三原じゅん子議員(平成22年7月・第22回参議院議員通常選挙・全国比例区で初当選)が参議院予算委員会で八紘一宇という言葉を引用したことをどう思いますか、とご質問をいただきましたので記すことにします。恥ずかしながら、彼女の発言が物議をかもしていたことを知りませんでした。

予算委員会ではこの言葉の引用は問題とされなかった。興味深いのは、彼女の質問に対し、答弁に立った麻生太郎財務相が「この言葉を知っている人、手を挙げて」と議員諸氏に呼びかけたところ、挙手したのはわずか2名ほど。この状況に鑑み、八紘一宇という言葉はすでに忘れられた言葉なのですと判断するのは安易なことだ。その場にいた議員諸氏は一層努力精進して日本及び日本人の歴史を勉強してもらいたい。一部メディアは八紘一宇という言葉は戦争礼賛であると批判したようだが、その短絡的な考え方を反面教師として戒めとしたい。
だから私は「八紘一宇」という言葉を使った
予算委員会での発言の意図を本人が説明
 東洋経済ONLINE 2015年04月05日
三原じゅん子 :参議院議員
 自民党の三原じゅん子参院議員が3月16日の予算委員会で発言した「八紘一宇」が話題になっている。「戦時中のスローガンを国会でなぜ?」(3月19日付朝日新聞)や「侵略戦争を正当化」(同日付東京新聞)、「戦意活用スローガン『八紘一宇』国会発言」(3月27日付毎日新聞)など、リベラル系のメディアが一斉に批判した。
 これらの記事が報じるように、三原氏は軍国日本を讃えているのだろうか。なぜ「八紘一宇」を使ったのだろうか。以下、本人がその意図を弁明する。(聞き手:ジャーナリスト・安積明子)

 予算委員会での私の発言について、多くの方からご意見をいただきました。これをきっかけに政策や歴史に関する議論が活発するのであれば、それこそ本望だと思っています。
 しかし、「三原じゅん子は『八紘一宇』が戦争や侵略戦争を正当化するスローガンだったことを軽視している」というご指摘はあたっていないように思います。私とて、この言葉が戦前に国威発揚のために使われたことは存じております。そしてあの戦争が日本の歴史に悲劇をもたらしたことも十分に理解しているつもりです。
 よって戦争の原体験を持つ政治家たちの多くは、「八紘一宇」をそういう意味としてとらえてきたのです。でも私たちにはそうした体験はありません。だからこそ、この言葉が持つ本来の意味を評価する必要があると思います。
八紘一宇の本来の意味とは?
 そもそも「八紘一宇」の本来の意味は何なのでしょうか。この語源は、神武天皇が即位された際に作られたとされる「橿原建都の詔(みことのり)」に遡ります。

「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)むこと、亦可(またよ)からずや」

 つまりは「世界のすみずみまでも、ひとつの家族のように仲良く暮らしていける国にしていこうではないか」という建国の理念です。この詔を編入した日本書紀が完成したのは720年で、実に1300年以上も前に、国民を「おおみたから」と呼んで慈しみ、自分より他人を思いやる利他の精神、絆を大切にするこころや家族主義のルーツが記されていたのです。
 「八紘一宇」を予算委員会で用いた時、私は清水芳太郎氏の「建国」を解説として引用しました。これには「清水芳太郎は『日本的ファシストの象徴』と言われた北一輝の流れをくむ国家主義者ではないか」との批判をいただきましたが、私はそうは理解していません。
宮崎県にある平和の塔 清水芳太郎研究で知られる平井一臣鹿児島大学教授の著書「『地域ファシズム』の歴史像・国家改造運動と地域政治社会」によると、清水氏は農村の貧困問題に取り組み、創生会を結成して運動を展開していました。ファシストというより、弱者救済を国レベルで成し遂げようとした人ではなかったのかというのが私の理解です。
 さらに「八紘一宇」は二・二六事件の「蹶起趣意書」にも記載されていたために、軍事クーデターの原因となったとみなされがちですが、この事件が勃発するきっかけになったのも、農村の貧困問題でした。特に東北で長年農業恐慌が続いたことに加え、1931年と1934年に大凶作が起こり、少女の身売りや欠食児童問題が深刻になりました。
 これらを見ると、多くの人々が困窮して国が疲弊している時こそ「八紘一宇」の重要性が叫ばれていたという歴史的事実が浮かび上がります。「八紘一宇」は混乱の時代にあって、人々を救済するスローガンだったと思うのです。
多国籍資本は何をやってもいいのか
 それは現代社会にも当てはまります。たとえ武力による戦争に直接参加していなくても、日本はグローバル資本主義の下で激化する競争に常にさらされているのです。
 そこで私は3月16日の参院予算委員会で、現在のグローバル資本主義の中で日本がどう立ち振る舞うべきかを質問しました。たとえば日本でビジネスを展開して莫大な利益をあげているにもかかわらず、法律のはざまをぬって税金を納めない外国資本はどうでしょうか。法律によって違法とされない限り、何をやってもいいのでしょうか。
 実際に多国籍企業による「税源浸食と利益移転問題」は深刻化しており、本社を税率のより低い国に移すという「コーポレート・インバージョン」ばかりでなく、税率の低い第三国に親会社を設立するという「コンビネーション・インバージョン」も行われるようになりました。このように租税回避のテクニックは次々と生み出され、法律が追いつかないというのが現状です。
その結果、支払われなかった税金のしわ寄せは国民に押し付けられます。実際にOECDが2013年2月に公表した「BEPS報告書」によれば、このような企業の租税回避行動は各国の税収を減少させ、ひいては国の税制そのものへの信頼を失墜させるとされています。特にその影響を受けるのは発展途上国や家族経営企業などで、同報告書は「租税はただ愚か者が支払うようになった」とまで記載しているほどなのです。
 これはグローバル経済の下での当然の帰結かもしれません。しかし正直者が損する社会を作ってはいいのでしょうか。1国の努力だけで解決できるものではなく、国際的な協調が必要です。そこには何をもって法益とするのかについて合意しなくてはいけません。すなわちどの国も認める客観的な公正を認識することが必要なのです。
 この公正の理念こそが、「八紘一宇」ではないでしょうか。16日の予算委員会でこのことを提案した時、与党はもちろん他の政党の委員からも、全く批判の声は上がりませんでした。事前に理事会に添付資料と質問内容を通告しましたが、問題とされませんでした。
 また私の質問に対して答弁に立った麻生太郎財務相が「この言葉を知っている人、手を挙げて」と呼びかけても、2名ほどしか手を挙げませんでした。「八紘一宇」はすでに忘れられた言葉なのです。
建国の思いを世界に伝えるべきではないか
 だからこそ私はこの言葉に本来の意味を吹き込み、古来より日本が持っていた「和」の美徳をもういちど蘇らせたい。今年12月にはBEPSプロジェクトの取り組みについてとりまとめが行われるとことなので、この日本の建国の思いを是非とも世界に伝えるべきではないかと安倍晋三首相に申し上げたのです。
 「八紘一宇」をどうとらえるか。それは「日本人は永遠に言葉にとらわれつづけるべきだ」と考えるか、あるいは「戦争を乗り越えて、新しい未来を作る」と考えるかによって分かれるといえるでしょう。予算委員会で問題にならなかった私の「八紘一宇」発言は、一部のメディアにより曲解されて報道されましたが、これもいいチャンスだと思います。
 戦後70年を迎えた今だからこそ、もういちど歴史を見直し、改めて日本の将来を考えるべき時かもしれません。http://toyokeizai.net/articles/-/65369



八紘一宇という言葉が、先の大戦後70年に当たる2015年というタイミングで突然、国会の場で語られた背景には、私たち日本の民衆の意識の変化があるだろう。それは、『古事記』に記された初代天皇カムヤマトイワレビコ(神武天皇)が日向を発ち大和を征服して目的地ともいうべき日高見の橿原宮で即位するまでを記した神武東征の神話が、壬申の乱として日本の歴史に残された天智から天武へという変動(※注)と、神武の東征に準じた西南戦争の結果生まれた「抜刀隊」という西郷隆盛への畏敬の念に満ちている軍歌の記憶とともに、自覚されることなく、私たちの行動や考え方に影響を与える意識の萌芽。

『古事記』と『日本書紀』(記紀)に記された文言から生まれ、戦前の日本人、皆が知っていたこの八紘一宇という文字が、70年の封印から解放されようとしている。合衆国も中国も今年2015年の8月・9月を中心に、戦後70年という対日戦争勝利のプロパガンダを、くり返し行なうだろう。しかしながら、私たち日本の民衆は、これによって、スタートから誤りであった明治維新の道が、併合することで朝鮮半島の人間を日本人としたり、五族協和などと言った満州国における日本的幻想を、神武天皇の神話を拠所にして創りだしたことの大失敗を、日本の歴史として改めて理解するようになるだろう。記紀がユーラシア大陸(ウシハク国)との不必要な縁を切らせるためにこの世に置かれたことは、日本がシラス国であることを発見した本居宣長の古事記伝や今日までの歴史時間と流血を伴った戦いをレヴューしたなら明白となるだろう。ユーラシア大陸進出は天意ではない国家神道というつくりものを付加した、太閤秀吉の時代に失敗した地政学的拡大の焼き直しであった。本居宣長や平田篤胤に代表される考え方を継承した国家神道は、明治日本の支配勢力の人間的欲求から生まれたものに過ぎない。明治政府は、本居宣長が発見していた、『古事記』のシラス国とウシハク国の差異を継承していなかった。

シラス国とウシハク国という統治原理の再発見という国学の原点に立ち返った、真の日本の国体(かたち)に基づいた、非戦・不戦の国創りを目指すスタートが2015年。私たちこの地球に生まれた人間は皆、他者の持ち物を奪うことも、他者を妬むことも必要としないのだと氣づき始める年でもある。


大きな笑顔の佳き週末を

SunSunの朝陽を浴びながら  感謝

(※注)壬申の乱の繰り返しが明治維新であるという史眼もあります。
参考:流れのままに「神在月に西郷さんを想う」(2013年10月13日)