fed60627.JPGおはようございます。
8月最後の月曜日です。

今週も元氣を湧かして進みましょう。

昨日は海上自衛隊大湊地方隊のマリンフェスタに参加し、『神通(じんつう)』で石狩湾クルーズを4時間ほど楽しんだ。

「神通」は、あぶくま型護衛艦(DEシリーズ)の第2番艦として就役(1990年竣工)した護衛艦。日本近海の防衛目的の護衛艦で、2008年現在、青森県むつ市の護衛艦隊第十五護衛隊に所属。「じんつう」と言う名前は、富山県を南北に流れる神通川に由来する。同型艦としては、「あぶくま」「おおよど」「せんだい」「ちくま」「とね」がある。

海上自衛隊は、「ゆうばり」型で小型化した地方隊用護衛艦を目指したが、「ゆうばり」型は機能的に見てそれほど評価されなかった。そこで次に建造されたのが、「ゆうばり」型を大型化し兵装を強化した「あぶくま」型。

2,000トンの排水量を持つこの「あぶくま」型はアスロックやCIWSなど対潜・対空能力を備えているのだから、ヘリコプター搭載能力と対空ミサイルを持っていないことを除けば、DD 「はつゆき」型レベルの戦闘力を持つ。

海上自衛隊の沿岸警備はそれぞれ警備区域を定めた全国で5つの地方隊、横須賀・呉・佐世保・舞鶴・大湊が中心で、DE型護衛艦は各地方隊に2個護衛隊4隻ずつが配備。現在、DD型護衛艦の開発建造に重点を置いているので、新規のDE型護衛艦の建造は行われていない。護衛艦隊所属のDD「はつゆき」型が各地方隊へ配属替えされるようになっている。

海は広くて、大きいが見える限界がある。これは、地球が丸いためできるもので、これを水平線と呼んでいる。陸地では地平線と呼ぶ。この見える範囲(水平線)は、約12km(約6.5海里)で、大型船(長さ50m以上)のマスト灯の光度(光達距離)が、6海里とされた理由である。

さて、海外の人々から、「なぜ、日本の船には『丸』をつけますか?」と質問された方も多いと思うので、その考察を。

1)明治33年に制定された船舶法取扱手続に、「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ」という項があり、これが明治以降の日本船名の末尾に「丸」がつくようになった。平成13年の訓令改正で同条項は削除・廃止された。

2)古来船に嘉名をつけ位階を与えたという由来からの「人格説」。

3)「丸」のつく船名の起源は、記録としては、1187年仁和寺の古文書に現れた「坂東丸」が最初といわれる。

4)豊臣秀吉が人が驚くような大船を造って日本丸と名付けたので、それにあやかった。

5)「麿・まろ」が転化した「愛称説」。もともと自分のことを「麿」と言っていたのが敬愛の意味で人につけられ、更に犬や刀など広く愛するものに転用された。その「麿」がやがて「丸」に転じて船にもつけられるようになったという。

6)出航した港へ必ず帰ると云う縁起担ぎから「丸」が慣習的に付けられた。Uターンと同じ意味合いで、「○」は必ず同じ所へ戻るから。わたしはこの説が大好き。

7)本丸、一の丸といった城の構造物の呼称を船に見立てた「城郭説」。本丸、一の丸などといった城の構造物を呼ぶときの「丸」からとられたという説。日本でも西洋でも船は城になぞらえていて、英語では船首の部分を Fore castle という。

8)昔は男子の名前には、牛若丸のように「丸」を付けたが、船も子供と同様に家の宝であることから、「丸」を付けたという説。

9)中国の黄帝の時、天から降りて船を造ることを教えた白童丸の「丸」を採ったという説。

外国では日本船を「マル・シップ」と呼ぶことがあるが、最近では片仮名や平仮名の「丸」の付かない船名も多くなった。

船名については「国字」を用いること以外は、基準や規定はなく、同名の登録も可能。

ところで、艦名の由来である神通川流域では、大正時代から昭和40年代にかけて、イタイイタイ病が問題化していた。

これは、三井金属鉱業株式会社が管理していた岐阜県の神岡鉱山から出された廃液中のカドミウムが原因の公害病。

「ビタミンD不足説」と「カドミウム原因説」に意見が分かれていたが、婦中町(富山市)の萩野病院院長の萩野昇氏が神通川流域のカドミウムが原因であると解明した。

1987年に映画化された宮本輝さんの小説『螢川』の舞台でもある。

良き一週間を。

笑顔


※写真は昨日の石狩湾。強風でした。