リンクに投げ込まれた大量のプーさん「全部持って帰るの?」⇒羽生結弦の答えが王子様すぎる…
羽生&プーさん
「平昌(ピョンチャン)と江陵(カンヌン)の住民に、すべてのぬいぐるみをプレゼントしたい。奇妙に思えるかもしれないけど、僕に与えてくれたエネルギーと善意への感謝の印をこんな形で示すことができたら」

「『もらったものを寄付するのはどうか』と思われる方もいらっしゃいますが、気持ちはたくさんいただいています」

羽生&プーさん2

フィギアスケート
AFP/Getty Images

羽生結弦選手(1994年生)、宇野昌磨選手(1997年生)、ハビエル・フェルナンデス・ロペス選手(1991年生)、そして他のお若いみなさんが素的な演技を披露してくれました。笑顔がいい感じです。
ありがとうございます。

お若いといえば、金与正女史(キム・ヨジョン:1987年生)も立派に任務を果たされた。彼女は政治家で、北朝鮮労働党中央委員会宣伝扇動部第1副部長。金正恩朝鮮労働党委員長の特使として大日本帝国が朝鮮を統治した時代に平壌で生まれた金永南最高人民会義常任委員長(1928年生)と共に南朝を訪ねた。
「北朝鮮と接触必要だった」=安倍首相
(時事 2018/02/15-16:13)
安倍晋三首相は15日の政府・与党連絡会議で、韓国の平昌訪問時に北朝鮮の金永南最高人民会議常任委員長と接触したことに関し、「北朝鮮の方と話すチャンスをつくることは日本として必要なことだったし、米国側もそのことは理解している」と述べ、意義を強調した。


閑話休題(それはさておき)


南朝鮮の知識階層に尊敬され、呼ばれて講演し、毎回会場を満席にした日本人がいる。小室直樹博士(1932〜2010)である。博士の『韓国の悲劇 − 誰も書かなかった真実』(光文社カッパビジネス・1985年)がハングル語に翻訳され、韓国で良く読まれたことが契機であった。

研究者としての小室博士を知ったのは、戦前から戦後の日本社会は連続的なものだと指摘した名著『危機の構造 − 日本社会崩壊のモデル』(ダイヤモンド現代選書・1976年)が出版された年であった。その後、彼は『ソビエト帝国の崩壊 − 瀕死のクマが世界であがく』(光文社カッパビジネス・1980年)で一躍有名に。社会科学(学問)の訓練を受けた方であったから、彼の著述及び発言には裏付けがあった。通り一遍の評論家のように思い付きで述べている訳ではないので、読者は彼の思考の道筋を追体験できるのが魅力。加えて、ここが大切な所で、もし彼の著述に誤りを見つけたなら、私たちがそれを修正できること。小室博士の学問を私たちが継承・発展できる所以だ。つねに問題の根本に立ち返り、ものごとを解明していく科学(学問)的な態度を以て、歴史的事実を探(さぐ)った彼の学問的成果を敬慕したい。



大きな笑顔の佳き日曜日を。