Abercrodaha & Fitx〔アベクロダ&フィックス(アバクロ)〕によって仕込まれた日本株の上昇は終わりを迎えている可能性が高い。彼らは御用済みとなるかも。
東京市場はトリプル安、相関崩れたドル/円と日本株
(朝日 2015年3月10日18時49分)
[東京 10日 ロイター] - 10日の東京市場は円安・株安・債券安のトリプル安となった。「日本売り」の材料が出たわけではなく、期末やSQ(特別清算指数)算出を前に短期筋の仕掛け的な売りが広がった格好だ。ただ、円安にも関わらず日本株が下落したのは、円安が必ずしも日本経済にプラスと見られなくなってきたためだ。
 アベノミクス相場の変質を示しているとの声も市場で出ている。
<急落したドル建て日経平均>
 これまでの「アベノミクス相場」を見慣れてきた目には、異様な光景に映ったのではないか。ドル/円が121円後半と7年ぶりの円安水準に進んだにもかかわらず、日本株は下落した。日経平均<.N225>の下げ幅は一時200円を超えた。
 この謎を解く1つのカギが、ドル建ての日経平均だ。円安(ドル高)が進んだ一方で、株安が進んだために、ドル建て日経平均は急落。一時152ドル台と2週間半ぶりの安値に落ち込んだことで「海外投資家が日本株を売りに出した可能性がある」(外資系証券トレーダー)とみられている。
 海外投資家は2月に日本株を現物と先物を合わせて約2.6兆円買った。その要因の1つとみられているのが、ドル建て日経平均の上昇だ。3日には157ドル後半まで上昇し、14年半ぶりの高値を付けていた。そのドル建て日経平均が円安・株安のダブルパンチで急落したことが、売りのきっかけになったもようだ。
<「日本売り」材料は見当たらず>
 トリプル安になったとはいえ、「日本売り」を想起させるような何か特別な材料が出てきたわけではない。株式、外為、円債、各市場の動きをたどっていくと、最初は各市場それぞれの個別の材料がきっかけだったことがわかる。
 日本株は、日経平均が大台に届かなかったことで一転して売りが出た。円債市場では、流動性供給入札が低調だったことが売り材料となった。
 外為市場では、ニュージーランドドル(NZドル)の急落をきっかけに、ユーロや円の売りが対ドルで広がった。円売りというよりドル買いだ。「きょうのドル買いの主体は海外勢で、本邦勢のドル買いは進んでいない」(FXプライムbyGMOの常務取締役、上田眞理人氏)という。
 円安は金利上昇の要因とされ、金利上昇が株安材料となるなど、各市場の値動きが大きくなるにつれ、連関性が高まっていったことがトリプル安の要因だ。「期末やメジャーSQ算出を控えて、ポジション調整が活発になりやすかった」(国内証券アナリスト)ことも、相場変動に拍車をかけたとみられている。
 「日本売り」につながるような材料が出ていないのであれば、10日のような円安・株安の動きは短期間で収束する可能性が大きい。急ピッチの上昇で短期的な過熱感はあるが、公的年金の買いや業績拡大期待などを背景に日本株の先高観は依然強いためだ。
<ヘッジファンドなどの投資手法に変化も>
 しかし、仕掛けや需給要因などの理由があるとはいえ、歴史的な円安進行時に株安が進んだことは見逃せない。円安と日本株高の相関性は最近、徐々に低下していたとはいえ、これまでは円安が株売り材料とされるほどではなかった。円安が日本株売りの材料となるようであれば、政策判断にも大きな影響を与える。
 三菱UFJモルガン・スタンレー証券・投資情報部長の藤戸則弘氏は「1ドル120円水準に達し、これ以上の円安は輸入物価上昇によるコスト増などを通じて日本経済にとってもマイナス面が大きくなるとの見方が増えてきたようだ」と指摘する。
 また、円売りと日本株売りを組み合わせたようなヘッジファンドの売買が目立ってきたわけではないが、2013年にみられたような円売り・日本株買いがめっきり減っていることが、円安・株安の同時進行を許容する背景になっているのは確かだ。
 10日の市場では、株安と同時に円債先物も下落。本来、逆相関であるはずの株式と債券は、最近でも同時高・同時安の傾向が依然強い。「アベノミクス相場」の構造は徐々に変わってきたとはいえ、マーケット全体としては依然として金融相場の渦中にある。海外勢の動向には引き続き注意が必要だ。
(伊賀大記 編集:田巻一彦)http://www.asahi.com/business/reuters/CRBKBN0M60VS.html


閑話休題(それはさておき)


一夜にしておおよそ10万人の命が奪われたと言われる1945年の東京大空襲から、昨日で70年を迎えた。東京都内の各地では犠牲者を悼む法要や平和を祈る集いが開かれた。猛火の中を生き延びた人々の高齢化が進む中で、惨禍又は戦争をどう語り継いで行くとよいのだろうか。

戦争というものを知ろうとするとき、どうしても霊の問題に出くわしてしまう。霊界を知っていると話す霊能者や宗教者が答えてこなかった事情も手伝って、謎は深まっていく。ひとつは、英霊と呼ばれることもある死者たちが、この世で、彼らが戦った目的を引き継ぐ者たちをサポートすることはないのですかということ。もうひとつは、死者たちが向かうあの世(霊界)では、なぜ戦いが生じないのですかということ。後者に関しては、霊界という場が多層構造になっているので、霊界では戦争のようなものは起こり得ないのだと思われる。

有史以来、戦争による犠牲者が多数生まれてきたのだし、その数は計り知れないばかりか、今もなお増え続けている。多分、死者たちの霊は、現世との交わりの中で、彼らの死の責任が何者にあるのかを、知ることができるに違いない。もし彼らが、近代文明が編み出した「紛争解決の最終手段としての戦争」のためにその命を奪われたのではなく、実は、「金もうけの手段としての戦争」のために命をば奪われたと霊界で知ったなら、どうなるのだろうか。

かつて、大日本帝国(現、日本国)は、「非国民」という言葉を用いることで、反戦的な民衆の発言を封じるというシンボリックなインフォメーション・オペレーションで、好戦的な世論というものを民衆の間に形成していった。しかも、その拠り所は、江戸終期の国学を出発点としてキリスト教の聖書までをも研究してつくりあげた平田篤胤(1776〜1843)に由来する国家神道という擬制であった。人間の作り物に過ぎなかった。この誤認を指南した天理教の教祖は危険視された。そして、その流れは大本教の弾圧へとつながっていった。最終的に、原子力爆弾を広島・長崎へと2発投下され、大日本帝国政府は1945年8月14日にポツダム宣言を受託し、翌15日に玉音放送により帝国臣民(現、日本の民衆)はそれを知らされた。かんながらの道(神道)に則して考えると、大日本帝国【1888(明治22)年〜1947(昭和22)年】の約58年間の歴史とその結末は、日本らしく行動してこなかった結果と捉えることができる。

事実、1945年までの大日本帝国の精神世界のインフォメーションには好戦的なものが多い。友清歓真(1888〜1952)のように神霊の戦を唱えたものもあった。敗戦により、そのような意見や持論を他に認めさせようとする流れは消え去った。しかし、その責任の追及は人間界からも神霊界からもなされることはなかった。ほとんどすべての宗教組織とその構成員が戦争に協力した。にもかかわらず、敗戦後には、この責任を執ることに替えて平和を語り、昨日までの在り方を封印した。当時の日本の神がかりの限界と言い換えてもよいだろう。神格の高い神々の行いとは別ものであった。それは過去の出来事ではなく、再び、新しい面持ちで息を吹き返すかもしれない。常日頃、交戦的な言動には特に注意したい。

霊の問題に加えて、私たち現実世界に生きる人間の問題にも触れておきたい。極めて悪質な、日本人を憎み、害を加えようとする、戦勝国の誘導で現在進行形で作動しているプロパガンダがある。それは日本人を永遠の犯罪者に仕立てようとするムーブメントで、敗戦のころから始まっている。残念なことだが、日本の内部でも一定の支持を受け続けている。この現状は、私たちが真実を求めて、あの敗戦の責任を追及してこなかったツケである。真実を求め、大日本帝国軍の犯罪行為を、自らの手で検証したなら、天文学的な死の責任を日本国に押しつける者たちは出てこなかった。ヤルタ体制を仕組み、利権構造を確立した戦勝国(powers)にスキを与えてしまった。中国と韓国の建国のエネルギーは、日本犯罪人&日本打倒勝利の物語仕立てになっている。だから、自国の肯定又は国威発揚には、対立存在として日本を援用する。大日本帝国との関係故に独立を果たしたインドネシア・マレーシア・インド・ビルマ(ミャンマー)の建国のエネルギーに日本犯罪人&日本打倒勝利のシナリオが見当たらないのは、ヤルタ体制の利権構造から独立しているからだろう。しかしながら、大日本帝国のおかげで、彼らが独立できたとするのは安直だ。

最近、TJ氏から『「大東亜共栄圏」の実態--日本軍占領下のアジア』(林 博史)のコピーをいただき拝読した。大東亜共栄圏の理想と現実のギャップに驚いた。一読をおススメする。

昨日は午前10時から墨田区の都慰霊堂で、東京大空襲と関東大震災の犠牲者を追悼する「春季慰霊大法要」(都慰霊協会主催)が営まれた。遺族ら600が参列。秋篠宮ご夫妻もこの法要に参列なさった。

東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば(平成23年3月16日)


大きな笑顔の良き一日を

白雪を仰ぎながら  感謝