。
4.財布(さいふ)も袋もくつも持って行くな。だれにも道であいさつするな。
5.どこかの家にはいったら、まず『平安がこの家にあるように』と言いなさい。
6.もし平安の子がそこにおれば、あなたがたの祈る平安はその人の上にとどまるであろう。もしそうでなかったら、それはあなたがたの上に帰って来るであろう。
・・・(中略)・・・
17.七十二人が喜んで帰ってきて言った、「主よ、あなたの名によっていたしますと、悪霊までがわたしたちに服従します」。
18.彼らに言われた、「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た。
19.わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。だから、あなたがたに害をおよぼす者はまったく無いであろう。
20.しかし、霊があなたがたに服従することを喜ぶな。むしろ、あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい」。
21.そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことに、みこころにかなった事でした。
22.すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はいません」。
23.それから弟子(でし)たちの方に振りむいて、ひそかに言われた、「あなたがたが見ていることを見る目は、さいわいである。
24.あなたがたに言っておく。多くの預言者や王たちも、あなたがたの見ていることを見ようとしたが、見ることができず、あなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである」。
25.するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
26.彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。
27.彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
28.彼に言われた、「あなたの答えは正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。
29.すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
30.イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
31.するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
32.同様に、レビ人(びと)もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
33.ところが、あるサマリヤ人(びと)が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
34.近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
35.翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
36.この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。

37.彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

38.一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
39.この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言(みことば)に聞き入っていた。
40.ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
41.主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
42.しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。

Varah190
2004年、人生の終盤に近づいた彼は、当時のサマリタンズに幻滅を感じて、"It's no longer what I founded. I founded an organisation to offer help to suicidal or equally desperate people. The last elected chairman re-branded the organisation. It was no longer to be an emergency service. It was to be an emotional support".(「それはもはや、私が創立したものでありません。自殺志願や自暴自棄の人々の力になるために、私は組織を設立しました。前回選ばれた議長は、組織をリブランドしました。それはもはや緊急の相談サービスではありません。それは精神的支柱になっていたのです」)と公言した。

現在、サマリタンズは年中無休、24時間、いつでも電話の相談を受け付けている。イギリス国内207支部で、2万人のサマリタンズの研修を終えたボランティアが働いている。外国語による相談サービスがあり、ロンドンでは日本語で相談できる。

日本には、『いのちの電話』があり、全国52ヶ所に拠点を構え、ボランティアのスタッフが電話で悩みを抱える人々の相談に応じ、自殺予防の成果を上げている。こうした献身的な活動を続けていらっしゃる皆さんに、深い敬意を表したい。平成13年には8,000人近くいた相談員は、現在、6,500人。24時間対応できない拠点が半数以上にのぼるという。
いのちの電話がつながらない
(NHKテレビ 2017年3月30日(木))
いのちの電話相談員
いのちの電話がつながらない
(リポート:小椋崇広 NHK札幌)
年間の自殺者が1,000人を超える北海道。
札幌にある「北海道いのちの電話」への取材が今回、特別に許可されました。
ブースは3つ。
ところが、相談員は1人だけでした。

相談員:「北海道いのちの電話です。」

相談員が足りず、3つのブースで24時間対応できない状況です。
かかってくる電話の、わずか4%しか受けられません。
相談の最中にも、電話が次、また次と鳴り響きました。
相談内容は、深刻さを増しています。
「いまにも死にたい」など、自殺をほのめかす相談は2,000件を超えています。

相談員:「“ずっと死にたいと考えている”ということや、“ロープをかけているんだ”という方もいらっしゃって。」

人手不足に悩む「いのちの電話」。
「ぜひ続けてほしい」と願う人もいます。
桑原正好(くわばら・しょうこ)さん、66歳です。
「いのちの電話」に救われた経験があります。

11年前、息子の大輔さんが突然、自ら命を絶ちました。
「なぜ息子の変化に気づけなかったのか」。
桑原さんは、半年間家にこもり、自分を責め続けました。
その時、ふと目にとまったのが、「いのちの電話」の番号。
気がつくと、1時間話し続けていました。

桑原正好さん:「自分の胸の内を話す、それだけでよかった、聞いてもらえればよかった。アドバイスも特別くださったわけではありません。でもそのとき、本当にそれが身にしみて私にはうれしかった。 24時間眠らない、いのちの電話であってほしい。」

今、「北海道いのちの電話」では、ボランティアの申し込みを待つ、これまでの方針を変え、積極的に相談員の募集をしています。
この日は、市民を対象にした自殺予防の研修会で、参加者に直接呼びかけました。

北海道いのちの電話 事務局 杉本明さん:「現在、相談員が不足して、大変厳しい状況が続いています。
ぜひ応募して頂ければなと思います。よろしくお願いします。」


しかし、興味を示す人はいたものの、応募はありませんでした。
設立当初から運営に携わり続けている、林義子(はやし・よしこ)さん。
相談員の募集や育成を担当してきました。
いのちの電話が生まれたのは、高度経済成長のまっただ中の昭和46年。
格差が広がる中、社会からこぼれ落ちる人を救おうという呼びかけで始まりました。
相談員の中心になったのは、主婦たち。
時間を見つけては参加していました。

林義子さん:「みんな何か“自分が役に立ちたい”、“役に立てるかしら”と考えながらきた。」

しかし、ここ数年、そうした主婦からの応募が減ってきているといいます。

林義子さん:「自分で時間をつくる努力とか、それからまた労力だとか、そういうことを考えないと応募できない状況があるんだろうと思う。」

専門家は、背景には共働きや、親の介護の機会が増えるなど、社会の変化があるのではないかと指摘しています。
北海道いのちの電話の事務局では、空いてしまったシフトを埋めようと、1人ひとりの相談員に働きかけています。

北海道いのちの電話 事務局 杉本明さん:「あしたの夜ですね。こことここなんです。 空いているのが埋まらない。」

1人でも多くの命を救おうと、24時間体制だけは維持しようとしています。

北海道いのちの電話 事務局 杉本明さん:「いつどんな状況で自殺に傾くか分からないので、なんとか夜も電話受けているよっていうことで続けていきたい。」

阿部:「取材にあたった札幌放送局の小椋カメラマンです。 『いのちの電話』は厳しい状況ということですが、続けるためには何が必要なのでしょうか?」
小椋崇広カメラマン(NHK札幌):「『いのちの電話』のような取り組みを、社会全体で支える、そういった考え方が必要になっていると思います。例えば、デンマークでは、臨床心理士の資格を取る際、一定期間、相談員になることが義務づけられている地域があります。相談員になる、きっかけが整えられているんです。」
和久田:「こうしたボランティアに頼る運営というのは限界がきているのでしょうか?」
小椋カメラマン:「実は、そもそも社会全体でボランティアに参加する人は少なくなっているんです。内閣府が去年行った調査なんですが、ボランティア活動に参加したことがない人は80%にのぼっていて、理由では、半数以上が「参加する時間がない」、他にも「休暇がとりにくい」「経費が負担」という答えが多いんです。『いのちの電話』の相談員は、主婦を中心に、さまざまな職業の人たちで支えられています。専門家は、共働きや非正規労働の増加など、社会の変化で余裕を失っているのではないかと指摘しています。今後は、国や地方自治体、民間も一緒になって、支援のあり方を考える時期にきているのではないかと感じています。」

(つづく)

大きな笑顔の佳き週末を。

仲代達矢 仲代達矢84歳、ツイッターはじめました。@nakadai84 6月26日

私事で恐縮ですが今日は女房の命日です。21年も経つのに未だに彼女に支えられて生きて居ります。一体どれだけ先の事まで考えて逝ったのかと、感謝に加え年々お疲れさんという気持ちになって居ります。でもこう言う共存の仕方もある。海老蔵さんにも頑張ってもらいたいなと不意に思いました。陰ながら

2017/6/28 7:39 返信119 リツイート12,210 いいね28,836


大きな笑顔の佳き水曜日を。

先週の木曜日(22日)夜、小林麻央さんが逝去なさった。
長女・麗禾さん(5歳)と長男・勧玄くん(4歳)との二人の姉弟は、母の愛を最も必要とする時期である。にもかかわらず、心配することなく、旅立っていただきたい。母として永遠の中に生きているのですから。
がん闘病 小林麻央さん死去 海老蔵さん「愛してると言って旅立った」
(東京新聞 2017年6月24日 朝刊)
 乳がんで闘病中だったフリーアナウンサー小林麻央(こばやしまお)(本名堀越麻央(ほりこしまお))さん(34)が亡くなったことを受けて、夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵さん(39)が二十三日午後、東京都内で会見し「息を引き取る瞬間、私は見ていた。『愛してる』と言って旅立ちました」と、麻央さんの最期を明かした。麻央さんは二十二日夜、都内の自宅で死去。葬儀・告別式は近親者のみで行う。
 海老蔵さんは東京・渋谷の劇場で会見。目を赤くはらし、憔悴(しょうすい)した様子で報道陣の前に現れた。海老蔵さんによると、二十二日の公演と稽古の後、麻央さんの母親からの連絡で「具合が悪い」と知り、急いで帰宅。長女麗禾(れいか)ちゃん(5つ)、長男勸玄(かんげん)ちゃん(4つ)、麻央さんの両親と姉でフリーアナウンサーの小林麻耶さん(37)らとみとったという。
 麻央さんについて「私のどんな部分も、どこまでも愛してくれた。できればずっと一緒にいて、役者として成長する過程をずっと見守ってもらいたかった」と涙をぬぐった。
 麻央さんは民放番組のニュースキャスターとして活躍した後、二〇一〇年に海老蔵さんと結婚。一四年に受けた人間ドックがきっかけで乳がんが見つかった。一六年六月に進行性の乳がんであると公表。入退院を繰り返し、昨年九月に開設したブログは、日々の闘病生活や心境をつづり、大きな反響を呼んだ。

『愛している』という言葉は、美しい。
『愛され、愛している』という言葉は、さらに美しい。
これは愛が深まって、信じ切った結果の言葉。
桜と菜の花の境界線
目には見えない力に全託して、
自分の免疫力を活かして、
己が人生を全うしていただきたかった。

無事の昇天を祈願して止みません。


(追記)
小林麻央さんの霊魂か?海老蔵さんがブログにアップした写真に写る人影が…
麻央さんは海老蔵さんに別れを告げようと思いきたのであろうか。あの世へ旅立った方のこの世への思いの念が起こす現象との説がある。興味がある方は拡大してご覧ください。
海老蔵さん1
海老蔵さん2
海老蔵さん3

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