1b7d831e.JPGこんばんは。
心地良い静かな日曜日。

いかがお過ごしですか。

ご心配をおかけしましたが、お陰さまで、身体は順調に快方(解放)に向かっております。ご安心を。

それでは・・・

知人に関東圏で活躍する経営コンサルタントがいる。彼は4冊の著書を出版している。4冊目は、空と雲の写真集であった。そこには星雲や母船の名前が記されていた。

彼には、孫もいて幸せそうであった。
しかし、ある日とても悩んでいた。

『もうすぐわたしを迎えに来るが、どちらの船に乗るべきか?』

本人は真面目であった。
ある意識体が彼にコンタクトしているという。

持てる者が、持たざる者をリードすることで、
自分が相手に恩を売るという目には見えない関係、
主従関係づくりに精を出していないことは救いであった。

自らに由来する意識体なのか、ほかから来たものなのか。
地球由来の意識体なのか、どうか。
単なる意識体なのか、神性ある意識体なのか。

問題は彼が、このような基本的な事柄を自分で精査できる能力または精製された精神を持ち合わせていないことにあった。

ワナにはまってはいけない。能力の高い人間ほど、社会・家族・他人から投入される欲望達成願望のエネルギーが、本来自分が目標とするストーリーとはまったく別のストーリーを、人生の目標としてつくりだしてしまう。

だから主人公としての自分の意識と身体を自らに由来しないものに明け渡してしまいがちになる。

わたしたち個々人が何のために生きているのかという、たましいの存在のかたちを自覚するのが最優先事項(プライオリティ)なのであって、自らに由来しない意識体に容器としての身体を明け渡してしまい、特別な能力が授かったなどと思うことは大いなる錯覚でしかない。

自分は他人にはない特別な能力を持っているなどという優越感を持つことよりも、いと小さきものとなって、小さきもの、自分より後からくるものに対して自覚を持つことが大切。

この人生をまっとうするためには正しく目覚める必要がある。

よき一週間を。

日曜日の夕方に@旭ヶ丘

感謝