流れのままに

流れのままに おのが道をゆけ ひたすらに ひたむきに

二〇一八年皐月

 商標は、原則として登録後は10年毎に更新することで時効の制限なく継続的にその権利を保持し続けることが可能。しかしながら、私たちは3年以上使用していない登録商標を取り消す権利も手にしている。

 キリン株式会社は「コーヒー及びココア」や「穀物の加工品」などを指定商品として、「キリン(KIRIN)」の文字を1998年に商標登録。小笠原製粉株式会社(愛知県碧南市汐田町3-33)は1965年から愛知県西三河地方を中心に「キリンラーメン」を発売するも、1998年に一時生産を休止した。同じ年の出来事である。
 2014年7月24日、小笠原製粉株式会社は「キリン(KIRIN)」商標での指定商品中第30類「穀物の加工品」について、継続して3年以上商標権者らが使用した事実がないとして、商標法50条1項に基づき、取り消されるべきだと特許庁に審判を請求。
(商標登録の取消しの審判)
第五〇条 継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下この条において同じ。)の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる

 2016年3月17日に出た審決で、キリン株式会社のグループ会社であるキリン協和フーズ株式会社(キリン協和フーズ)の商品「きのこがゆ」に「キリン」商標が使用されていた事実が認められ、小笠原製粉株式会社の請求は認められなかった。この審決の取り消しを求める訴訟も起こしたが、16年11月7日に棄却された。
(参考:平成28年11月7日判決言渡 平成28年(行ケ)第10093号 審決取消請求事件

「キリンラーメン」名称変更へ 西三河のソウルフード
(中日新聞 2018年5月29日 09時12分)
 愛知県の西三河地方のご当地即席めんとして愛される「キリンラーメン」の名前が消えることになった。製造する愛知県碧南市の小笠原製粉が、商品名を変えることを決めた。
 ホームページで「キリンラーメンシリーズ名称変更のお知らせ」として紹介。「諸般の事情により、名称を変更せざるを得なくなった」と説明している。説明では触れていないが、同社と大手ビールメーカーの間には、商標権を巡る争いがあったとされる。
 小笠原製粉は1907(明治40)年に創業。65(昭和40)年にキリンラーメンを発売した。大手との競争激化で一時は製造を中止していたが、2010年に復活。地元の「ソウルフード」として親しまれ、近年は全国にファンがいる。
 「キリン」の名前には、「(首の長いキリンのように)末永く、親しみやすい商品」になればとの願いを込めたという。同社は新しい商品名を募っている。
キリンラーメン2018052999091210

小笠原製粉 「キリンラーメン」変更へ 新名称を募集
(毎日新聞2018年5月28日 20時51分(最終更新 5月29日 08時25分))
 愛知県三河地方のご当地ラーメン「キリンラーメン」を販売する小笠原製粉(同県碧南市)は28日、商品名を変更し、新たな名称を募集すると発表した。約50年間親しまれてきた名称がなくなることを受け、同社には「寂しい」と惜しむ声が多く寄せられている。新名称の商品は10月ごろに発売予定。
 同社は名称変更の理由を「大人の事情」としているが、キリンラーメンを巡っては、飲料大手「キリン」と商標権を巡りトラブルになっていた。こうした背景から名称変更を決めたとみられる。

 即席ラーメンがまだ珍しかった1965年に発売され、「キリンの長い首のように末永く愛される商品に」との願いを込めて名付けられた。75年には年間130万食を販売したが、大手メーカーとの競争激化で98年に販売中止に。復活を望む声が後を絶たず2003年に三河地域限定で復活。完売が相次ぎ、10年に完全復活させた。現在は47都道府県で販売している。
 同社の小笠原充勇専務は「商品を愛してくださる皆さんと一緒に新たな門出を迎えたい。食卓が楽しくなる名称をお待ちしています」と話している。応募は特設サイト(http://kirinramen.jp/campaign)へ。6月17日まで。【斎川瞳】


ライセンサー(商標権者)がライセンシー(ライセンスを受ける人)に使用を許諾し、使用料(ライセンス料・ロイヤルティ)を受けるケースとして、すんなりと進める手もあったと思われる。通常使用権(商標法第31条)は売り上げの3%〜6%、専用使用権(商標法第30条)は10%程になるだろう。

専用使用権を所有すると商標権者と同じ権能を持つので、万が一、商標を模倣された時にはその模倣者に対して損害賠償、差止め請求等の権利行使が可能となる。しかし、通常使用権者は模倣者に対して権利行使できない。手続きとしては、専用実施権は特許庁の登録原簿に登録する必要がある。通常実施権の設定は、商標権者との契約のみでOK。特許庁が備える登録原簿に登録しなくても効力を生じる。

1965年の発売時に「キリンラーメン」で商標登録出願するというアイディアがあって欲しかった。
いっそうのこと、女優の樹木希林さんにご協力をお願いして、「キキキリンラーメン」にしてはどうだろうか。


大きな笑顔の佳き木曜日を。

WORLD POLICY INSTITUTE の『WORLD POLICY』に掲載された記事 「The Contentious U.S. Presence in Okinawa, Japan」(By Tamami Kawakami April 5, 2018)を見て、沖縄の事実を合衆国や世界に伝えることは大切だと思った。同時に、日本じゅうに沖縄の事実を伝えることは更に大切だと考えた。筆者の川上珠美女史は毎日新聞記者として活躍なさっている。→https://twitter.com/kawakamit4

沖縄タイムスは、合衆国中央情報局がまとめた「A Master Narratives Approach Understanding Base Politics in Okinawa」(National Intelligence Open Source Center ・2012)を開示請求により入手し、サイトで公開している。
→ http://app.okinawatimes.co.jp/documents/cia20180528.pdf
この報告は、日本国内で公開されている情報(新聞・雑誌・書籍・テレビ/ラジオ番組・公的機関のサイト等)を統合・分析したもので、BBC Monitoring(1939年設立)のようなopen-source intelligence(OSINT)であり、沖縄の人々の意識と行動(attitude and behavior)を知って上手く沖縄を統治しようとする知的ツール。オーソドックスな分析手法と豊富な情報源(Sources & Endnotes)にエリア・スタディーズの大学院生レベルの教養を感じた。合衆国の利益をキープするために、「Victimaization(被害者意識)」「Dscriminatin(制度的な行為としての差別)」「Peaceful People(穏やかな人々)」「Bautifl Island(美しい島)」「Asia Crossroads(アジアの交易点)」という5つの物語(five narratives)を提示している。OSINTでは、分析者が自ら現場に立って人々と交わって手に入れる1次情報というものは存在しない。だから論理と結論のみを伝えるAI(人工知能)的な分析になっている。人間らしい、血の通った、温かみのあるコミュニケーション能力を発揮して、6つ目の物語として「Hapiness for People(人々が望む幸せ)」を加えると温かい報告になったに違いない。『「沖縄の民話と方言」〜沖縄人 - 沖縄人(OKINAWAN.JP)』など勉強して、沖縄の老人たちと対話してみるのも良いかも。詳しくは→ http://okinawan.jp/minwa.htm

公開されている資料(Open Source)から行間を読み取るのも良いが、産土(うぶすな)の人々の氣持ちを知って、己が道を見極めるリベラルアーツ(liberal arts)が合衆国に求められている。

(※)「The U.S. Military Presence in Okinawa and the Futenma Base Controversy」(January 20, 2016)のFigure 2. Okinawa’s Strategic Location を見て分かることは、合衆国は未だに日本・台湾・中共・南朝・北朝のお目付け役として自らを位置付けていること。このパラダイム(支配の枠組み)をシフトすべく既成概念をブレイクスルー(突破)してもらいたい。その意味で、アメリカ第一主義(アメリカファースト)はウエルカムだ。オバマ前大統領は、2013年9月に対シリア内戦への軍事不介入声明を発表した際に、「もはや合衆国は世界の警察官ではない」と宣言し、中東からの合衆国軍撤退、将来の南朝からの合衆国軍撤退、2020年から2026年の間に沖縄から海兵隊を含む全合衆国軍撤退(非公式)、NATO(北大西洋条約機構)の閉鎖(欧州中央軍への統合)、中南米、アフリカ地域からの合衆国軍撤退などを打ち出した。トランプ大統領のアメリカファーストはこれを継承している。追い風となっているのは、合衆国がエネルギー分野において支配的地位を占めること(American Energy Dominance)が現実味を帯びてきたことだろう(参考:「米国の石油、天然ガス業界を取り巻く環境変化」@JETRO・2018年4月11日)。 だだし、諜報関係と国務省関係がパラダイム・シフトするには、もう少し時間が必要なようだ。


閑話休題(それはさておき)


インテリジェンス(諜報)活動は大きく二つに分かれる。ひとつはHuman intelligence(HUMINT)。これは合法的に外交官や駐在武官による諜報活動と非合法的に身分を偽装しての諜報活動とがある。彼らの活動には、全メディアから情報を探索・抽出するDocument Exploitationや尋問(Interrogation)そして色仕掛け(Honey trap)などがある。もうひとつはSignals intelligence(SIGINT)。通信・電磁波・信号などの傍受による諜報活動である。

この度、合衆国の中央情報局長官に就任なさったジーナ・ハスペル女史(Gina Cheri Haspel:1956年生)は、叩き上げのHUMINT関係者。合衆国陸軍勤務のJeff Haspel氏とは1985年に離婚している。現在未婚で子はいない。デジタル・プロフィールがない彼女は、諜報界の人々の御眼鏡に適った興味深い人物だが、トランプ大統領にとって最適な人財かどうかは不明だ。
ハスペル氏、米CIA長官に就任 初の女性長官
Nancy A. Youssef (2018 年 5 月 22 日 04:34 JST)
ハスペル氏(中央)のCIA長官就任式にはトランプ大統領、ペンス副大統領、前CIA長官のポンペオ国務長官が出席した Photo: saul loeb/Agence France-Presse/Getty Images
ジーナ・ハスペルCIA長官 【ワシントン】米中央情報局(CIA)の長官に、ジーナ・ハスペル氏(61)が21日就任した。CIAにとって初の女性長官が誕生した。
 バージニア州ラングレーのCIA本部で行われたハスペル氏の就任式にはドナルド・トランプ大統領、マイク・ペンス副大統領、前CIA長官のマイク・ポンペオ国務長官らが出席した。
 ハスペル氏は就任演説で、紆余曲折があった指名承認プロセスに言及。CIAの70年の歴史の中でたたき上げの長官はわずか2人目だとし、「過去2カ月の経験で、その理由が分かった」と話した。
 上院本会議は先週、ハスペル氏のCIA長官就任を54対45の賛成多数で承認していた。

CIA長官指名ハスペル氏、諜報のプロが支持する訳
「強化尋問」巡る論議よそに、元幹部50人超が超党派で応援
By Gerald F. Seib (WSJ 2018 年 5 月 8 日 11:52 JST )
ポンペオ国務長官の宣誓式に出席したハスペルCIA副長官(2日、ワシントン) Photo: Andrew Harnik/Associated Press
ジーナ・ハスペル次期CIA長官2 彼女はマザー・テレサに協力するなどジェームズ・ボンドさながらの活躍を経て、米中央情報局(CIA)元長官6人の支持を受けている諜報(ちょうほう)のプロなのか。それとも、テロ容疑者への過酷な尋問が行われた時代に関連した「CIA史で最も暗い逸話のひとつ」(民主党上院議員)を思い起こさせる人物なのか。
 ジーナ・ハスペルCIA副長官はその両方だ。だからこそ、人間ドラマに事欠かないように見える今のワシントンでもCIA長官への指名が大きな関心を集めている。指名のとらえ方の相違も興味深い疑問を生んでいる。ハスペル氏はなぜ諜報・国家安全保障のプロからここまで広い支持を集めているのか。彼らは通常、自分たちの世界に対するこれほど厳しい公開試験を歓迎しないのに――。
 ドナルド・トランプ大統領は3月にハスペル氏をCIA長官に指名した。このドラマは9日に舞台裏から出て、上院情報特別委員会の指名公聴会で強烈なスポットライトを浴びる。
 ハスペル氏の指名は多くの面で異例だ。CIA長官に女性が指名されるのは初めて。謎に包まれたCIA秘密工作部門の幹部が長官に指名されたことは過去40年以上なかった。
 だが指名のドラマをこれほど濃密にしているのは、2001年9月11日の同時多発テロ後に行われたテロ容疑者への「強化尋問」とハスペル氏の関係だ。米国は当時、さらに攻撃されるのではないかとの恐怖に包まれていた。ハスペル氏は短期間ながらある尋問施設の担当者だったと伝えられている。この議論でより重要なのは、2005年に秘密工作の責任者がテロ容疑者に対する過酷な尋問の動画テープ破棄を命じた時の補佐官だったとされていることだ。
 この過去のために、ワシントンではここ数週間ハスペル氏指名について内々に激しい議論が交わされてきた。ある政権関係者によると、議論はあまりに激しく、それが公に交わされることを避けようとしたハスペル氏は週末のつかの間、指名辞退を検討した。拷問との声もある尋問技術の使用に反対する退役軍人100人超が、ハスペル氏指名を巡る懸念を記した書簡に署名した。
 しかし、より興味深いのはハスペル氏支持を表明した書簡だ。この書簡には元CIA長官6人、元国家情報長官3人、元国務長官2人など、同氏を直接知る国家安全保障・諜報機関の元幹部50人以上が署名した。共和、民主各党の政権下で働いた幹部が混じっている。トランプ政権に助言してきた人物(ヘンリー・キッシンジャー元国務長官など)も同政権批判の最前線に立つ人物(オバマ政権でCIA長官を務めたジョン・ブレナン氏など)もいる。

 大半の人はテロ容疑者への尋問を巡る議論が蒸し返されることを望んでいない。ハスペル氏指名でその議論が再燃することが確実な時に、この種の組織的支援が集まるのはなぜか。
 関係者の話から3つの答えが浮かび上がる。
 最初の答えは明らかだ。結束の固い諜報の世界に身を置くハスペル氏は身内に信頼される存在なのだ。1985年のCIA入局後、支部長を4回務め、対テロ作戦の遂行にも協力した(海外に駐在している際、ある国《非公表》での小麦不足と闘っていたマザー・テレサ を助けようとした時に2人は接触した)。上院情報特別委の委員を務めるロイ・ブラント上院議員(共和党)は「CIA本部であれ世界のどこか別の場所であれ、私たちのために極めて厳しいこの仕事をする人々に正しいシグナルを送っている」と述べている。
 次に、諜報のプロたちはハスペル氏と諜報界との結びつきが現在特に重要な盾だとみている。大統領執務室にいるのは諜報界への疑念を公にしている大統領であり、その側近の一部にとって、諜報機関は打倒トランプ氏を狙う邪悪な「ディープ・ステート(闇の国家)」の一部だ。まさにその大統領がそのシステムの究極の産物を諜報界のトップに選んだとあっては、そうした陰謀論は維持しがたいだろう。
 3つ目として、いや応なく過酷な尋問の歴史と関わったハスペル氏は、その時代に幕を下ろす上で好位置にあるのかもしれない。ホワイトハウスのマーク・ショート議会担当補佐官は、ハスペル氏が指名公聴会でそれについて質問された時、「尋問はCIAにそぐわないと思う」と答えるだろうと話している。「彼らには別の使命がある」
 諜報のベテランによると、CIAはそもそも9・11後の尋問をしたくなかった。誰にもましてハスペル氏は、CIAは再びその道を通りたくないと宣言することができる。

公私共に謎だったハスペル次期CIA長官の横顔
By Nancy A. Youssef (WSJ 2018 年 3 月 23 日 12:23 JST )
ジーナ・ハスペル次期CIA長官 Photo: /Associated Press
ジーナ・ハスペル次期CIA長官 トランプ米大統領が、世界で最も有名な安全保障関係のポストである中央情報局(CIA)長官に指名したジーナ・ハスペル氏(61)は、米国で誰よりも目立たないように振る舞ってきた。
 CIAの秘密工作部門幹部だったハスペル氏の生活は、公私ともほとんど知られていない。ハスペル氏の出身地、家族関係、学歴、配偶者の有無、趣味などは謎に包まれており、昨年CIAの副長官に指名されるまで、公には無名の存在だった。
 CIAは22日に議会に対し、ハスペル氏の個人情報を公開し始めた。同氏は、近く行われる指名承認のための議会公聴会に先立ち、現在議員らとの面談を重ねている。
ハスペル氏は承認されれば、女性として初のCIA長官となる。入局以来ずっと秘密工作活動に携わってきており、たたき上げの長官としては2人目。1人目は、1966年から73年まで第5代長官を務めたリチャード・ヘルムズ氏。
 ハスペル氏は、インターネット時代に入る前にCIAの秘密工作諜報員となり、その後30年間ずっとベールに包まれた生活を送ってきた。どのソーシャルメディアのページにも登場せず、ビジネス向け交流サイトのリンクトイン、高校や大学の同窓会のリンクアップ、自分のルーツを探るアンセストリー・ドット・コムなどのサイトにも名前が出てこない。公式の演説や文書、議会証言の記録もない。
 そのため、ハスペル氏の人となりや趣味の情報はCIAに頼らざるを得ない。CIAによれば、同氏は独身。歌手の故ジョニー・キャッシュのファンで自身のオフィスにはこの歌手の実物大のポスターが貼られている。
 CIAによると、ハスペル氏はケンタッキー州 アシュランド 生まれ。5人の兄弟姉妹の第一子。父親は空軍の軍人で、世界各地の基地に勤務した。同氏は英国で高校を卒業した後、陸軍士官学校への入学を希望したが、父親が女性は歓迎されないと助言したため、ルイビル大学に進学した。同大学で言語学・ジャーナリズムで学士号を取得した。
 卒業後マサチューセッツ州で、陸軍第10特殊部隊の契約職員となり、図書館・外国語研究室に勤務した。そこで知り合った若手将校からCIA職員に応募するよう勧められた。ハスペル氏は、女性でもCIAに入局でき、海外諜報員として活躍できると聞いて、応募し合格した。
 公式記録では、ハスペル氏の諜報員としての勤務地についてはほとんど手掛かりとなるようなものがない。CIAによれば最初の勤務地はアフリカだった。ただ、どの国かは明らかにされていない。彼女は、湾岸戦争中に人道支援事業に従事し、「米国の主要同盟国」の首都で支局長として勤務したこともある。
 その後テロ対策部門に異動した。CIAによると、ハスペル氏のテロ対策部門での第1日は同時多発テロが発生した2001年9月11日だった。そこで同氏は、CIAにとって最も論争を呼んだ水責めの拷問に関係するようになった。
 ハスペル氏は、タイにあった「ブラック・サイト(秘密軍事施設)」の責任者だったといわれている。そこで拘束されていた国際テロ組織アルカイダの幹部アブ・ズベイダ容疑者は、水責めの拷問を加えられた。ハスペル氏は当時、合法的な命令を実行しただけだったと擁護する向きもある。
 これまでずっと諜報員として生きてきた者が長官になるのは、簡単なことではないはずだ。
 CIAで情報収集担当長官補を務めていたチャールズ・アレン氏は、「CIAが彼女の過去の勤務地や職務を明らかにして、秘密工作をリスクにさらすことはない」と話した。
 共和、民主両党の上院議員は、指名承認公聴会を通じ、同氏にまつわる疑問の答えを見つけたいと述べている。だが、同氏の経歴のうちどの程度を機密扱いから外す必要があるかについては見解が分かれる。
 ロン・ワイデン上院議員(民主、オレゴン州)は声明で、「ハスペル氏が米国の情報機関のトップに就任するのなら、政府はもはや、彼女の過去の不都合な事実を隠すことはできない」と述べた。
 上院情報委員長を務めるリチャード・バー上院議員(共和、ノースカロライナ州)は、ホワイトハウスは同氏の承認に向けて支持固めをしたいのならば、ある程度の情報を公開するのは妥当なことだとの見方を示した。
 バー氏は「機密扱いを解くかどうかは、政権次第だ」と述べ、政府は「情報源や情報入手の手法を公開することなく」、同氏の経歴の詳細を明らかにすべきだと付け加えた。
 公式の履歴書によると、CIA長官ないし、その前身である中央情報長官(DCI)を務めた23人のうち7人は、一定の期間秘密諜報員として過ごしている。
[訂正]第7段落の「ルイジアナ大学」を「ルイビル大学」に訂正します。


大きな笑顔の佳き日々を。

朝陽_20180529_060555
朝陽@旭ケ丘2018.05.29.06:05:55

明るいニュースだ‼ 九ヶ月前に西アフリカのマリから来た移民の彼は、パリでの生活に憧れていた。5月28日午後8時ごろ、マンションのバルコニーから落ちそうになっていた幼子をスパイダーマンの如く壁をよじ登り救出。パリのアンヌ・イデルゴ市長は、彼・マモウドゥ・ガサマ氏(22歳)へ直接電話して「ありがとう」と伝えるとともに、フランスでの生活に慣れるよう支援する旨を約束した。下の映像に見られる彼の勇氣ある行動は、実に尊い。マクロン大統領が彼に市民権を授与すると約束したのは、ヴェリーグッド! 一躍英雄となった彼は、三ヶ月後に国籍を得て、選挙権・被選挙権などを通して政治に参加する資格を手にする。めでたし、めでたし。こうして、二つの命が救われ輝き始めた。
「スパイダーマン」、幼児救出=マリの移民男性、市民権獲得−パリ
(時事 2018/05/28-20:57)
28日、パリの大統領府でマクロン大統領(左)と面会するマムドゥ・ガサマさん(AFP=時事)

スパイダーマン@フランス0180528at87_p 【パリAFP=時事】パリ北部で26日、西アフリカ・マリ出身の移民男性が素手で共同住宅をよじ登り、5階のバルコニーから落下しそうになっている幼児を助け出した。スパイダーマンさながらの救出劇を撮影した動画は、瞬く間にインターネット交流サイト(SNS)上で拡散。マクロン大統領は28日、男性に市民権を授与すると明らかにした。
 「英雄」と称賛されているのは、昨年9月にマリから移り住んだマムドゥ・ガサマさん(22)。26日午後8時ごろ、4歳児がバルコニーからぶら下がり、周囲の人々が叫んでいる場面に遭遇。「思わず体が動いた」といい、バルコニーからバルコニーへとよじ登った。5階に到着すると、バルコニーに片足を掛け、右腕を伸ばして幼児をつかんだ。
 消防隊の到着は、幼児がすでに救出された後だった。ガサマさんは「子供を助けてから恐ろしくなって、体が震えて立っていられないほどだった」と振り返った。当局の捜査によると、幼児の両親は当時家にいなかった。
 ガサマさんは28日、大統領府を訪れ、マクロン大統領から勇敢さをたたえるメダルを授与されるとともに、消防隊への入隊をスカウトされた。この面会の様子は大統領のフェイスブック上で生中継された。



大きな、大きな笑顔の佳き一日を。

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