フランス北東部の、ライン川左岸に位置するストラスブールは、グーテンベルグが印刷術を発明したと伝えられる都市である。また、カルヴァン、ゲーテ、モーツァルト、パストゥールなどもここで過ごしたことがあった。現在、ヨーロッパ議会やヨーロッパ人権委員会の本部が置かれ、ヨーロッパを代表する国際都市のひとつとしても知られる。フランス語では「ストラスブール」、標準ドイツ語では「シュトラースブルク」、アレマン語では「シュトロースブリ」、アルザス語では「シュトロースブーリ」と呼ばれるこの地域は、過去何百年にも渡るヨーロッパにおける領有権争いの中心であった。
ストラスブール
17世紀、フランス王ルイ14世の膨張政策が自然国境論のもとこの地域に触手を伸ばし、三十年戦争でドイツ圏のエルザス・ロートリンゲン地方(アルザス=ロレーヌ地方)を獲得すると、1697年に大同盟戦争の講和条約であるレイスウェイク条約によりフランス王国の領域に入り、シュトラースブルクはフランス語風にストラスブールと呼ばれた。そして、普仏戦争でプロイセンが勝利すると、アルザス=ロレーヌ地方はドイツ帝国領に復帰した。その後、第一次世界大戦でフランスが勝利すると1919年にこの地域は再びフランス領となった。第二次世界大戦でも独仏戦の戦火に巻き込まれ、1940年にドイツが自国領とするも1944年に連合国が奪還している。九州の3分の2ほどの広さがあり、元来ドイツ系の人々が住んでいた都市ではあるが、ドイツは返還を求めようとはしない。仏独互いの協働により利益を勝ち取る方向性を見出したのであった。1988年には、ライン川の支流イル川の中洲にある旧市街が「ストラスブールのグラン・ディル」としてユネスコの世界文化遺産に登録されたのは、領土問題を乗り越えた両国経営者たちの英知に起因している。ロシア・韓国・中国との間にわが日本は領土問題を抱えている。問題解決は一つの選択肢だが、このままの状態で、すなわち領土問題を抱えたままで、相互の協働により利益を勝ち取る方向で領土問題を乗り越えるという選択肢を加えてもいいだろう。その必要条件は、建設的な対話促進である。


閑話休題(それはさておき)


ナチスによるユダヤ人や共産主義者、ジプシーなどの虐殺、強制的断種措置といった行為の背景には、「アーリア人」という観念やレイシズム(人種主義)があったと言われている。1929年にこの人種主義的実践の中心的遂行機関であった親衛隊(SS)の全国的主導者となったのが、ハインリッヒ・ヒムラー(1900〜1945)であった。彼のアーリア人種観は次の3点に収斂できる。先ず、アーリア人とユダヤ人の世界史的闘争という考え方。次に、アーリア人種こそが唯一文化創造能力を持つという考え方。そして第三に、アーリア人の優秀性を維持、回復させるためには、「血の選別」を行わなければならないという考え方である。彼は、そのアーリア人の起源をチベットに見出していた。

ナチス発見の仏像、隕石だった=大戦前夜、チベット探検−調査チーム
(パリAFP=時事 2012/09/27-06:26)
 第2次世界大戦勃発前夜の1938年、秘境だったチベットに足を踏み入れたナチス・ドイツの探検隊が発見した約1000年前の仏像は、宇宙から飛来した隕石(いんせき)を彫刻して制作された極めて異色の作品だったことが分かった。ドイツの調査チームが鑑定結果を26日、学術誌に発表した。
 この探検隊は、ナチス親衛隊(SS)長官ハインリヒ・ヒムラーの支援の下で派遣されたもので、「アーリア人の優越」というナチスの人種イデオロギーの裏付けを探るためにチベットに送られた。ヒムラーはアーリア人の起源はチベットにあり、その優越性の証拠が同地で見つかると信じていたとされる。
 探検隊が持ち帰った仏像は毘沙門天の座像で、高さ24センチ、重さ10.6キロ。「鉄の男」と呼ばれていた。
 化学的に分析したところ、約1万5000年前にシベリアとモンゴルの境界付近に落下したチンガー隕石の一部を加工研磨して作られたと断定された。ナチスのシンボルであるかぎ十字とは逆向きの「まんじ」が胸に描かれ、探検隊が興味を持ったと言われている。
隕石の仏像
ナチス・ドイツの探検隊が1938年にチベットで発見した仏像。調査の結果、隕石(いんせき)を彫刻して制作されたことが判明した(AFP=時事)http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012092700069より転載


このブログ『ながれにままに』の副題「おのが道をゆく ひたすらにひたむきに」の「おのが道」とは何ですかという質問を頂いたのでお答えします。己が道のことで、他人の夢の奴隷にならない、縛られない、我慢から解放される、括られない、ライフスタイルのことです。
オータムフェスト2012
昨日の夕方に大通公園のオータムフェストにて。札幌市を横切る北緯43度線は、イタリア、フランス、スペインと南ヨーロッパ諸国を通過する。四季おりおりの表情を持つ札幌の氣候風土は、時としてヨーロッパにいるような氣持ちにさせてくれる。ヨーロッパの伝統ある街々の多くが独自の食文化とともに成熟したと同様、この豊かな北の街にも『食』がマッチしている。
オータムフェスト2012


大きな笑顔の良き週末を

感謝