『ベルリン・天使の詩』のエンドクレジットに「Dedicated to all the former angels, but especially to Yasujiro, Francois and Andrej.(全てのかつての天使、特に【小津】安二郎、フランソワ【トリュフォー】、アンドレイ【タルコフスキー】に捧ぐ)」との一文を挿入したヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders:1945年生)は、「もしわれわれの世紀が聖なる物にまだ場を与えるとすれば、映画の神殿を建てるとすれば、私は個人的にそこに日本の映画作家、小津安二郎の作品を置くだろう」と言った。


『父ありき』は、戦時中の映画であるにもかかわらず、軍服を着た人物が一切登場しない。にもかかわらず、戦時中、軍部はこれぞ大和魂と絶賛した。戦後は、占領軍のGHQが検閲したが、2分間の詩吟のシーンをカットしたのみで、その他のシーンはカットできなかった。テーマがストーリーに隠されているから、見抜けなかったのだろう。直接、訴えかける強いものは全くない。しかし、表現せずに、表現している。見せないで、見せてくれる。


秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず。


「映画を見た後は、ご自分でお考えください」と、
ストーリーの解釈を任かされた氣になってしまう。
だから、小津作品はいつ観ても新しく見える。

小津安二郎監督(1903年12月12日〜1963年12月12日)の墓には、「無」とだけ一言刻まれている。そのほかには一切ない。
小津監督の墓3
http://www.otsukastone.co.jp/sou/07_03.htmlより転載

小津監督は、彼の作品がいつも同じだという批判に対してこういった。
どうかすると、「たまにゃ変わったもの作ったらどうだい」という人もいるが、ボクは「豆腐屋」だといってやるんです。
「豆腐屋」に「カレー」だの「とんかつ」つくれったって、
うまいものが出来るはずがない。

父ありき

『父ありき』のラストシーンの仕掛けも面白い。

是非、ご覧ください♪

大きな笑顔の佳き一週間を

感謝

『父ありき』
物語:金沢の中学教師である堀川周平は、妻を失い、小学生の良平と二人で暮らしていた。しかし修学旅行先で教え子を溺死させてしまい、責任を感じた周平は学校を退職。出身地の信州に帰るが、中学生になった良平を寄宿舎に預け、一人で東京の工場に勤めることにする。帝大を卒業し教師となった良平は、久々に父親と温泉宿で再会し、教師を辞めて一緒に暮らしたいと告げた。しかし周平は「今の仕事を投げ出してはいけない」と息子を諭すのだった。
映時間 94分
初公開年月 1942/04/01
監督: 小津安二郎
脚本: 池田忠雄; 柳井隆雄; 小津安二郎
撮影: 厚田雄治
美術監督: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐三
編集: 浜村義康
音響効果: 斎藤六三郎
音楽: 彩木暁一
演奏: 松竹交響楽団

(追記)
『父ありき』 1/5
『父ありき』 2/5
『父ありき』 3/5
『父ありき』 4/5
『父ありき』 5/5