日本人としての史眼で黒船来航をスケッチするなら、それは広い意味でキリスト教文化圏の世界支配のワンシーンであった。その流れがここに来て逆流を始めたようだ。シリア難民に象徴されるこのイスラム文化圏からのイスラム教徒の大移動によって、欧州のキリスト教文化圏は史上初めての危機にさらされている。先進国とされた欧州諸国に異文化の難民が押し寄せている。これは欧州が犯してきた植民地支配の歴史への非軍事的なしっぺ返しであり、欧州がその債務の履行と弁済を通じての学びを始めたと観ることができる。(日本は既に中国と朝鮮半島の債務の履行と弁済を通じて、その重い学びを終(負)えたようだ。)

シリア・アラブ共和国(シリア)難民発生の原因は、2011年のシリア内戦。アサド政権の軍隊、反アサド勢力、そしてISの三つ巴の戦いが、繰り広げられている。合衆国と英国は反アサド勢力に軍事支援と資金供与をしていた。合衆国を中心とした連合は、ISを討伐する名目でシリアに空爆を続けていた。にもかかわらず、ISの力は衰えることはなく、空爆は成果をもたらさなかった。今、そこへロシアが介入を深めている。
トルコ、レバノン、ヨルダンを始めとする近隣諸国に多くの民衆が逃げた。その次のステージとして、欧州に逃げる民衆が増え始めたのだが、ヨーロッパ諸国は受け入れに消極的であった。しかし、9月2日にシリア難民男児アイランちゃんの死体が海岸に打ち寄せられ、その1枚の写真により、世界がシリア難民に同情し始めた。チャリティー団体が子らに物資を送るための運動を始め、人権団体による難民支援を訴えるデモが広まった。これにより、それまで難民受け入れに消極的であった欧州諸国は、EUとメルケルが主導していた難民割り当て策に理解を示し、受け入れ可能な難民の数を明示せざる終えなくなった。しかしながら、世論調査によると、スウェーデンの民衆を除いて、今も多くのヨーロッパの民衆は難民の受け入れに消極的だ。

難民の数は現在、400万人にまで増えた。EU域内はシェンゲン協定により、国境審査なしで自由に移動することができる。トルコやギリシャを経て、人口1,000万のハンガリーにたどりついた難民たちの数は今年だけで15万人を超えた。難民たちにとってハンガリーは最終目的地・ドイツへの経由地にすぎない。だから、ハンガリー政府が先月15日にセルビア国境に近い2つの県に非常事態宣言を出したことでハンガリー入国が困難になったと言っても、西隣のクロアチアを経由してドイツを目指す。難民の流れが止まらない所以。ドイツに入国した難民は、今年すでに50万人近く。現状のペースが続けば、年内100万人に達する。受け入れる自治体は難民を収容する施設の確保に頭を抱えている。その他、フランス、スペインそしてポーランドなど民衆の大多数がキリスト教徒の国々では、難民としてのイスラム教徒受け入れとその急増に抵抗が見られる。

ローマ教皇フランシスコ(第266代:2013年3月13日就任)は、昨年から「クリスラム(Chrislam)」という言葉を使い始めた。これは1986年にオランダのテレビ番組で宗教的なキャラクタ「Positivos」がキリスト教徒とイスラム教徒との文化的な意見の相違を解決する在り方として使い始めた。また「キリスト教徒でも、イスラム教徒でもない」という侮蔑的な言葉としても使われてきた。先月24日(木)夜に、フランシスコ教皇はマンハッタンの聖パトリック司教座大聖堂で教会関係者と夕べの祈りに参加され、そのスピーチでキリスト教徒とイスラム教徒は同じ神を信じているという意味でChrislamの流れに向かうと明言(参考:Remarks made by Pope Francis at St. Patrick’s Cathedral in Manhattan have sparked a firestorm of criticism from those that do not believe that Christians and Muslims worship the same God.) 。この背景には、イエス・キリストの後継者がマホメッドであるという見識があり、メシア的発想が潜んでいる。今後もこの捉え方は「裏」の在り方として存続するだろう。一方、この発言は世界統一宗教を目指すサタニズムのなせる業とする「表」の在り方も多くの支持者を持っている。特に当日のフランシスコ教皇の発言「The cross shows us a different way of measuring success. Ours is to plant the seeds. God sees to the fruits of our labors. And if at times our efforts and works seem to fail and not produce fruit, we need to remember that we are followers of Jesus Christ and his life, humanly speaking, ended in failure, the failure of the cross.(十字は私たちに成功を判断する異なる方法を教えてくれます。私たちのそれは、種を植えることです。神は私たちの勤労の成果を見ています。もし、時として私たちの努力と仕事が失敗して成果を出せない時には、私たちがイエス・キリストの教えに従う者であること、そして彼の命(真理及び道)が人知の限りでは失敗(十字の失敗)に終わったのを思い返す必要があります)」が論議の的となっている。これはイエス・キリストの否定ではなく、人知を乗り越えたところに解決の糸口があるということ。そして復活の後も生き続けるイエス・キリストの道(教え)に従う者であり続けたいという彼の願いであろう。次の一節が想いだされた。人知でしかないスピリチャルな理解を乗り越えて、真理(truth)としてこのストーリーを受け入れることができるだろうか。今、私たちは神知の扉を啓く流れの中にいるに違いない。

1 その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。2 シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。3 シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。4 既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。5 イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。6 イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」。そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。7 イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「メシアだ(救い主)」と言った。シモン・ペトロは「メシアだ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。8 ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。9 さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。10 イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。11 シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。12 イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。メシアであることを知っていたからである。13 イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。14 イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。15 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。16 二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。17 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「メシアよ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます」。イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。18 はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」。19 ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。(ヨハネによる福音書21節)


大きな笑顔の佳き日々を  感謝

【追記】人間の強欲さ故に、資本主義は行きづまりをみせている。同様にキリスト教文明も限界が迫っていて、最後の審判が近いという危機意識がフランシス教皇にはあるようだ。今年の「世界難民移住移動者の日」の彼のメッセージからもそれはうかがい知ることができる。→『すべての人の母である、国境のない教会