先日、ライブラリで『運を天に任すなんて(素描・中山素平)』城山三郎著・光文社・1997年を見つけた。203頁のあとがきを読み、自らが好んで使っている言葉「流れのままに」を再発見した。

 「流れのままに」と「運を天に任す」とは、似たような感じだが、実は全く別ものもであること。中山自身はむしろ「運を天に任すなんて」で一貫してきた ― それが、本書の主要テーマになった。
 わたし流に通訳するなら、中山の「流れのままに」は、むしろ廣田弘毅の「自らのために計らわず」と同義語であり、「私心がない」とか「自己中心でない」といった身の処し方にかかわるものである。
 一方、「運を天に任すなんて」は、課題なり仕事なりに立ち向かうときの姿勢を指す。
 その二つは両立というか、中山の好きな言葉である「気概(きがい)」というものの両面、静かな面と激しい面を、表裏で示している。
いまの世で、いちばん乏しくなっているものを。(引用以上)

中山素平さんは、「運を天に任せておけぬ、自分でできることは自分でする」と言っていた。「大事は軽く、小事は重く」は、大事にのまれず、小事を軽んぜずということで、いずれも運のままにならぬという好みの宣言であった。

シェイクスピアを愛読する彼は、次の言葉を引用した。

「人の運命には満潮と干潮とがあり、
 この潮勢を機敏に捉えうるもののみ、
 能く幸福の彼岸に達する」

この中山素平さんのあり方こそが、わたし自身の再発見になった。
ひとつ出会いであった。
それは強く、広く、温かく、深かった。

感謝