64a2bdf9.jpgみなさん、おはようございます。
大安吉日の日曜日、いかがお過ごしですか。

太陽が燦燦と輝いています。
ありがたい。

昨日、『菅氏』を紐解き、次の言葉にめぐり会った。

「一年の計は穀を樹うるに如くはなし。
 十年の計は木を樹うるに如くはなし。
 終身の計は人を樹うるに如くはなし」

これは一般に「三樹」といわれている。
太宰春台の『産語』にこんなエピソードが語られている。

衛国の君主が領地を見回っていた時、
一人の老人が松の木の苗を数多く植えているのを見、尋ねる。

 「いくつになるか」
 「八十五歳です」

衛公は笑い、さらに問い掛ける。

 「この松は確かに大きな財産となろうが、
  お前が生きている間には、使うことができないではないか」
 「これは国を治めるご領主さまのお言葉とは思えません。
  植樹は、百年の後の用を待つものです。
  わたしは自分のためではなく、子孫のために苗を植えているのです」

この言葉を聞いて、衛公は大層恥じ入る。
老人の生き方は「随所作主」そのもの。

利害得失や順境・逆境にとらわれることなく、
いつもそのときその場に主人公となって打ち込んでいるなら、
自分を失わずに最善を尽くすことが出来るということ。

出典は『臨済録』の「随所作主、立処皆真」。
「随所に主と作(な)り、立処皆真なり」

掃除、家事、日曜大工、自分の地位・ポスト、何でも良いから、
「随所に主と作(な)って」自分の仕事を楽しもうと全力をつくす。

人には、みな生かされる道がある。
わたしたちは、自分がこの世に生かされる道があるのではないかと、
自分で見極め工夫することが大切ではないでしょうか。

良き連休をお過ごしください。

感謝