朝陽を浴びることで、身体のリズムがリセットされる。そんな印象をここ数年持ち続けている。不眠や疲労または迷いを改善したり断ち切ったりするコツ(technology)は極めてシンプル。

自然に、極当たり前に、日の出の太陽に自分自身を向けて感謝する。

今、苦しいことがある方には、朝陽を浴びる習慣を持つことをおすすめします。


閑話休題(それはさておき)


自然エネルギーは、不増不減。エネルギーはけっして消滅しない。放射性物質も放射エネルギーも、除染しても消滅しない。

10月24日の当ブログで記事にした荒木田岳氏が、現在発売中の『週刊朝日』(11月4日号)に投稿なさっている。

・・・・・・(引用開始)

除染するほど、「住めない」と思う

荒木田岳(あらきだたける)

5月から福島大の同僚や京都精華大などの先生たち、市民の方々と一緒に福島県内の除染に取り組んでいます。最初は、通学路や子どものいる家から作業を始めました。

政府は「除染をすれば住めるようになる」と宣伝していますが、それは実際に除染活動をしたことのない人の、机上の空論です。現場で作業している実感からすれば、除染にかかわるたびに、「こんなところに人が住んでいていいのか」と思います。

原発から約60キロ離れた福島市内ですら、毎時150マイクロシーベルトなんて数字が出るところがあります。信じられますか?今日もその道を子どもたちが通学しているんです。

30マイクロくらいの場所はすぐ見つかります。先日除染した市内の民家では、毎時2マイクロシーベルトを超えていました。つまり、家の中にいるだけで年20ミリシーベルト近くを外部被曝する。これに内部被曝も加味したらどうなるのか。しかもそんな家でも、政府は特定避難推奨地点に指定していません。

そしてどんなに頑張って除染しても、放射線量はなかなか下がりません。下がっても雨が降ったら元の木阿弥(もくあみ)です。一回除染して「はい、きれいになりました」という話じゃないんです。

今、私の妻子は県外に避難していますが、電話するたび子どもたちが「いつ福島に帰れるの」と聞きます。故郷ですからね。でも私には、今の福島市での子育てはとても考えられません。

そんな私が除染にかかわっているのは、「今しかできない作業」があり、それによって50年後、100年後に違いが出てくると思うからです。多くの人が去った後の福島や、原発なき後の地域政策を想像しつつ、淡々と作業をしています。歴史家としての自分がそうさせるのでしょう。

結局、福島の実情は、突き詰めると、元気の出ない、先の見えない話になってしまいます。でもそれが現実です。人々は絶望の中で、今この瞬間も被曝し続けながら暮らしています。こうして見殺しにされ、忘れられようとしているわが町・福島の姿を伝えたいのです。そうすれば、まだこの歴史を変えられるかもしれない。今ならまだ・・・・・。

・・・・・・(引用終わり)

今更、原発の安全性を議論し、脱原発だとか反原発だとか言ってみたところで、日本政府の事情によって原発を設置された福島県に住む方々が翻弄され続けている現状は変わらない。福島県外に住む私たち民衆は、放射線というよく分からないものの自分たちへの影響を知りたくて測定してみたりはするけれど、福島に住んでいるわけではないし、いつかは他人事になってしまい忘れ去るに違いない。沖縄の基地問題のように、沖縄県に住んでいなければ他人事となり、すべての日本国民が共有する問題ではなくなる。

荒木田岳氏は自分だけ、安全な場所に身を置いて、大変なことになっているなどと叫ぶ代わりに、死と直面している人々と力を合わせ、生きるために問題解決の努力をなさっている。安全な環境にいて、分かったようなことを無責任に発言する人を目覚めさせてくれる力がある。

わが日本は、豊葦原瑞穂の国(トヨアシハラミズホノクニ)。穀物の実る瑞穂の国。だけれども、今後は食料問題がでてくるだろうし、放射線を浴び被曝し体内が汚染されガンで生命を失う子らが何万人も現れるのは分かっている。それは非人間的な政策の結果であるが、その生き地獄を見る前になんとかしたい。

放射性物質も放射エネルギーも、除染しても埋めてみても消滅しないことが分かっているのだから、最優先事項はみんなで「避難」すること。そして、その教育と啓蒙。「啓蒙」とは、わたしたち民衆が偏見から抜け出て、自由に合理的に考え行動することである。

笑顔のよき日曜日を

感謝
富士山朝の輝き