70歳になる知人は若い頃、霞が関で働いていた。仕事は、彼が言うには「勲章をもらう人を決める仕事」であった。勲章をもらうために血眼(ちまなこ)になった著名人がいた一方で、何回授与の打診をしても断わり続けた人物もいた。そんなやり取りを楽しく拝聴した。

さて、以下の勲章群をご覧ください。

大勲位菊花章頸飾、大勲位菊花大綬章、功一級金鵄勲章、勲一等旭日桐花大綬章、勲一等瑞宝章(以上、大日本帝国より)、朝鮮皇帝金尺大綬章(大韓帝国より)、メリット勲章、ヴィクトリア第一等勲章Royal Victorian Order(以上、大英帝国より)、レジオンドヌール勲章グラン・トフィシエ(フランス共和国より)、サンモーリス・エ・ラ・ザル第一等勲章(イタリア王国より)、グラン・クロアオドロゼニア・ボルスキー勲章(ポーランドより)、聖アンナ第一等勲章※(ロシア帝国より)、スペイン海軍有功白色第四級勲章(スペイン帝国より)

一人の人物が生涯に手にした勲章群。

さあ、どなたでしょう?

元国際連合事務総長のブトロス・ガリ氏(1922年生)は、わが国に来ると必ず、この人物を祭っている神社に参拝なさった。エジプト出身の国際法学者である彼は、「小さい頃、ものすごく励まされた、心を解放された」と語られた。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

もうひとつ、強力なヒントを。

この人物は、1870年から1878年まで英国のポーツマス市に留学していた。ここで食べたある料理の味が氣に入り、日本帰国後も食べたいと考えた。リクエストを受けた日本人シェフはこの料理を知らなかった。しかも、当時の日本にはワインもドミグラスソースも無かった。彼の話を基に醤油と砂糖を使って作ったのがこの料理である。

今日この料理は、お袋の味として日本社会に定着している。1955(昭和30)年代後半に家庭料理として登場し、定番メニュー化したの1970(昭和40)年代後半であった。


さあ、人物名と料理名? 何かな?

次回のお楽しみ♪

よき土曜日を。

感謝
朝陽と富士


※追記)
 帝政ロシア時代の聖アンナ勲章(Орден Святой Анны)にまつわり、アントン・チェーホフは短編小説『すねかじりのアンナ』(=首にかけたアンナ勲章)を書いた。ロシア語タイトルは「Анна на шее」(アンナ・ナ・シェ―)で、直訳は“首に下がるアンナ”という意味。この言い回しは諺として使われ、“すねかじり”の意味。このタイトルは言葉遊びで、文字通りに解釈をすると、“首に下がるアンナ勲章”とも受け取る事ができる。本作はバレエ『アニュータ』の原作で、アンナ勲章はアニュータの夫・モデストが夢にまで見るほど切望しているもの。アニュータは、アンナの愛称。