皇太子殿下2月23日のお誕生日に際し
皇太子殿下の記者会見
会見年月日:平成27年2月20日
会見場所:東宮御所
皇太子殿下(平成27年お誕生日に際して)
問2 今年は戦後70年の節目の年です。戦争と平和への殿下のお考えをお聞かせください。先の大戦や戦没者慰霊については天皇,皇后両陛下からどのようにお聞きになり,愛子さま
にはどう伝えられていますでしょうか。


皇太子殿下
 先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ,多くの方々が苦しい,また,大変悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。広島や長崎での原爆投下,東京を始め各都市での爆撃,沖縄における地上戦などで多くの方々が亡くなりました。亡くなられた方々のことを決して忘れず,多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み,戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め,平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け,それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています。
 両陛下には,これまで様々な機会に,戦争によって亡くなられた人々を慰霊し,平和を祈念されており,今年は,戦後70年に当たり,4月にパラオ国をご訪問になります。戦後60年にはサイパン島をご訪問になりましたが,お心を込めて慰霊されるお姿に心を打たれました。また,両陛下には,今年戦後70年を迎えることから,昨年には広島,長崎,沖縄で戦没者を慰霊なさいました。私は,子供の頃から,沖縄慰霊の日,広島や長崎への原爆投下の日,そして,終戦記念日には両陛下とご一緒に黙祷とうをしており,その折に,原爆や戦争の痛ましさについてのお話を伺ってきました。また,毎年,沖縄の豆記者や本土から沖縄に派遣される豆記者の人たちと会う際に,沖縄の文化と共に,沖縄での地上戦の激しさについても伺ったことを記憶しています。
 私自身もこれまで広島,長崎,沖縄を訪れ,多くの方々の苦難を心に刻んでまいりました。また,平成19年にモンゴルを訪問した際に,モンゴルで抑留中に亡くなられた方々の慰霊碑にお参りをし,シベリア抑留の辛苦に思いをはせました。
 私自身,戦後生まれであり,戦争を体験しておりませんが,戦争の記憶が薄れようとしている今日,謙虚に過去を振り返るとともに,戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に,悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています。両陛下からは,愛子も先の大戦について直接お話を聞かせていただいておりますし,私も両陛下から伺ったことや自分自身が知っていることについて愛子に話をしております。
 我が国は,戦争の惨禍を経て,戦後,日本国憲法を基礎として築き上げられ,平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が,日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し,平和の尊さを心に刻み,平和への思いを新たにする機会になればと思っています。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h27az.htmlより転載


閑話休題(それはさておき)


中国外相が安保理会合を主宰するのは異例だという。それも、よりによって皇太子殿下のお誕生日に。
戦後70年で公開討論、安保理議長国の中国提案
(読売 2015年02月22日 11時41分)
ニューヨーク=水野哲也】国連安全保障理事会は23日、戦後70年と国連創設70年に合わせた公開討論を開く。
 今月の安保理議長国の中国が提案した。中国から王毅(ワンイー)外相が出席し、議長を務める。中国は今年を「抗日戦争勝利70年」と位置づけており、「戦勝国」中心の戦後秩序の維持を強調する国際的なキャンペーンを繰り広げる構えで、今回の会合もその一環となる可能性がある。
 公開討論の議題は「国際平和と安全の維持」で、「歴史を鑑(かがみ)とし、国連憲章の趣旨と原則について断固とした決意を再確認する」とされている。中国の国連代表部が発表した趣旨説明文書によると、今年を「国連創設と反ファシスト戦争から70年」と規定し、「今回の公開討論を機に関連記念行事を始める」としている。
http://www.yomiuri.co.jp/world/20150222-OYT1T50036.html

討論会合を主宰した王毅外相は「ファシズムとの戦争に関する史実は明らかになっているのに、いまだに真実を認識したがらず、過去の侵略の犯罪を歪曲しようとする者がいる」と述べた。これに先立って、吉川国連大使は2月18日の定例記者会見で「国連での議論はできるだけ未来志向にすべきだ」と強調し、公開討論会合で歴史問題がフォーカスされることを牽制した。
日本、安保理で中国に反論 「平和愛する国」
(共同通信 2015/02/24 06:45)
 【ニューヨーク共同】日本の吉川元偉国連大使は23日、国連安全保障理事会の討論会合で演説し、日本は第2次大戦に対する「深い反省の気持ち」に基づき「自由や民主主義、法の支配、人権を一貫して尊重し、世界の平和と安全に貢献する『平和を愛する国』としての道を歩んできた」と強調した。
 中国の王毅外相はこれに先立ち「いまだに(歴史の)真実を認識したがらず、過去の侵略の犯罪を歪曲しようとする者がいる」と述べていた。吉川大使は平和への貢献をアピールし、中国に反論した形だが、王外相は退席した後だった。http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015022401001148.html

絶対平和主義の看板を維持しましょう。絶対にその看板を外させてはいけない。そして、合衆国支配の中で事実誤認の言葉遣いが普及してしまったことも知っておきたい。

終戦 ⇐ 敗戦(acknowledge defeat)
終戦記念日 ⇐ 敗戦記念日(The day of shame resulting from defeat)
進駐軍 ⇐ 占領軍(the occupied army)
日米同盟 ⇐ 植民地支配(under the jackboot of US colonialism)
国際連合 ⇐ 連合国(United Nations) 
戦争放棄 ⇐ 一方的武装解除(unilateral disarmament)
官僚機構 ⇐ 合衆国総督府(the Headquarters of US)
教科書検定 ⇐ 教育検閲(censorship of the Jaoanese education)
マスコミ ⇐ 言論統制(regulator or controler of speech: NHKには国防総省の情報担当者が常駐

The other nations mean business, so we must be on our guard.
(相手は本氣なのですから、油断してはなりません)


大きな笑顔の佳き火曜日を  

感謝

(追記)
 SCAPIN(Supreme Command for Allied Powers Instruction Note:スキャッピン)は、連合国軍最高司令官(SCAP)から日本政府宛てに出された対日指令集 (SCAP Instructions、SCAPINs) 。SCAPIN-1 (陸海軍解体・軍需工業停止などを指令:1945年9月2日)、SCAPIN-16(言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル覚書:1945年9月10日)、SCAPIN-33(「日本に与うる新聞遵則」(プレスコード):1945年9月21日)、SCAPIN-519 (学校教育における「修身、日本歴史及ビ地理停止ニ関スル件」:1945年12月31日)、SCAPIN-550(公職追放の指令:1946年1月4日)、SCAPIN-642(公娼廃止の指令:1946年1月21日)、SCAPIN-658(映画検閲の指令:1946年1月28日)、SCAPIN-677 (日本の範囲:1946年1月29日)、SCAPIN-1033 (日本の漁業捕鯨区域からの竹島の排除:1946年6月22日)、SCAPIN-1266(日本史学科再開はSCAP認可の教科書使用を条件とする旨の指令:1946年10月12日)等がある。
 SCAPIN-33「日本に与うる新聞遵則」は「日本新聞遵則」又は「日本出版法」とも呼ばれ、1945(昭和20)年9月19日発令、9月21日に発布された。1945年9月22日に出されたSCAPIN-43(日本放送遵則:Radio Code for Japan」と一対のもの。これらの指令は1952(昭和27)年4月28日サンフランシスコ講和条約発効により失効したとされている。
 SCAPIN-33の場合、検閲は連合国軍最高司令官総司令部(SCAP)参謀部のうち情報担当の参謀2部(G-2)所管下の民間検閲支隊(CCD:Civil Censorship Detachment)によって実施された。1948年には、GHQの検閲スタッフは370名、日本人嘱託5700名がいた新聞記事の紙面すべてがチェックされ、新聞記事だけで一日約5000本以上であったという。私たち民衆の手紙・私信のうち月400万通が開封され、検閲を受けた。電信・電話の盗聴は言うまでもない。石橋湛山によって執筆された論説『進駐米軍の暴行・世界の平和建設を妨げん』(東洋経済新報:1945年9月29日号)が1945年10月1日に押収。これ以降、占領軍将兵の犯罪報道がなくなった。

参考:
々焼淳著 『閉された言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』(文藝春秋:1989年8月)
http://manwe.lib.u-ryukyu.ac.jp/library/biblio/biblio99.pdf
(以上)