826331ff.jpg 『人間、負けるとわかっても、戦うときがある。たとえ、負けたにしろ、男子は男子なり。勝負をもって、人物を評するな』と言ったのは、近代日本を代表する啓蒙思想家の福沢諭吉さん【1835年1月10日(天保5年12月12日)〜 1901年(明治34年)2月3日)】。
 負けると分かっていても、戦う場合が出てくるもの。だから、勝ったからといって、一方的に「ザマをみろ」式の人物評価は愚かなこと。人には人の立場があるのだから。彼か彼女の健闘をたたえてあげるくらいの大きな心と度胸と愛嬌を持ちたい。

 東京学士会院初代院長で、慶應義塾創設者として、明治の六大教育家に数えられた福沢さんは、ヨーロッパ流の近代合理主義をめざした方であったが、

 『私がこれまで説いてきたのは、
       ただ国民の心を上品にすることが目的です』

 と『福翁自伝』に書いた。

 この「国民の心を上品にする」という表現が素的だ。

 環境により身に染みこんだ「品」とは別に、「心の品」というものもあると彼は言う。それは「言語」によって「上品」にすることが可能だという。言語を習得した後に身に宿る何ものかも「心」と呼ぶべきものなのかもしれない。とするなら、「心」は自分の「言語」によって変わることになる。

 「独立不羈(独立自尊)」を説いた福沢さんは、近代資本主義社会で生きるわたしたちに、「競争(コンペティション)」を尊ぶ精神と「心の上品さ」を持ってバランスよく生きよ!と教えてくれる。

 感謝